第3話 森で出逢った王子
久しぶりの森に入った僕は、木登りや野原を
「ふぅ~、遊んだ遊んだ……でも、疲れた」
今はお気に入りの湖の近くでアースと一緒に寝転がっている。
タイミングよく、そよ風が吹いてきて
「あ~、幸せだな~……一休みしたら今度は薬草とか木の実とか探しに行こう。兄ちゃんの事、心配だしさ」
アースに提案してみれば、嬉しそうに頷いていた。
これはたぶん、木の実と言う単語に反応したな。ったく、食い意地の張ってる奴だ。知ってるけど。
「ん? なんだ、
上体を起こしてアースの様子を見れば、
間違いない。結界を破って
僕は周囲を警戒しながらゆっくりとアースを抱き上げて立つ。そして一歩一歩、
これは兄から教わった
野生動物相手では、時間稼ぎにしかならないかもしれないが、相手が人間なら効果は期待できると言っていた。
しばらくして、足音の正体が草むらを
姿を見せたのは自分と同じか、少し上くらいの子どもだ。服装は立派な生地が使われた、いかにも上流階級のお坊ちゃんという感じで、正直周りの景色からは浮いて見える。
「……うぅ、お忍びで観光? それとも迷い込んだだけとか?」
小声で疑問を呟いていると、こちらに視線を向けられて、思わずビクッと体が反応してしまった。
同時に隠れていた茂みも
(マッズイ~!)
途端に頭が真っ白になり、次の行動が浮かばなくなる。
「誰か、そこに居るのか?」
さすがに相手の子どもも気付いて、隠れているこちらに歩み寄ってくる。
(やばいやばい、ヤバイ! どうしよう、次に取るべき行動はなんだったけ~)
ぎゅぅと腕にいるアースを抱きしめて、ぐるぐると混乱する頭で必死に考える。
もう目の前まで来ていて逃げ切れないと諦めかけた時だ。上空から聞き覚えのある龍の
「うわっ」
驚いて後ろに尻もちをついた相手を無視して、茂みの中から僕とアースを引きずり出し、空に舞い上がる金龍は、間違いなく兄の相棒のサンだ。
「た、助けに来てくれたの?」
呆けた状態のまま
サンの頼もしい姿に張り詰めていた緊張が解れて、泣きそうになる。腕の中のアースは嬉しそうに鳴いていて、呑気なやつだ。
「ありがと、帰ったら兄ちゃんにもお礼を言わないと……って、家はこっちじゃないって!」
すっかり忘れていた。サンは……
「うぅ~、里への不法侵入者も居るから、急いで帰りたいのに……感動の再会で僕もどの方角に逃げたのか解らないし、一度降りよう」
僕の提案に頷き、サンは森に再び降り立った。
「で、ここからが問題だ。兄ちゃんに連絡したいけど、迎えが来られない。アースを行かせてもいいけど、まだ子どもだから早くは飛べない。うぅ~ん」
また泣きそうになってしゃがみこんだ所で、近くの茂みが揺れた。
「うひゃあっ!」
現れたのはさっきの子どもで、頭に疑問符が浮かんだ。
結構飛んだ筈なのに、もう追い付かれた?
不思議に思っていると、向こうは困ったように頬を
「あの、君たちも、もしかして迷子かな? さっきまでグルグルと上空を飛んで、いきなりさっきの場所の近くに下りたけど……一応確認ね。オレから逃げたんだよね?」
「…………そんな~」
ただ単に空へ逃げただけで、しかも近くに降りたって……そりゃあすぐに追い付かれるよな。
めっちゃ恥ずかしい事実に、僕は真っ赤になって
「えぇと、困ったな~、こっちも迷っていたからオレも道を知らないんだよね」
苦笑いを浮かべる相手に、ますます
まさか地元の、しかも久しぶりとは言え、昔からよく遊んでいた森で迷いました。とは口が
「ん~、オレの付き人が近くの村に救助願いを出しているかもしれないけど、この森広そうだしすぐには見つからないだろうね」
困ったな~という雰囲気に、僕はフードを深く被ってこっそりとアースを里へと向かわせる。
本当はアースに、時間がかかっても道案内を任せて帰ろうと考えたが、話を聞く限り向こうも道に迷っただけのようだし、いつまでもこの森をうろうろされても困る。
近くの村の場所なら僕でも知っているから今の場所さえ
「じゃあさ。村までなら僕が道案内するよ。方角は解るし、道標もあるし」
おずおずと前に出て言えば、相手から意外そうに驚かれた。
「でも君たちも迷っているんだろう?」
「うん、でも村の場所は変わらないから解るし、僕の家もその方が見つけ易いからさ」
できるだけ目を合わさないように
「サンキュー、助かるよー!」
「わっ、ちょ、
満面の笑みを浮かべた相手に驚きながらも
歩きながら後ろでここに来た
どうやら国にずっと仕えていた
それで、こいつが今の王様で、できれば自分に今後仕える賢者は自分で選びたいと思ったらしく、目的地へ向かおうとした矢先に森で迷ったみたいだ。
「あのさ、こんなこと初対面で言うのも気が引けるのだけど、ドジだね」
「ぐぅっ、……よ、よく言われます……」
「でもさ~君みたいな奴の
前を向いているから相手がどんな表情をしているのか解らない。でも、すぐに後ろから嬉しそうな声が返って来た。
「ありがとう! 賢者を再び
「…………無理だよ。僕、体弱いから。滅多に家から出られないし、今日は特別」
言っていて少し悲しくなったけど、仕方ない。だってまだ死にたくないのだから。
「そうなのか? じゃあ体強くしたら来いよ。いつでも歓迎するから!」
全くこちらの話を聞いていない。いや、何か勘違いしているのか? どっちなんだ。
疑問が浮かんだけど、村の明かりが遠くに見えてきた為、会話を一度止める。
近くからもこいつを探す人の声が聞こえて来ているし、間違いない。この辺でお別れだ。
「ほら、ここを真っ直ぐ行けば村に着くよ。それと近くに君の付き人もいるみたいだし、ここからは一人で行けるよ」
立ち止まって方向を指し示してやれば、嬉しそうにまた手を
「本当にありがとな! あ、君の事を紹介したいし、一緒に行こう!」
「僕はこのまま家に帰る。そろそろ迎えだって来るだろうし」
「そうか? じゃあ、名前。名前だけでも」
やけに食い下がってくるが、名前なんて教えようものなら、里の住人だとばれてしまう。それでは今までの苦労が水の泡だ。
でも早くしないと、サンがキョロキョロと周りを見始めた。
きっと近くまで兄が迎えに来ているんだ。
「……か、勝手に呼べばいいだろう。もう会わないだろうから、じゃあな!」
急いで言い残して手を乱暴に振り払い、来た道を駆け戻っていく。
後ろで騒がしい声が聞こえたから、無事に保護されたようだ。
「はぁ、はっ、あ、兄ちゃ~ん」
全速力で走って息も乱れてきたところに、兄の姿が前方に見えて、その腕に飛び込んだ。
「はぁあ~、ごめん。もう夜だよね~」
へらりと笑って見上げれば、いきなり
「ぴゃあっ!」
「外に居過ぎだ。疲れも溜まっているようだし、すぐに帰るぞ」
言いながら何故か兄は慌てた様子で走って帰っている。
「あの、兄ちゃん。どうして走ってるの?」
「お前は村に近付き過ぎた。俺でさえここまで来たことはないぞ」
「エッ!」
内容を聞いて今自分たちが置かれている状況を理解し、一気に
無意識にギュッと兄の服を掴む。
「……に、にいちゃ~ん……、ごめん」
じわっと目の前が涙で
「安心しろ、俺がついている。この森は里の誰よりも一番詳しいし、ヘタに飛んで逃げるより、ずっと安全だ。あとは里に入ってしまえば、問題ない」
「う、うん……!」
大きく頷きながら兄の服を更に強く握りしめる。しかし、後ろから破裂音が聞こえた。
「チッ! 銃器まで持ち出してきたか!」
「ふぇ、なに、今の? じゅうきってなに?」
聴き慣れない単語と音に僕の頭の中はもうパニックになった。そして、それを加速させるかのように、後方で大勢の足音が聞こえて来た。
「に、兄ちゃ~ん。うしろ、たくさん……なにかが、聞こえて、……こ、こわいよ~!」
さっきは止まった筈の涙が今度は
「いや、俺には何も聞こえないが……お前はどうだ?」
兄が一度立ち止まって、相棒のサンに訊ねれば後方を
「そうか。恐怖心で感覚がいつもより鋭くなったか。もう少しの
ポンポンと兄に頭を撫でられたけど、もう何かを言う元気もなくて、ただひたすらに頷いた。
そこからは、できるだけ身を隠しやすい
「……ぐすっ、にいちゃん」
「まだ聞こえるか?」
兄からの問いかけに僕はゆっくりと前方を指さす。
「向こうの方にも、足音がする。
「何だと? ……仕方ない、道を
すぐに方向転換をして脇道に入る。
兄の呼吸が
でも時間が経って僕も冷静に考えられるようになってくれば、1つの疑問が浮かんだ。
普段は兄の方が音や気配に敏感な筈なのに、今はどちらかと言えば僕の方が鋭いと思う。兄はそれを恐怖心の
いったい、何が原因なんだろう?
不審に思って、兄の顔を見上げれば、僕はすぐに理解してしまい、同時に恐怖が再び襲ってきた。
「だ、ダメだ! 兄ちゃん、ダメだ! 止まって、止まってよ!」
ドンドンと兄を叩いて強引に立ち止まらせる。
「なんだ、どうした?」
驚いた兄が立ち止まってすぐに、僕は地面に飛び降りて兄の手を引いていく。
辿り着いたのは僕の隠れ場所の1つである
僕は兄を
「おい、今度はなんだ?」
さすがに
「兄ちゃん、落ち着いて聞いて。兄ちゃんの目の色、赤色じゃなくて、青っぽいよ。どうしたの?」
「何? ……いや、俺にも解らない。……そうか、それで……」
何かを納得したセリフが聞こえて、僕は原因が解ったのかと思った。
「何とかなりそう?」
「あ、すまない。原因ではなく、俺にだけ聞こえなかった足音や気配に
兄からの返答を聞いて僕は分かりやすくしょんぼりしてしまった。
「そんな~……どうしよう。僕に何かできることない?」
とにかく原因は後で考えるとして、このままではみんな
いや、元々は僕が村に近付き過ぎたのが原因だけどさ。それも後で反省するとして、問題は今だ。
「……1つだけ方法がある」
「え?」
兄の言葉に、僕は驚きながらも次を待つ。
すると僕の頭に手を置き、言い聞かせるように提案した。
「俺の相棒を連れてお前だけ里に
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