第4話 帰宅

 俺の頼みを聞いた時、弟は固まっていたが、少し時間が経てば理解し始めたのか、躊躇ためらいがちに頭を横に振る。

 

「……む、無理だよ。僕、森にはまだ数えるくらいしか来たことないし、暗いし」

「大丈夫だ。もしもの時にはサンがお前をまもってくれる。今の俺では足手あしでまといにしかならないからな」

「そんな事、絶対にない! だって僕が村に、あんな近くまで行かなきゃこんなことには……」

 

 どんどん尻すぼみになっていく弟の声は今にも泣きそうで、何とかしてやりたいが、このままでは本当に二人とも捕まってしまう。それだけは避けなくては……。

 ふと、昼間の事を思い出す。龍長様にすごまれたあの時から……体調に違和感いわかんが確かにあった。

 

「……やられた~。これは俺の落ち度だ」

「え? 何が……」

 

 額に手を押し当て今更後悔しても遅い。無事に戻ったら、言いたい事はたくさんあるが、果たしてうまくいくだろうか。

 

「……身体能力の一時的な低下。なるほど、確かに龍神の力なら可能だろうな」

「えーと……?」

「……ごめんな」

 

 一言、聞こえるか聞こえないかの声でささやき、弟の身体を突き飛ばす。

 

「わぁっ」

 

 突き飛ばされた体はサンがしっかりと受け止めてくれたことを見届け、すぐに洞窟どうくつから走り出た。

 後ろで必死に俺を呼ぶ声が聞こえるが、振り切るようにしてがむしゃらに走っていれば、予想した通りやかましい程の銃声じゅうせいが聞こえてきた。

 

「はっ、なるほどな。感知能力が人間並みか。こいつはいいハンデだ」

 

 久しぶりの高揚感こうようかんに、ニヤリと口元に笑みが浮かび、次の瞬間、いくつものライトが俺の姿をやみかららし出す。

 周りにいるのは、村の人間などではなく、古くから里と契約けいやくわした国の兵士たちだ。

 全員手には銃やら弓矢を持ち、こちらをりにする気のようだ。

 

「……ははっ、お前らと龍長様も、俺の事を見縊みくびるなよ。こっちは弟をダシに使われて、キレかけてんだからなぁ!」

 

 怒りでたかぶる気をおさえられない、いや、もうおさえる必要はない。

 俺の目前には敵しかいない。俺のそばには弟が居ない。ならば、全ての条件はそろった。

 今夜は満月、そしてここは俺の庭だ。俺の領域りょういきだ。父親が唯一譲ゆずった俺の支配する場所だ。

 

「消えなザコども、目障めざわりだ。不愉快ふゆかいだ。俺の前から即刻、せろ!」

 

 俺の周りでれ始めた風音に兵士たちも気付いたようだが、もう遅い。

 近くにサンは居ないが、それがどうした? 相棒の龍が居なければ何もできないようじゃ、俺の望みは永遠にかなわない! そうだろ、父さん!

 

「……これが俺の得意技、龍の稲光ライトニングだ! たっぷり味わって帰りな!」

 

 言葉と同時に、両手にバチバチと激しくきらめいた雷を四方八方に勢いよく飛びらす。

 逃げる事は許さない。打ち消すこともできない。防ぐすきなど与えてやるものか。

 我先にと逃げまどう兵士たちの悲鳴を聴きながら、俺は何とか両手から光が消えるまでの間、意識をたもっていた。

 

「ははっ、久しぶりに、使うと……あー、ダメだ。体力が……」

 

 静まり返った場所に座り込んで周りを見渡せば、誰一人居ない。どうやら能力が低下した為に、命中率も下がってしまったようだ。

 

「あー、くそ。一人でも捕まえておけば、いい証人になったのにな~」

 

 くやしさをにじませてはいるが、実は結構体力や精神力も限界だ。

 

「参ったな~、かっこわりぃ~……」

 

 結局は力尽きてそのまま倒れ込んでしまった。

 

(あー、何も聞こえねぇ。こんな不安だらけな世界で、弟……ラズリはずっと、生きてきたのか。大した奴だよ)

 

 意識が沈む刹那せつなつばさの羽ばたく音と風を感じた気がした。

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