第4話 確かな実力と分からない真意

 朝の教室は少しいつもより賑わっていた。


 それもそのはず、今日は魔法学の実技として模擬戦が行われるからだ。

 模擬戦の形式はグループごとの総当たり戦。

 その勝敗記録で評価が決まるようになっている。


 理央にとっては些細な出来事でしかないためさほど気にはしていなかった。


 そんなことより理央の頭の中を埋めていたのは、先日の一件。

 謎の多いクラスメイト、クロエ=ノクスが無表情のまま暴漢を「邪魔」と言い放ち、

 非適応者を何事もなく助けたことだ。

 理央は自身ができないことを平然とやってのけたクロエの真意を知りたいと考えていた。


「久遠くん、今日はなんだか無口だね。緊張してるの?」


 隣の女子がからかうような口調で話しかけてくる。

 理央は意識を戻し、いつも通りの笑みを浮かべ返答する。


「ううん、大丈夫。むしろ楽しみだよ」


「そうだよねえ、久遠くん2班だっけ?私も一緒だからうれしいんだけど、久遠くんがいるなら一回は負けちゃうかな?」


「そんなことはないさ、勝負は時の運ともいうしね」


 当たり障りのないことを言いつつ、ところどころクロエを確認する。

 ふと、クロエと視線が合う。

 クロエは何も言わず、表情一つ動かさなかった。


(まあ、彼女は戦闘には興味がないらしいし、今日は面白いものは見れなさそうかな?)


 理央は視線を戻し模擬戦の準備を始める。


(どちらにせよ、僕はいつも通りだ)


 仮面の下を見られずに、クロエの真意を測る。それが理央の今の興味そのものだった。




◆◇◆



 やがて、昼過ぎ。

 模擬戦はつつがなく進み、理央はいつも通り勝利を重ねていた。


「理央くん強すぎ~。全然だめだった~」


「だよなあ。理央の班に入るといつもこうだから勘弁してほしいぜ」


「うーん。なんかごめん。でも、ランダムだからさ」


 班員とそんな会話をしていると班員の一人が声を上げる。


「そういえば、聞いたか。あのクロエ=ノクスが今回はしっかりやってるらしいぜ」


「本当か?」


 思わず理央は食い気味で聞いてしまう。


「お、おう、なんか珍しくちゃんと参加してるらしい。なんだ理央はクロエに気でもあるのか?」


「違うよ。ちょっと意外だったから驚いただけさ」


「ほんとか~?あの“雷撃の魔法師”様が意中の相手がいるとなると大スクープなんだけどなあ」


「やめてくれよ。そんなんじゃないってば」


「理央く~ん?その話詳しく聞きたいな~」


 男子の班員と騒いでいると班員の女子までも食いついてくる。

 理央はまいったと感じながらも心のどこかで、クロエの模擬戦を楽しみにしていた。


(これで彼女の一端が知れるかもしれない。)


「はいはい、この話はこれまで、次の試合あるだろ?準備しなよ」


 話の流れを変え、理央はクロエの班を確認する。


(彼女は第5班か、後で覗きに行くか)


 文句を言う班員を無視しながら、そんなことを考える理央だった。



◆◇◆



 しばらくし、クロエの模擬戦の順番になる。

 いつも積極的に参加しないクロエの参加により、観戦者が大勢いた。

 さらに、すでにクロエは4戦4勝という素晴らしい戦績を誇っており、

 理央の戦績に届くのではないかとささやかれていた。


 対戦相手はレオンという少年。

 自身の魔力で練り上げた魔導重装を纏い、物理強化魔法の施された巨体から繰り出される一撃は生徒の中でも最高峰とされている。


「レオンならさすがに苦戦するか?」

「クロエって魔力量が高いけど実技は微妙って話じゃなかったっけ?」


 観戦者たちのそんな言葉の中試合は開始される。


「第5班――クロエ=ノクスvsレオン=カスティス!! 試合開始!!」


 審判を務める5班の生徒が号令をかける。


「《ビルド・ワークス》っ!!!!」


 合図と同時にレオンが踏み込み、魔導重装に強化魔法を施す。

 金属質な魔導重装がさらに輝きを放ち赤いオーラを纏う。

 そして一気にその巨体がクロエに迫る。


 しかし、クロエは微動だにしなかった。


 次の瞬間、空気が反転するかのような違和感がフィールドを覆う。

 クロエの周囲に薄く展開された魔法陣がレオンの術式に干渉する。

 術式に干渉されたレオンは突然失速する。

 そのまま突っ込んできたレオンの魔力重装の一部をクロエは掴み中空に投げ飛ばした。


「はえ?」


 何が起こったかわからないレオンはパニックになり中空で藻掻く。

 しかし、どうしてか魔力重装が上手く扱えず今やただの重荷になってしまっているようだ。


 フィールド中央でクロエは再度拳を構えレオンが落ちてくるのを待つ。

 そしてレオン着弾と共に拳を繰り出し、レオンの魔力重装を粉々に砕く。


 魔力重装が砕け散り丸腰になったレオンに対し、クロエは再度拳を構える。


「まて、まて、まて死ぬ死ぬ生身でそんなの食らったら。俺の負けでいいから!!」


 戦う術を失ったレオンは涙目になりながら降伏を宣言した。


「降伏宣言の確認。勝者クロエ=ノクス!!」


 降伏を聞いた審判の学園生が慌てて宣言する。


 圧倒的勝利を飾ったクロエに最初は唖然としていた観客の学園生たちは歓声を上げる。


「おいおいまじかよ。レオンにパワー勝ちしたぞ」

「いや、ほんとに何が起こったんだ?レオンの動きが途中で急に鈍くなったけど」

「クロエさんすっごく強いんだね」


 クロエはそんな言葉たちには目もくれず無表情のまま元の位置に戻っていく。

 席につく直前理央の視線に気づいたのか理央の方をちらりと見る。

 その時間もわずかですぐに視線を戻していった。


(あれは、ただの魔法じゃない。少なくとも学園生が使うようなレベルじゃないな)


 理央はクロエの技術を訓練用の物ではなく戦場――実践向きの物だと考えた。

 ただ、相手を殺すための無駄のない型、あれはかなりの経験をしないと身につかないものだと。


(彼女は本物だ。あの力欲しいな)



◆◇◆



 その後、模擬戦はつつがなく終わり、夕方を告げる鐘がなった。

 演習場で解散の指示が出ると生徒たちはそれぞれ帰路につくことになった。

 教師陣は演習データの確認や講評の準備のため足早に去っていった。


 理央も例外ではなく、荷物をまとめていた。


 理央は特に苦戦することなく全勝の成績トップだった。

 感情のない笑顔で称賛を受け流し、その場を収める。


 しかし、クロエはそうでなかった。

 理央が観戦していた試合以降の試合はすべてスルーし、戦績は結果としては中の中になってしまったのだ。

 周囲の生徒たちは突然姿をくらましたクロエに驚くばかりだった。


(彼女はいったい何がしたかったんだ?まさか僕に実力を見せたかったのか?いやそんな都合のいいことがあるわけ)


 思考を巡らせながら、西校舎へ足を運んでいると――


「ねえ」


 振り向くと、理央の背後にはクロエが立っていた。

 夕日を背に額に影を落としながら、無表情な顔をこちらに向けていた。まるでずっとそこにいたかのように。


(なにっ?僕が気づかないなんて。それにまた僕の術を見破ってるし)


 理央は二度目の見破り+自身が気づくことができなかったことに内心げんなりしつつも、

 どうにか顔に出さないように声を返す。


「……何か用?」


 理央が少しひきつった笑顔で尋ねると、クロエはわずかに首を傾げる。


「あなた、魔法使ってないでしょ?」


 時間が止まったような感覚。

 まるで風の歩とすら消えたかのように周囲が静かになる。


 理央はほんの一瞬表情を固め――すぐに笑顔に戻す。


「何言ってんの?冗談きついよ。僕が魔法を使ってないなんでさすがに――」


「……使ってない」


 クロエは理央の言葉を最後まで聞かずに否定する。

 ただ、じっと理央の目を見ながら断言する。


「魔力の流れ、なかったよ。あなたの動き。術式特有の間が無かった。」


 そこまで言って、クロエはふっと少し笑みを浮かべる。


「別にそれが悪いとは思わない。むしろ興味がある」


「…………」


 理央は返す言葉を失っていた。

 咄嗟に理論武装ができないのは久しぶりだった。


(こいつはいったい何なんだ?どうするべきか。仲間に引き入れる?いや、それは早計か?)


「きみには魔力の流れが目に見えるというのか?」


 理央は苦し紛れにそう尋ねる。

 クロエはからかうように笑みを浮かべたまま答えた。


「どうだろ?あなたの秘密を教えてくれたら私も教える」


 理央は何も言えなくなってしまう。

 その様子を眺めていたクロエは無表情に戻り


「そ、まあいいや。じゃあまたね」


 と言い残し歩き去っていった。

 まるで日常の一部に戻るように。


 理央はただその背中を見送るしかなかった。


(彼女の言葉には脅しは感じられたかった。感じられたのは純粋な“興味”だけか)


 クロエが味方か敵か、あるいは自身と同じ異端なのか。

 思考は頭の中をぐるぐると回るばかりでまとまらない。

 ふうとため息をつき顔をはたく。


(彼女が何者かはわからないが、僕の方から仕掛ける必要があることは確か。

 今僕が抱えている感情も不安か興味かわからない、でも――)


 理央は彼女との出会いが確実に何かを変え始めていると感じるのだった。

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