(24)初めての視聴者参加型ダンジョン配信
加納くるるは、観る専のダンジョン配信ウォッチャーだ。
と言っても、自称。
迷宮庁のダンジョン配信は、十六歳以上じゃ無いと、リアルタイムでの視聴は出来無い。十五歳までは、配信後にAIによるレーティング分けされた範囲でのアーカイブしか観れなかった。
漸く邪魔されずに観れる年齢になって、気兼ね無く楽しめる様になったのが今だ。
だけど、最近になって分かって来た不満は、ダンジョン配信では“ほのぼの”や“まったり”と言う言葉が行方不明な事だった。
――まぁ、仕方無いよね? だってダンジョンなんだから。
四つもダンジョン配信を観れば、間に猫動画でも挟みたくなるくらいに殺伐としている。
でも、観たいのは猫動画では無く、ほのぼのとまったりしたダンジョン配信なのだ。
そう思っていた時に、脳天を突き抜けるかの様な衝撃を与えてきたのが、二上山の配信だった。
この時ばかりは、スコッパーさんのお勧めを追っ掛けしていて、本当に良かったと思った。
そしてまた、スコッパーさんが見付けてくれた長老の配信!
しかし、やはりダンジョン配信には変わりないと言う事なのだろうか。
“ほのぼの”が始まると期待していたその画面で、長老の語る言葉が“しんみり”と踊っていた。
“奥行きの有る物語など存在しない。ダンジョンは只のゲームで、俺達は雑に用意された只の敵モンスターに過ぎないのだから。”
ちょっと息が詰まる。
チャットに何か書き込もうとして、手を伸ばして、でも思い付かなくて手は引っ込む。
“つまり、タイトルを付けるなら『気が付けばゲームみたいな世界にゴブリンとして発生していたんだが、ダンジョンを探索してみる』か。いや、『ゴブリンとして発生していたんだが、何か質問有る?』の方かな?”
引っ込んだ私の手が伸びて、高速でキーボードを叩く!
“声音が分からないと重いのか軽いのかも分からないから、ちゃんと長老、喋って!!”
嗚呼、嗚呼、やっぱりこの長老は最高だ!
~※~※~※~
クエリーは、本名をエリーという、イギリスと日本とのハーフの少女だ。
そして世界的に迷宮時代が始まって、イギリスという立地から魔法に憧れを抱き、そして夢破れて十八歳で日本に移住した一人である。
今のイギリスには、丸でヴァイキングの様な探索者しか居ない。
繊細で偉大な魔法使いなんて、何処にも存在しない。
だからこそ、日本は唯一陰陽術という力を、今に伝えてきた最後の希望だった。
それは秘匿すべき神秘。知識の殿堂に眠る秘宝。ハーフのエリーには決して手に入らない叡智。
そんな畏れを抱いていたエリーは、しかし呆気無く日本の大学で陰陽術を学ぶ事が出来た。
その時は、素質さえ有れば門戸を開く日本の在り方に、感動さえ覚えた物だった。
しかし、確かに神秘で偉大な力だとは思うけれど、何かが違う。
これを魔法と呼ぶのは間違っている。
そんな違和感が、エリーには付き纏っていた。
陰陽術では、どうにも空は飛べそうに思えない。
火の術を使うのに、一番簡易な方法が火種を投げるというのは何かが違う。
雷を放つ魔法の杖はエボナイト棒で、呪文の代わりにセーターを擦れというのは、魔法に憧れたエリーから、その熱量をするりと抜き取っていった。
それからは、ダンジョンに潜るか、レトロゲームに興じる日々だ。
そこに再び火を点けたのが、二上山の長老だった。
訳が分からなくて、妖しくて、偉大で、どうにも涙が零れてくる。
一度は表舞台から去ってしまって絶望を覚えたが、こうしてまた世の中に出て来てくれた。
“喋れと……はぁ、トブリン任せたぞ。”
モニタに映された画面は、次の階層へと向かう階段近くに残されたトブリンからの階段下の映像と、そのトブリンの居る場所から全天球カメラならではに、長老が居るボス部屋入り口近辺を大写しした映像、そして長老が持っているらしい端末からの映像だ。
しかし長老の端末からの映像は、不思議な事に時折宙を飛ぶ。トブリンからの映像で見ても、確かに宙を何かが飛んでいる。
心を沸き立たせずにはいられない光景だった。
だが、長老はそれさえも崩してくる。
“そもそもお前達は俺ゴブリンを長老と呼ぶが、別にそんな存在では無いぞ?
寧ろ世俗とは関わらない仙人――仙ゴブリンに近い。
多少は憐れんで施しはしたが、それ以上に関わろうとは思わん。それを長老とは言わんだろう?”
そんな台詞がチャット欄に書き込まれたと同時に流されたのは、ボヨボヨボヨボヨという電子音だ。
そのまま長老――いや、違うと言われてもその呼び名が一番しっくりと来る――が扉を外れてトンネルに入る時には、ジャッジャッジャッと音がして、トンネルを抜けた先から現れる時にも同じくジャッジャッジャッと音をさせた。
“やめっwww 気が抜けるwww”
“さっきのぼよぼよぼよって音は何?”
“あー、若いのは知らんよな。音声合成が一般的になる前は、音声データが使われていたが、更にその前には声の音程だけを模してのこんな手法が使われとったのよ。”
“最近は何でも喋るからなぁ。音声合成でのデータ圧縮率が年々上がって、寧ろ容量は減ってるらしいぜ?”
“だからって、こんな超レトロなwww”
誰よりもレトロゲームに嵌まっていたエリーは、そんな風に盛り上がるチャットに書き込む事も出来ず、笑いの壺から抜け出せずに震えているばかりだった。
そんな盛り上がりを余所に、長老はボス部屋に入る前の市場の様になっているところまで足を進めて、其処でごそごそと作業をし始めた。
“また繊細な作業に入るからな。暫し待て。”
発作が治まっていないところに、またボヨボヨと音が響くから始末に悪い。
そんな視聴者を置いて、長老は作業を進める。
後で始末する予定だからなのか、市場の真ん前の道の真ん中に、いつの間にか何かの土台が出来ている。
それを暫く調整したらしい長老が、手品の様に次から次へと鉄球を取り出すと、先ずは土台に鉄球を融合させ、次はその融合した鉄球に新しい鉄球を融合させ、と、土台から鉄色の触手が伸びる様に鉄球を融合させていく。
そのまま後ろ向きにジャッジャッジャッとトンネルを潜り、鉄の触手を延長させ、再びジャッジャッジャッとボス部屋の中へトンネルから現れる。
エリーは大人しく長老の指示に従い黙っていたが、聞きたい事が一杯だった。
――陰陽術ではまず実現出来ない、鉄の玉生成の方法は?
――呪文を唱えている様子は無いが、魔法に呪文は必要無いの?
だからと言って騒がない。
何故なら、夢にまで見た魔法は、もう既に目の前に有るのだから。
~※~※~※~
蝦蟇仙人を自称するその男、
大沼のダンジョンと言えば回復軟膏で有名だが、馬淵はそれが魔物を斃したドロップとしてだけでは無く、辺り一面に広がる大沼の、泥濘の中からも大量に見付けられるのを発見した一人として、少しばかりの誇りを持っている。
輸出が出来る程では無くても、国内の探索者が怪我に患わされずに探索を続ける事が出来るのは、自分達の発見有っての事だと。
しかし、その採集の様子を見れば、彼らの事は探索者では無く、特殊な漁師に見えるかも知れない。
泥沼に採集物の回収と休憩用の小舟を浮かべ、自らは泥沼の中を行きながら、ラケットの様な道具で泥濘に潜む貝を掬い取る。その貝の中にこそ、回復軟膏は詰まっていた。
大沼のダンジョンに現れる大蛙などの魔物が、ホームグラウンドだからと言って沼地で機敏に動ける訳では無いから出来る採集方法だが、それでも危険が無い訳でも無く、更に言うなら普通に探索するよりも遙かに重労働だ。
しかし、稼げる。
週に二度、回復軟膏の回収に向かって漁るだけで、相当に稼げるのは確かだった。
だからこそ馬淵は、若い頃に稼ぐだけ稼いで、今は悠々自適の生活をしながら、時折思い出した様に探索に出る。
そして後に続いて今はしゃかりきに稼ごうとしている者達に、丸で山から下りてきた仙人が気紛れにその技術を教える様に、長年の採集生活で磨いたベテランの技を伝授したりして過ごしていた。
故に、自称蝦蟇仙人。
しかし、今はその称号に恥ずかしさを感じている。
何も無い洞窟の中で、只管に技を磨き研鑽を積み、しかし最早同族とも思えなくなっている者達に憐れとの理由で施しを与える。
長老の仙人具合に較べて、自分の世俗に塗れた似非仙人具合はどうだろうかと。
これはもう改名の時期かも知れんと、蝦蟇仙人こと馬淵は唸るのだった。
そんな馬淵が見守る画面の中で、長老改め仙ゴブリン? ――いや、蝦蟇仙人と同じ名付けのルールに則るなら、ゴブリン仙人が動いている。
鉄で出来た触手の先は、一畳程の台座に加工されて、ご丁寧な事に此処に乗れとの足形まで付けられていた。
更にゴブリン仙人は黒い渦からゴブリン――いや違う、餓鬼から進化した黄色い中鬼の人形を取り出した。大きさは、ゴブリン仙人より一回り小さい程度。
それを後ろ向かせたゴーベンの背中に貼り付けて、何やらしている。
因みにゴーベンは、ゴブリン仙人――ええい長いな、ゴブ仙人がボス部屋から出ている間は、何か言い含められていたのかボス部屋の中に残っていた。
“よし、ゴーベン、合図をしたら出来るだけ大きくジャンプして、この台座の足形に合わせる様に跳び乗れ。失敗したらお前が消滅する可能性も有るから、気を付けろ。”
ゴーベンは物凄い顔をした。
当然だ。誰だってそうなるだろう。
チャットも阿鼻叫喚と抱腹絶倒の間で大根乱に陥っている。
“待ってwww 今言うの待ってwww”
“冗談じゃないって!! ゴーベン!! 生きろーー!!!!”
“駄目w 真面目にやばいのに、可笑し過ぎるw”
“全力の集中だぞ!! 此処が正念場だ!!!”
凄い勢いでチャットは流れるが、そんな事は知った物かとばかりに、ゴブ仙人は――いや、やはり語呂が悪いな。否定はされたが長老か。――長老は胸元から取り出した首飾りの人形を、台座の上に放る。その人形はゴブリンの形をしていた。
“よし、ゴーベン。台座の上のこの人形が跳び上がったなら、それが合図だ。合図をしたからと、直ぐに動く必要は無い。何度か屈伸して、深呼吸してからでも十分だ。お前がジャンプしたら、その頂点付近で背中に貼り付けた人形が離れるが、それも気にするな。台座の上に無事に着地する事だけを考えろ。
では、十数えたら人形を跳び上がらせるぞ?
一つ……二つ……三つ……四つ……”
いつの間にか気を利かせたトブリンによってチャット欄も分割され、長老のカウントが進むのを横に、視聴者のチャットも凄い勢いで流れて行く。
その内容は、何が起きているのかの説明を求める声に、ゴーベンを心配する声、様々だ。
やがてカウントが十になると同時に、台座の人形は宙へ跳び、そして何度か屈伸をして勢いを付けたゴーベンが大きく跳び上がる。
長老は地上で、宙を掻き混ぜるかの様に何度か大きく両手を振り回し、ジャンプしたゴーベンの背中からは中鬼人形が外れて地上へ着地し、そしてゴーベンも見事台座の足形付近に降り立った。少し蹌踉けはしているが無事である。
長老は直ぐ様ゴーベンに駆け寄って、またも何か調整している様子を見せてから、一つ大きく息を吐いてその身を台座から離す。
ゴーベンの姿に大きな変化は無い。しかし――
(ゴーベンの眼から赤光が消えている……?)
チャットの書き込みもそれに気が付いたのか、随分と騒めいている。
“よし、ゴーベン、随分と頭がすっきりしたのでは無いか? お前の頭をおかしくさせていた原因は取り除いた。しかし畑の中に足を下ろすと、再び頭をおかしくさせられかねん。この銀の道から落ちない様に大広間の外まで這って戻り、暫くは大広間に入らぬ事だ。”
語るのは筋肉でとでも言いたいのか、普段は寡黙なゴーベンはその言葉に頷き、鉄色の触手の上を這ってボス部屋の外へと向かうのだった。
それをかなり時間を掛けて見送って、漸く向き直った長老は、見に見えて安堵した様子だった。
“さて、説明をしようか。
既に述べたが、ダンジョンの魔物にはダンジョンの魔力が流れ、その指令を撥ね除ける事が出来無ければ、魔物はダンジョンの操り人形となる。ボスの役割を割り当てられたなら、その使命を全うする外は無い。次の階層への道が開く条件が、ボスを斃す事しか無いのならば、ゴーベンを犠牲にするしか無い――と普通なら悲嘆に暮れるのかも知れないが、此処は凄まじい力を持った超越者が創り上げた場所だとしても、今世のゲームの様に数多くの者が関わってデバッグをしたり、αテストやβテストを乗り越えて世に送り出された物では無い。つまり、雑に創り出されたゴブリン達の現状からも分かるだろうが、穴だらけだ。”
長文がチャット欄には書き込まれるが、それと同時にボヨボヨ音はずっと鳴り続けている。
チャット欄には“ボヨボヨやめてw”との書き込みが溢れているが、それさえも承知の上で、長老は真面目腐った表情を続けているに違い無い。
“ダンジョンにとって、別にゴーベンがボスである必要は無いのだ。
ダンジョンに流れる魔力は、壁や床の表層にこそ強く流れている。その影響で、床を踏み締めている時程、ダンジョンの支配は強く働く。ならばジャンプして僅かに支配が緩んだ間に、まだ残るボスとしての指令が交じった魔力の流れを、ゴーベンから他へと付け替えれば良い。
ゴーベンに流れていた筈の魔力の流れは、それ其処の人形に付け替えた。そしてゴーベンには、俺ゴブリンが確保していた空席分の魔力の流れに付け替えた。
空席分というのは、俺ゴブリンがダンジョンの魔力の流れから自分自身を切り離した際に生まれた、新しく発生するゴブリン用の魔力の流れだ。何かの役に立つかと思い、捕捉し、確保していた物だ。”
ボヨボヨ音に惑乱されながらも、長老の端末が映した中鬼人形の様子に、言葉が止まる。
木か何かで出来ているらしい中鬼人形は、それこそボスの在り方とでも言う様に、手足を振り回し顔を歪めて敵意と殺意を辺りに振り撒いていた。
“浅ましいものだな。この人形には文字魔法を使い、指令に対応した動きをするように仕込んでいる。それだけしかしていないにも拘わらず、此処まで暴れるのは、ダンジョンの創造主が、敵キャラとして創り出したダンジョンの魔物に、意思が宿るとは考えていない証左だろう。或いは、そんな事はどうでも良かったのかも知れんが。”
言いながら、長老は鉄の触手を折り曲げて、ボス部屋から出る隧道を鉄の触手で閉ざしてしまう。
そのまま次の階層へと向かう長老の後を、動く機能を与えられていない足を地面に引き摺りながら、何かに掴まれているらしい動きで中鬼の人形が続く。
“だが、こうしてダンジョンをペテンに掛けて、今はこの人形がこの階層のボスだ。ふむ、朗報だな。ゴブリン☆チャンネルは今後も継続出来そうだぞ?”
馬淵は思う。
長老にとって神に等しいダンジョンの創造主の思惑すらも受け流し、飄々としたこの長老こそやはり仙人と言われるに相応しいのだろう。
ならば自称の蝦蟇仙人の名はやはり恥ずかしい。
ああ、そうだ。これからは蝦蟇先人と名乗る事にしよう。
そう、馬淵は思うのだった。
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