(25)視聴者クイズ
俺の様な立場の存在が、ダンジョンの外の情報も十分に仕入れて、世俗の文化にも親しんでいると示す事には、十分以上のメリットが有る。
則ち、うっかりと前世の知識に基づく発言をしてしまったとしても、最早違和感を持たれる事は無いというメリットだ。
俺の記憶が曖昧な上に、俺が知っている時代とは結構な隔たりが有って、未だに此処が前世の続きの世界かの答えは得られていないが、ネットから仕入れた情報との前提が有れば俺が何を言い間違ったところで問題にもならない。
従って、俺が余計な気を回す必要も無くなった。
どうにもダンジョンを離れて地上で暮らすのにはリスクが大きいとなると、ダンジョンに骨を埋める覚悟で、しかし何かしら楽しく生きて行きたいと思う。
そんな時に、誰にも理解の出来ない事情で頭を悩ますのは、無意味な縛りだ。
だからこそ、俺は明かせる内容は大っぴらにしていこうと方針を決めた。
“さて、次の階層への階段へと戻って来た。此処でボス人形を壊せば、何かが起こる筈だ。ゴーベンが突然砕け散るという可能性が無いとは言わんが、そんな設定は面倒なだけだ。雑なダンジョンで有り得んな。”
しかし、俺が行動に移すよりも早く――いや、その前から継続して、チャット欄に様々な要望が流れていく。
その中でも目立つ物と言えば一つだ。
“ボヨボヨ音はもうお腹一杯~”
“長老喋ってー!!”
“なんで長老は頑なに喋らないんだ?”
どうもこの話題は、スルーしようにも無理らしい。
俺は暫し考えて、打開策は無いかと唸りを上げ、最後に諦めて悄然と肩を落とした。
“お前達。喋れ喋れと言うが、お前達にゴブリンの言葉は分かるのか?”
“分からないけど、分かりたいと思うジャン?”
“いつかゴブリンさんともお喋りしたいよ!”
“今の地上で唯一の未知の言語だ。研究魂が刺激されるのだ!”
あー、あー、随分と前向きな答えが返って来た。
“……ではお前達。俺にゴブリンの言葉が分かるとでも思っているのか?”
“え、それは当……然……?”
“待って待ってw”
“いや、待って!? 長老ももしかして!?”
漸く答えに思い至ったのか、凄い勢いでチャットは流れる。
“分かるかあんなもの!! 固有名詞の他に、ハイとイイエは有っても、それ以外は出鱈目にしか聞こえん!!
――と言っても、それを教えたのも俺ゴブリンだがな。ハイとイイエと固有名詞くらいは通じなければ、意思疎通も出来ん。が、それ以外で適当な音を口にしたのは、有ったとしても三度かそこらだぞ!? 何故あんな事になったのか俺ゴブリンでも分からんわ!!”
“草”
“草”
“草”
“大草原不可避www”
“www”
“それを目の前で再現される俺ゴブリンの心情は、お前達の言葉で言うなら黒歴史を見せ付けられた其の物だ。しかも、ゴブリン達とは違って、しっかり単語の他に文法を操って言葉にしているお前達の前で適当言葉を披露するなど、羞恥に堪えん。”
“草”
“草”
“ああー、確かに長老だけは喋るのぎこちなかったかもw”
“成る程のう。言われてみれば納得だな。”
“俺ゴブリンにも奴らがどうやって意思疎通しているのかはさっぱり分からんが、外の情報を得て少しは推測が立った。ゴブリン達は或る意味ダンジョンに流れる魔力の流れで繋がった状態だ。もしかしたらそれを介して、集合無意識でも有るかの様に、意思を通じているのかも知れん。
常に単独行動の俺ゴブリンにはそんな感覚は分からん上に、今はダンジョンの魔力の流れからは独立しているから余計に分からんがな。”
“成る程。指令を受け取る事が出来るなら、発信出来ても不思議は無いと。”
“長老ぼっちじゃん。”
“長老元気出して~。”
いや、別に俺は寂しさを感じている訳では無いのだが。
ペットの犬猫同士が何やら遣り取りをしているのを眺めはしても、突然犬猫が喋り始めたら迂遠にしてしまうのが俺だろう。
生前の生活を思い出して人恋しさを感じる事は有っても、ゴブリンになってからの長い生活でゴブリン恋しさを感じた事は一度として無かった。
“……まぁ、喋るのならお前達の言葉だろうが、今はそんな気にはなれん。効果音が気になるなら、副音声にでも設定しておこう。――トブリン、出来るな?”
“アイアイサー!”
そんな遣り取りを続けながらも、範囲指定しての精密記録する為の魔法を、諸々の魔法を組み合わせて仕掛けておく。
記録する部分は文字魔法で決定だが、知覚する部分が難しい。
恐らくは道魔法がメインだろうが、他に何が関わっているか分からん。故に、俺の知る限りの魔法を組み合わせて集約する必要が有る。
言ってみれば、道魔法を通じて視た世界や、火魔法を通じて視た世界、土魔法を通じて視た世界、と数々のレイヤーをそれぞれ記録して、重ね合わせると考えればいい。
おっと、それをするならボス人形も記録しなければ――いや、ボス人形は次の階層への道が開く近くに置いて、併せて記録してしまう事にするか。
“はいはい長老質問~! 他のゴブリンは私達の食べ物を物凄く不味そうにして見向きもしていなかったけど、長老が喜んで受け取っていたのはどうして?”
“いや、俺ゴブリンにとっても不味いぞ? 魔力を与えてやれば美味しく食えるがな。
……これも言ってしまって良いか。
俺ゴブリンが、ダンジョンの思惑次第なこの場所を出て、外の世界で生活する事を諦めた理由も関係している。
細かく話す必要は無いな。ダンジョンの中の物は全て幻だ。以前までは土だけは違うと思っていたが、最近はそれすらも怪しいと考えている。
しかし、陽光の下、種から育てた植物は、或る程度の実体を得ているらしい。消滅せずに残る物が増え、その植物を食べたゴブリンの糞も肥料に使える程度に残留する様になった。
ゴーベンは虫ばかり食べていた偏食主義者だ。だからこそ、幻に近いゴーベンはダンジョンのいい様にされたが、真の実体化を果たせばダンジョンの支配から逃れられると、俺ゴブリンはそう思っていた。
しかし、外から得た情報が、その希望を虚しくさせた。
ダンジョンからの食材で育てた動物は、臓器不全など様々な症状により死ぬ。幻を取り込んだのだから、そうなる可くしてそうなったとしか言えん。
幻が何かと言えば魔力で出来ていると考えると、長い間陽光で育てた植物だけ食べて生きて来ても、俺ゴブリンが魔力を含まない食材を不味いと感じるという事は、俺ゴブリンの重要な臓器の何かが幻で構成されている事が予想される。
つまり、俺ゴブリンはダンジョンの外で過ごせば、遠からず死ぬ。
ならば俺ゴブリンの希望はダンジョンの奥深くにしか無い。ゲームの様にダンジョンが創られているなら、きっと褒美も用意されているだろうと期待する。
外への野心が無ければ配信をしても問題無いだろうというのも、この配信を始めた理由だ。何と言ってもゴブリン共は、眺めている分には良くても、あの中に交じろうとは思えんからな。”
語っている間に準備が出来た。
トブリンがチャット欄を二列にした御蔭で、俺の書き込みがされている間もチャットは流れているが、その中に幾つか気になる書き込みが有ったので答えておく。
“でも、大昔はダンジョンの外にも妖怪が溢れていたって――”
“本当にそうか? 俺ゴブリンが思うに、昔話で語られる人形の妖怪の多くは、人間としか思えん。寧ろ悪人と書いてオニと読むのかと思える程に、ダンジョンの魔物とは違うな。
それも誰かがダンジョンの外での飼育実験でもしてくれれば明らかになるだろうが、俺がするにはリスクが高い。
それよりも今は次の階層だ。準備が出来たから直ぐに開けるぞ?”
言って五秒後にボス人形を砕く。木で出来た人形だが、何故か土魔法で砕く事が出来る。
イレギュラーな事をしているのは分かっているから、誤動作を起こさない様に、一瞬で念入りに壊す。
魔力は動き、予想もしていなかった俺の背後と、そして目の前の階段の下で変化は起きる。
外した階段の蓋はそのままだ。
背後に現れたのは、青く色の付いた石の玉――恐らく少し豪華めな、このダンジョンの宝箱だ。
宝箱の存在を無視したのは少し迂闊だったかも知れないが、宝箱の発生のさせ方を知ったところで俺にとっては意味が無い。それに普通の宝箱の発生のさせ方なら、既に知っている。
流石にこういう部分でずるをしても、視聴者的には面白く無いだろうから、今後もずるは無しで良いだろう。
階段の蓋がそのままなのは、ダンジョンの雑さの表れだ。今更気にしても仕方が無い。
そして階段下に現れたのは、予想通りに黒い楕円板だ。
しっかり記録した以上、もしも時間経過でこの道が閉じたとしても、俺なら再び開けられる。
“青宝箱おめでとう♪”
“結構色が濃いから品質高めだな。五層クラスか?”
“青は何だった? 鉱石とかが多かった気がしたけど?”
“いや、色付きは効果付きが出易いというだけで、ガチャと同じだな。”
“何が出るかな♪ 何が出るかな♪”
“いや、長老見てないって。”
チャットは流れるが、俺は解析に忙しい。
どうやら道は繋げられそうだし、道の固定化も出来そうだが、座標は固定で行き成り三層や四層へ飛びたくても、座標が分からない以上無理そうだ。
取り敢えず、二階層の魔物が溢れても対処出来るようにと、階段の周りを檻で囲って、その入り口は檻の上に付けた。
おっと、ボスが斃れて出来た空席分が、ボス部屋の外へ押し出されようとしているのを捕獲する。
どうせなら、これからもボスに割り当てられるのは、この空席ゴブリンにお願いしたい。
それならばと、畑の一角を収穫がてら更地にし、其処に種を二つ植える。
植物魔法で一気に育てながら、生えてきた二つの木を融合し、成形し、弄り倒して、馬鹿になったゴブリンの姿に作り変える。
文字魔法で動作回路を組み込めば完成だ。
“待って長老何やってんの!?”
“もう我慢出来ない! 長老、魔法を使える様にはどうすればいいですか!?”
“大きめの餓鬼人形? 何の為の物なんだろう。”
そしてその馬鹿ゴブリン人形に、捕獲した空席を繋ぐ。
すると、通常なら発生までにそれなりの時間が必要だった筈の新たなゴブリンが、木の体を借りて即座に大暴れを始める。
うーむ、良く分からん。
“動いた!?”
“あ、分かった! ボスを斃したから、ボスに繋がっていた魔力の流れに空きが出来て、それを人形に繋げたんだ! でしょ?”
“にしても、悩んでいるみたいだが。”
集合無意識寄りの話は流石に分からんと、俺は諦めた。
“正解だな。これからボスが必要になった時には、この馬鹿ゴブ人形の出番だ。――が、何故暴れているのかが分からん。つい馬鹿ゴブリンの姿で作ってしまったとは言え、それが関係しているとは思えないが……。”
“ああ、成る程。新しく発生したなら緑のゴブリンになっている筈で、大人しい性格の筈という事か。”
“中鬼人形並みに暴れてるよねぇ?”
“斃して直ぐだったから、リセットされて無かったんとちゃう?”
“ふむ……それは想定していなかったが、有り得そうだ。
他のダンジョンで発生するゴブリンの割合が馬鹿側に偏っていると知って、幾つか想定していたが、集合無意識的な部分に残った前回分が何か影響しているというのはどうも違うな。
まぁ、二代目三代目は既に何ゴブリンか居て、完全に別個体なのは分かっていた。駄目押しの結果だが、まぁいい。
となるとだ、生き残っているゴブリンがどちらに偏っているかで、集合無意識に影響を与え、発生するゴブリンが初めから馬鹿になっているというのは有りそうだ。
それは俺ゴブリンで確かめるつもりは無いから、見ている誰かに任せよう。”
そう言い置いて、その場を離れる。
後始末として残るのは、大広間入り口の大扉だ。
目の前にしてみれば、大扉は無理矢理閉まろうとしたのか、突っ支え棒としていた鉄の段差を無理矢理乗り越え、上にも下にも隙間が開いて無理矢理扉を斜めに突っ込んだ状態で、微妙に痙攣するかの様な動きを繰り返していた。
極めて邪魔、且つ危険な状態だ。
“あかんw バグってるwww”
“バグったにしては大人しい方だなぁw”
“危なくないの?”
“それは勿論、危険だ。しかしこれだけ不安定になっているのは、チャンスでも有る。まぁ、見ていろ”
俺は大広間の入り口を右手に見る壁の凹みへと先ず赴き、其処に新たに大広間の外へと通じる隧道を造っていく。
結構な時間が掛かったが、その間をトブリンも交えた雑談で凌いで遣り遂げる。
大扉周辺の魔力の流れを見る限り、大扉の移設先も大広間から出る道が通じている必要が有ったからだ。
出来上がった抜け道周りの、魔力の流れも調えて、最後に大扉を持って来る。
鉄板に貼り付いた丸い磁石をずりずりと動かす様に、しかし文字魔法で誘導しながら慎重に――。
移設場所に据え付けてもまだ安定しない。周囲の魔力の流れも持って来ないといけないからだ。
しかしこれはすんなりと行き、在るべき場所に在るべき様に収まった途端に、其処を新たな大扉の場所として安定した。
“良し。これで大広間への出入りで煩わされる事も無くなった。”
“エディットモードか?”
“あはは、滅茶苦茶してるよw もう最高!”
元々の入り口に設けていた迂回路の、鉄の触手も片付けて、これで漸く元通りと、俺は二階層への階段へと移動する。
これから俺の長い旅路が始まるのだと思うと、少し感慨深い。
“待って長老! 宝箱忘れてる!”
“開封儀式、早う!”
そう言えばそんな物も有ったなと、青い石の玉を足蹴にすると、中から青い鉱石が転げ出た。
確か水練石とかいう物か? 水が溢れると載っていたが、俺には必要無い物だと、黒い渦に放り込む。
“雑!”
“今のは水練石か? 一層で出るのかよ!?”
“二十年もの! 初回熟成!”
人が感傷に浸っているのを横にして、随分と騒がしい。
“騒々しいな。そういうのを気にするのは、六階層を過ぎてからにしろ。
……いや、開封と言うなら、宝箱よりも目の前の二階層の方を気にしろ。
そうだな、俺ゴブリンの予想は次のどれかだ。
①俺ゴブリンの様な特殊なゴブリンが発生して、共同生活を築き上げている。
②全てのゴブリンが馬鹿になって、殺伐とした殺し合いの階層となっている。
③溢れようにも溢れられずに、入り口を潜り抜けた途端、馬鹿ゴブリン共がみっちりと詰まっている。
④馬鹿ゴブリンの一体だけが生き残り、変異種と成りながらも発生した瞬間に狩りに行く化け物が棲む様になっている。
⑤一階層の集団無意識の影響を受けて、飢えて死んでも発生するのは普通のゴブリンとなり、苦労は有っても穏やかな生活を築いている。”
“①か⑤を期待!”
“②が一番有りそうだが、④の可能性も高いのか。”
“早くお前達の予想を立てるといい。色々と予想は立てたが、俺ゴブリンは結局②だと思うぞ。”
“私は⑤!”
“大穴狙いで③!”
“②!”
“ゴブリンの死体だけが転がっている!”
“④!”
チャットは凄い勢いで流れている。
俺は、“そろそろ締め切るぞ。”と伝えて、黒い楕円板へとその一歩を踏み出した。
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