第5話 心の居場所と初めての共犯者

 翌日、理央は頭を悩ませていた。

 クロエの言葉が理央の頭からずっと離れなかったのだ。


 誰よりも完璧に“優等生”を演じてきたはずだった。

 それをあんなにあっさりと見破られてしまった。

 敵意があるわけではなかったものの、逆にそれが警戒心を高めていた。


 “魔力の流れがなかった”、“術式特有の間がなかった”

 どちらもぐうの音も出ない事実だった。反論の余地などない。


(まさか、誰かに見つかることがあるなんて思ってなかったな)


 理央は廊下を歩きながら薄く笑う。

 誰にも気づかれないように世界に背を向けてきた。

 それがただ一つ自身を守る術だったからだ。


 しかし、あの瞳を見ているとなぜか、“それでもいい”ような気がしてくるのだった。



◆◇◆



 理央は仲間を作る方向で考えをシフトし始める。

 クロエを仲間に入れる為に何ができるのか、成功の確率はどんなものか――

 頭を回転させながらも理央は昔のことを思い出す。


 3年前。

 理央が旧科学研究施設の存在を知り、魔法社会への復讐を誓ってから少し経った頃。

 当時14歳だった理央はどうすればよいか悩んでいた。


 理央にはその頃頼れる先輩がいた。

 4つ上の魔法学園最上級生にして最強の学園生クラウス=グレイ。

 父の伝手でよく仲良くしてもらっていたのだ。


 憧れの先輩かつ信頼できる人として理央はすべてを打ち明けてしまった。


「理央、お前そんなことがあったんだな。俺もそいつは許せねえよ。確かに違和感を感じることはあった。任せろ全力で協力してやるから」


 真実を知ったクラウスは理央と同じように憤りをあらわにし、

 協力を受け入れてくれた。


 その日からは二人で協力し合い、魔法社会をひっくり返すために計画を練った。


 そんなある日の事だった。

 神妙な面持ちでクラウスは理央に話しかける。


「俺学園に探りを入れてみるよ。ほら俺超絶優等生だしもしかしたらあっさりわかるかもしれないだろ」


「でも、それはすごく危険なんじゃ」


「ああ、でもこいつは調べといて損はないはずだ。任せろって」


 いつものように茶化しながらもどこか真面目な雰囲気でクラウスは言った。

 その様子に理央も本気を見たのか、了承した。


 その翌日からクラウスは姿を消した。

 退学という形で突如姿をくらましたため、当時は大騒ぎになった。

 旧科学研究施設には得られた僅かな情報と学園が全て信用できない事が書かれたメモだけ残されていた。


 理央は自身の甘さを後悔し、クラウスを生かせるべきではなかったと自責した。

 学園は信用できない。そのため、仲間は怖くて作ることができない。

 再度心を閉ざし一人で成し遂げることを心に決めたのだった。


 理央は昔のことを懐かしみながらもクラウスのことを思い出し、少し表情を歪める。


(先輩、僕はまた仲間を作ろうと思うよ。父さんも言ってたし、きっと先輩もそういうでしょ?)


 理央はまだ完全にクロエのことを信用できるとは考えられないが、一度しっかりと話す必要があると考える。


(クロエ=ノクス。きみが仲間になりうるか確かめさせてもらうよ)


 決心し、再度歩みを早めるのだった。



◆◇◆



 昼休み。

 理央は食堂ではなく、中庭スペースへ足を運んだ。

 中庭スペースは学園内で魔力制御されていない限られたスペースになっている。

 魔力を好まない理央にとっては過ごしやすい場所だが、

 魔法社会に浸かっている他の生徒からしたら魔法で制御されているスペースの方が好まれるらしい。

 そのため、ここにはあまり人が寄り付かないのだ。


 理央が中庭につくとそこには珍しく先客がいた。

 クロエ=ノクスだ。彼女は中央に設置してあるベンチに腰掛けパンを片手に空を見上げていた。

 相変わらず無表情。しかし、孤独を気にしている素振りはない。


 理央は意を決してクロエの隣に行き声をかける。


「ここ、いいかな」


 声をかけると、クロエはちらりと視線をこちらに向け、小さくうなずいた。


 理央は静かに隣に腰を下ろす。

 言葉も音もなく、この空間に風だけが通り抜ける。


 理央は静かに外部に音が漏れないよう《消音魔法》を施してから、声をかける。


「クロエさん、きみはいったい何者?魔力の流れが視認できるなんて常人じゃない」


 理央自身が誰かに能動的に声をかけるのはずいぶんと久しぶりだった。

 不思議と舌が乾燥しているのは緊張しているからだろう。


 クロエはパンを一口かじり、ゆっくりと答える。


「確かに私は普通とは違う。でも、あなたもそう。この間いった。聞きたいならあなたの秘密と交換」


「…………」


「あなたはみんなから“優等生”って呼ばれてる。でも、私にはそう見えない。誰にも本心を見せてない。

 私も似たようなものだからわかる。私も本当は魔法なんて、きらい」


 その一言に理央はわずかに心を揺らす。


「でも、口にしたらここでは生きていけないから。“使えるフリ”をしてる。違う?」


 クロエの声は静かだ。しかし、その奥には確かな意思を宿っている。

 誰にも言えない本音を理央の前で吐き出しているのだ。


「あなたは“魔法が使える”フリ。私は“魔法が好き”なフリ。ね、似た者同士」


 理央の心の中にはまだ迷いが残っていた。

 あの場所を真実をまた誰かに見せることがどういう意味なのか。


 それは自身の秘密を明かし、仮面を脱ぎ捨てるということ。

 そのリスクを負い、相手にもリスクを負わせるということ。


 数秒理央は頭の中で考えるとようやく口を開く。


「……クロエさん、僕の居場所に来るか?そこだったらすべてを打ち明けられる」


「居場所って?」


「これを聞いたらもう引き返せない。僕が引き返させない。それでもいいの?」


「……うん」


 クロエは真っすぐこちらを見つめうなずく。


「僕の居場所。それは秘密の研究室――父さんが残した科学の遺構だ。

 魔法じゃない。僕が、“魔法の様に見せている”ものの正体さ」


(きっと大丈夫こいつは僕と同じ異端者だ。きっと理解してくれるはずだ)


 クロエはすぐには言葉を返さなかった。

 数秒の沈黙、その間に風が吹き、パンくずがふわりと舞う。


 やがて彼女は目を細めて笑う。


「……靄が晴れた。やっとあなたの顔が見えた気がする」


 クロエの笑顔に理央は思わず言葉を失った。

 この一歩が確かに、理央の胸の奥に小さな火を灯した。



◆◇◆



 夜。

 理央とクロエは静かに足音を殺しながら、旧科学研究施設のある西校舎に忍び込んでいた。

 “廃棄指定区域”に侵入しいつものように進んでいく。


「この先だ」


 理央はクロエに一言いうと旧科学研究施設に入っていく。

 クロエも黙ってうなずき、ついていく。


 クロエが部屋に入ったのを確認すると扉を閉める。

 そして、両手を広げ歓迎の意を示す。


「ようこそ、僕の居場所へ。ここは父さんの残した研究施設だよ」


 クロエは初めて見るものばかりで周囲をキョロキョロと見回す。

 目をキラキラとさせ興奮気味の彼女を見て理央も思わず笑みをこぼす。


「すごい。想像以上。」


「そうか。そりゃよかったよ。そういえばきみは“魔法が嫌い”って言ってたよね?」


「うん」


「それはどうして?」


 その問いを受けるとクロエは一瞬黙る。

 しかし、覚悟を決めたのか口を開く


「私は元兵器。魔法で人を殺すために訓練させられた存在。運よく施設から逃げられた。顔と名前を変えて生きてる

 私の身体は特別性。魔力の流れが見えるし、展開中の魔法陣も読みとれる。だから干渉ができる」


 クロエは淡々と答える。

 理央は想定外の答えが返ってきて唖然とする。


「そうか、きみにもやはり背負ってるものがあったんだね」


「うん。」


「きみからみてこの場所はどう思う?僕はそれを知りたい」


 理央は心の奥で恐れながらも、彼女と肩を並べられることを願ってそう尋ねる。


 クロエは近くにあった基盤を指でなぞり答える。


「……暖かい」


「え?」


「この場所は生きてる。あなたとあなたのお父さんと。たくさんの人の気持ちが詰まってる。」


 愛おしげに基盤を触りながら言葉をつづける。


「こんな感覚初めて。魔力じゃない。でも確かに“力”を感じる。理由があって、形があって、積み重なってる」


 基板から指を離し、理央に向き直り言う。


「だから、私は好き」


 理央は不思議な気持ちでその言葉を聞いていた。

 そして、照れくさそうに笑いながら答える。


「……そんな風に思ってくれるとは思わなかったよ」


 想像していなかった言葉に目頭が熱くなるような感覚に

 思わず目を手で覆う。


「ありがとう」


「何が?」


 クロエは小首をかしげる。


「来てくれて、そして“信じて”くれて」


 クロエはそれを聞くとほんのわずかに口元を緩める。


「じゃあ……今日から私たちは“共犯者”ね」


「――ああ。よろしくクロエさん」


「クロエでいい。私も理央って呼ぶ」


「わかった。クロエ」


 二人はうなずき合う。

 そして孤独な異端者たちはようやくもう一人と肩を並べることができた。


「僕の夢とクロエの夢、叶えよう。

 さあ、始めよう。世界を壊す準備を」


 それは世界に対する最初の宣言だった。

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