(2)プロローグ ~二十周年特別番組・前編~

『迷宮探訪、スペシャルの時間になりました。この時間は、私ナレーターの鰯水聡いわしみずさとしと――』

『――同じく、八千代京子がお送り致します』

『また、今回はスペシャルゲストとして、現代の陰陽師、迷宮庁顧問の三条時兼さんにお越し頂いています。

 三条さん。本日はよろしくお願い致します』

『いえ、こちらこそ。この様な機会にお呼び頂き、有り難く存じます』


 A4サイズのタブレットには、スポットライトに垂らされたスタジオと、真面目腐った男女のナレーター、そして和装と言うには古風な狩衣かりぎぬを着た男性が映し出されている。


『三条さん――もう、二十年も経つのですね』

『お恥ずかしいばかりです』

『いえ、謙遜は無用です。

 迷宮時代の幕開けに於いて、当時は分からずとも後になれば明白な事実として、一刻も早い迷宮への対処が必要不可欠でした。それが為されていなければ、至る所に怪異、魔物、魑魅魍魎が溢れ、日常生活は儘ならなくなっていたでしょう。

 しかし、当時の日本の行政は、権益が絡まなければ動かず、与党自ら情報統制と嘯いて、自らに都合のいい情報操作を目論んだ流言蜚語の拡散を先導する有り様でした。

 何が正しくて何が間違っているのかも混沌として、凡ゆる領域に腐敗の手は伸び、真面な災害対策が期待出来なくなっていたのが当時の日本だったのです。

 しかし二十年前のあの時、千年もの昔から陰陽の術を受け継いできた陰陽師の末裔の手により、この日本の法則が書き換えられる大事件が起こりました。

 今の日本では、国を衰退させる者が政治に関わる事は出来ません。その事実も既に噂話としか知らない若者が増えて来ましたが、悪徳政治家や腐敗政治家は、直ちに体調を崩す事になります。この呪術が日本に張り巡らされた当時に於いては、それは政治家だけには留まらず、メディア関係者や企業人にも多くの死者が出る事態となりました。

 何故その様な事態に至ったのか。陰陽術とは何だったのか。そしてこれから何が起こると予想されるのか。

 その裏には迷宮――いえ、世の中での言い方に合わせるなら、ダンジョンの存在が有りました。

 ダンジョンが当たり前に存在して、その恩恵を享受している今の皆さんが知らない事、或いは気付こうとしていない事について、この番組で紐解いていきます』


 画面が切り替わり、背景は説明の為の映像に、そしてその前に三条氏が立っている。


『私が今日ここで伝えたいのは、現在の迷宮時代を陰陽師の視点で見るとどう見えるのか、これに尽きると考えている。

 実はこれを伝えるのはとても難しい。迷宮時代が始まる以前と、始まった後では、常識が全く異なるからだ。

 陰陽師の不遇の時代を知らなければ、迷宮時代の幕開けの時、陰陽師達が何を考えて行動したかは分からない。そして理解すればこそ、そこに特別な物は何も無く、奇跡的に噛み合った偶然が今の時代を作り上げたのだと知る事になるだろう。

 陰陽師達が何を考えて生きて来たのか。只の物語として聞くのでは無く、自らがその陰陽師になったつもりで、想像を働かせて聞いて貰いたい』


 全ては偶然だったと語る三条氏は、何処か遠い目をしながら語り始めた。


『現在の迷宮が溢れた世の中で、迷宮の中に嘗て餓鬼と呼ばれた怪異や、角の生えた鬼が棲む事を知っている君達なら、奈良・平安の其の昔にも、同じく実際に魑魅魍魎が百鬼夜行していたと聞いても、素直にそういう事も有ったのだろうと信じられるかも知れない。

 鬼の他にも、天狗や牛鬼、鵺、付喪神。

 その多くが奈良・平安時代の伝承の中に在る。

 結論から先に述べようか。今の世界に迷宮が溢れているのと同じ様に、西暦七百年から千二百年の間。奈良・平安時代のこの頃にも世の中には迷宮が溢れていたと今では考えられている。

 当然ながら、当時の呼称は違うだろう。

 鬼穴や、冥道、或いは黄泉平坂よもつひらさか、アフンルパル――伝説の数だけ呼び名は違えども、恐らくそれらは現在と同じく世界に出現した迷宮だった可能性が有る。

 そしてそれらの迷宮は、現れた時と同じ様に西暦千二百年頃に突然その姿を消した』


 背景には、数々の怪異の伝承が映し出されていく。

 合わせて迷宮だったのでは無いかと思われる洞穴の伝承も。


『迷宮が消え去っても吐き出された怪異自体は残ったが、迷宮が存在した頃には使えていた数々の妖術や神通力が使えなくなれば、その行く末は自ずと知れよう。

 怪異は只の異形と成り果てて滅び、時を同じくして陰陽術も力を発揮しなくなり、陰陽師は唯の天文博士となった。

 陰陽師が、怪異の、そして陰陽術の力が消えた状況に危機感を抱いていたというのは、その家名にも見て取れる。恐らく迷宮が消えて陰陽術に翳りが見え始めて後の百年。室町時代に入ってから陰陽師の本家は土御門家を名乗る様になった。これは土御門大路から名を得たと今では伝えられているが、それは真実だろうか? 土の御門と聞いて、他に思い至る物は無いだろうか?

 迷宮が消え失せ、怪異も姿を見せなくなり、陰陽術が力を失った時、陰陽術の力の源が迷宮にこそ有ったと気付いた当時の陰陽師が、せめてそれを名とする事で力を取り戻そうとしたのでは無いだろうか? 私にはそう思えて成らない。

 しかし、世界自体が改変される大きな動きには抗えず、知識を蓄えてはいても陰陽術有りきの天文博士では陰陽師の本筋からは大きく離れ、根本から怪異の存在を切り離せなかった陰陽師達は、怪異を抜きとした科学の時代で結局は天文博士としての役職も追われる事となった。

 陰陽寮自体は千八百七十年に解体された。その後も表舞台に残った陰陽師と、私が属している陰陽師の集団は別物と言って良い。私が属している集団は、恐らく千二百年の頃から、表舞台に残った一派と別れ修行の道を邁進してきた。表舞台に残った一派は、恐らく当初は権力の維持を目的としたのだろうが、陰陽術が使えない中での宮廷勤めで歪んだのだろう。怪異が存在しない世の中でも、物事の帰結を怪異に求める者も居るなら、或いはそれも必要な手段だったのかも知れないが、表舞台の陰陽師は尤もらしい虚言にて取り繕う事を覚えてしまった。修行する一派にとっては裏切り行為だが、表舞台の一派にとっても修行一派の不甲斐なさ故だったのかも知れぬ。

 しかし、恐らく何処かで決定的な決裂が生じ、表舞台の一派から修行一派の存在は忘れ去られてしまったに違い無い。

 忘れた側が何を思っていたかは分からぬが、修行に励む一派にとって怪異の討滅という本懐を忘れた陰陽師は陰陽師に非ず。とは雖も、陰陽術の修行と伝承を定めとし、修行の道へ進んだ私達の一派としても、怪異の存在を信じようとしても感じる事も出来ず、疫病などの厄災の陰に目に見えない怪異の姿を見ようとしても見えず、伝来の方法でも怪異の居場所は掴めず、結局は修行と言っても何かを怪異になぞらえて、派手な身振りで調伏した様に見せかける、そんな胡散臭いパフォーマーの様なイメージトレーニングでしか無かった。その姿を見て、虚無僧やらと同列に見て貰えたなら、まだ良心的と言えるだろう。

 そんな時代が何百年と続けば、怪異の実在を示す証拠も失われ、修行の一派の中にも厄災を暗喩し置き換えられたのが怪異なのではと考える者が出て来る。一般人ならば猶更だ。それが迷宮が現れるまでの事実とされていたのだろうと私は考える。

 尤もそれも仕方が無い事だ。斯く言う私も――怪異が実在したなどと、信じ切る事は出来無かったのだから』


 画面に流れる陰陽師の凋落を示す数々の出来事や事件。

 次に画面は切り替わり、八千代京子ナレーターがその頃の世界の動きを説明する。


『三条さん、有り難う御座いました。

 それでは、その頃の世界の動きです。

 当時の世界に迷宮が存在したならのなら、それは日本の中だけには留まらず、世界中に様々な怪異の伝説が残されている筈です。

 それを見ていきましょう。

 西暦七百年から千二百年頃と言えば、アジアでは唐宋の時代でした。怪奇や幻想を題材とした伝奇小説が始まったのもこの時代です。有名な西遊記が題材にしているのもこの頃となりますね。

 北欧はヴァイキングの時代です。クラーケンやドラゴンなどの怪物の伝説が数多く残されています。

 西欧は人口の減少や交易の衰退が生じた暗黒時代に続き、カール大帝や十字軍の時代です。伝説としてならアーサー王の時代ですね。アーサー王の物語は当時の民間伝承を集めた物とも言われていますが、ここにも数多くの不思議な生き物が記されています』


 更に示される多くの文献やその再現映像。


『しかし、世界中に多くの伝説を残しながらも、それらは実在しない幻想とされ、殆どの国では物語としての意味しか持っていませんでした。

 或いは中には陰陽師と同じく、怪異に対抗する本物の集団も居たのかも知れませんが、千年以上前の出来事となると、日本以外ではその殆どの書物は散逸し、国家の興隆と衰退に巻き込まれて組織は散り散りとなり、伝承は途絶えてしまっています。

 今の迷宮時代を何故日本が牽引する事が出来たのか。その秘密を、再び三条さんに語って頂きます』

『――ふぅー……随分と大仰に促されてしまったが、先程も言った通り、私はこの結果となったのは単に運が良かったに過ぎないと考えている。もっと悪くなる可能性は幾らでも有った。寧ろ、悪くならない材料が見当たらなかった。

 元はと言えば私も隠れ里で生活する身だ。世情には疎い。と言うよりも、里の外の出来事は殆ど何も知らなかった。

 だが、後に思い返せば思い返す程にそう思うのだ。

 それが当時の日本の状況だった。

 その辺りは後に話すとして、まずは当時の陰陽師の心情的な物について話そう。

 表舞台に残った土御門家などとは袂を分かった陰陽師の一族は、山奥の隠れ里染みた集落で修験の道へと突き進んだ。

 と言っても、元は公家として家を構えていた者達だ。自分達の価値を陰陽術の力に有ると見定め、山伏の様に修験に明け暮れ、何とか力を取り戻そうと躍起になっているのを余所に、袂を分かち、力の一切を失ったにも拘わらず口先の巧みさで権勢にしがみつこうとする者達をどう見るだろうか。

 陰陽術もそうだが、日本古来からの仕来たりの多くは、伝統を重んじ変わる事を良しとはしない。例えば神楽の振り付け一つを取ったとしても、夢見で啓示を受けるなどの切っ掛けを必要とし、しかもそれで何かが良くなれば良いが、少しでも何か状況が悪くなれば慌てて振り付けを元に戻して神へと赦しを請う事になる。

 そして、夢に出て来たのは祭神と仲の悪い神だったとか、或いは祭神はその舞いを非常に喜んだが、祭神が大切にしている妹神は以前の舞いを好んでおり、その涙雨で洪水が起きてしまったとか、そんな理由が付けられる。

 つまり、細心の注意を払ってジンクスを取り除き、良縁を齎す物を積み重ねたのが祭祀に関わる伝統であり、それ故に簡単には変えられない。

 陰陽術もそれと同じで、しかも性質は科学寄りだ。しかしその科学は迷宮が存在した時分での科学である。

 陰陽術が正しく使えていた事実。それが有るからこそ、余計に変われない。何をどう変えてみても、元と何も変わらず何もが巧く行かない。そうなるとどうしても原典は維持しなければならない。

 それが続くと、心は倦む。

 或いは、陰陽術の力の源泉が消え失せた事実を早々に受け入れ、しかし権威の有る自分にこそ価値が有ると定め、陰陽術に力が無くなった事を明らかにしないまま、或いは認識を自ら捻じ曲げながらも、蓄えた知識と口の旨さで権勢の中に居座り続けた者達の方が、陰陽師としては正しかったのかも知れない。

 私が実際に暮らしていた隠れ里の中で、私は傍系に過ぎず、また成人もしていなかった故に陰陽術への夢や憧れも枯れ果ててはいなかったが、それでも里の陰陽頭達が使命感で陰陽術を復活させようとはしていないのは感じていた。

 里の者達の陰陽術への妄執を成り立たせていたのは、怨念だ。

 表舞台に残った陰陽師擬きへの怨念に、それを許した幕府への怨念。それは当時の行政への怨念にも繋がり、そらが今に至るまで積もり積もった怨念により、自ら呪物と成り果てようとしていたのが当時の里の陰陽頭達だった。

 そんな状況の中で、凡そ千年ぶりに再び迷宮が存在する世の中と成り、陰陽術が力を取り戻したならばどうなろう。

 当時の政治家達が、凡そ清廉潔白で衆目を憚る物の無い者達ならば、或いは冷静に事態を捉え、再び怪異妖物の蔓延る世になるかも知れないと、その時の為にこそ陰陽術を伝えてきたのだと胸を張って名乗り出ていたかも知れぬ。

 しかし実際は、表舞台に残った陰陽師が結局は只の詐欺師――と言っては私情が入るが、力を持たない夢想家寄りの学者であった事を示すかの様な愚昧が国の頂点に居座り、民衆を搾取し、私腹を肥やし、またそれに倣った地方の首長も専横を極め、日本という国を壊し尽くそうとしていた。そしてそれを民衆に知らしめるべきメディアも腐り果てて、醜態を暴かれながらも開き直る有り様だった。それでいて民衆は道を見定めず、そんな世の中にしたのは自分達では無いと居直り、与えられた権利にして責務を果たそうとはしなかった。

 自らの自信の核となる物を取り戻して、漸く世俗に目を向けてみればそんな世の中だ。

 嘗て国の吉凶を占って国の行く末を見定め、怪異を調伏して国を護ってきた自負の有る陰陽師達が、積もりに積もった鬱積した思いを持つ陰陽頭達が、殆ど呪物と化したそんな者達が、その状況を目の当たりにしたらどうなる?

 陰陽師として自ら定めた立場と、国を正すとの大義名分、それらに加えて千年近く積み重なった諸々を燃料に義憤を怨念の炎で燃やし、私も知らない奥義が使われた結果、あの惨劇が起きた。

 それこそ東京のど真ん中のスクランブル交差点に、当時は地盤沈下としか思われていなかったが迷宮の入り口である大穴が空いて、その対応での議論が続けられていたその場で、六割もの国会議員が血反吐を吐いて、或いはもっと凄惨な姿で息絶えたあの事件が』

『当時の映像です。――これは、本当に何の前触れも無く、唐突に同時に倒れていますね』

『……私は、これが正義が為されたものとは思わない。実際には、再び怪異が存在する様になってしまった今の世の中では、怨みを一身に浴びる様な真似をした者が長生き出来る筈も無く、早いか遅いかだけで同じ結果に成っていたとしても、この方法を取ったのは間違いだった。

 事実、政治が大混乱に陥る中に現れ声明を発表した陰陽頭達には、まず便乗犯と疑われ信用が得られなかったが、陰陽術を見せ付ける事でそれが真実と分かった後では、カメラの向こうにも影響が有ると示唆されていても数多くの批判が集まった。

 それこそ投げられた言葉に陰陽頭達が無差別な報復に出てもおかしく無いくらいに。

 機転を利かせた一人の議員の言葉がその状況に――得体が知れないが確かに力の有る集団を槍玉に挙げるその危険に――危機感を覚え、日本を守護する呪術を執り行わせる方向へと舵を取ったのは僥倖だった。

 その結果、儀式は執り行われ――出向いた陰陽頭達もまた自らの呪術に倒れる事になった。

 陰陽術で排除しようとしたのは、国を蝕む害悪だ。誰を標的にした物でも無く、国を蝕む害悪が蔓延っていなければ何も起こりはしない。国会議員達が死んだのなら、それは或る意味自業自得だ。

 しかし、多くの国会議員が死を迎えても、平然と居直る陰陽頭達もまた、害悪と見做されたのだろう。

 国会議員達が死を迎えたのに対して、陰陽頭達は力を失えど存命だったとは言え、功績と誇れる物では無い。

 譬え陰陽頭達による呪術が、今も日本を護り続けているとは言え、これが事実と私は思う』

『はい、では当時の映像です。――ええ、確かに彼らが現れた時点での扱いは、空気の読めない愉快犯か何かを相手にした軽い扱いですね。真実を知ればこそ怖ろしくなりますし、この陰陽頭達の我慢強さにも敬意を抱きます』

『自分が日本を牛耳るつもりで表舞台に返り咲こうとした人には過分な言葉と思うが……ああ、ここだ。この共産党議員の言葉だな』

『はい、テロップに全文出していますが、一時的では無く永続的に国の守護は出来るのかと、――これは挑発でしょうか?』

『実際に目の前で理不尽に人が死ぬのを見た上でのこの言葉は非常に勇気有る行動だが、それよりもこの言葉の内容だ。これは憲法を定めようとしたに等しい。力を持つ者に、その力で自らを律せよと求めたのだ。

 しかし、この勇気有る企ても、危うく水泡に帰すところだった』

『え? そうなのですか? ――では、再び当時の映像です』


 画面の中には、儀式を万端に整えて、そして儀式の結果陰陽師達が倒れてしまうところまでが映し出された。


『……いえ、これは失敗しているのでしょうか?』

『うむ、少し戻って……ああ、その辺りから。――このごにょごにょと唱えているのは、かなり古い言葉の上に業と音を籠もらせているので判り難いだろうが、呪術が適用される条件を述べている。

 この内容からすると、恐らく初めの呪術は国を蝕む国会議員とでもいう単純な内容にしていたのだろう。しかしそれでは会見に集まった腐敗したメディア関係者や、サクラとして協力する者共は呪術の対象とならなかった故にか、細かくは言わないがざっくりと対象範囲を広げている。

 その一方で、、と一文付け加えて、己等が対象にならない様に手を加えたつもりになっている。まぁ、この一文こそが害悪と見做された元凶かも知れんがな』

『え!? そんな言葉が……。でも、それではどうして?』

『そもそも呪術では、自分を含めての対象を示した後に、自分達を除くという示し方はしない。初めから自分を含まない集団を対象とする。だからこそ、こんな間違いをしたのだろう。

 もしも、日本を蝕む害悪として認定されていたなら、害悪となる人間を取り除くのと同時に、迷宮自体がその対象となっていた可能性が有った。しかし、依然として迷宮は其処に在る。

 この事が示すのは、呪術の元とした力の持ち主は迷宮もしくは迷宮を遣わした何かであり、陰陽頭達は只の代理人だったという事実だ。その代理人がと述べたとして、それは誰を示しているのだろうな?』

『まさか……』

『そしてもしも陰陽頭達の思惑通りに言ったとして、昔の陰陽師達が手を出さなかった迷宮の力で迷宮を討つという事が実現されたとして、その時は何が起きていたのだろうか。

 全ては綱渡りで偶々奇貨を掴めたに過ぎないと思うのは、こうした事実を知ればこそだ。

 誰も正しい行動は取っていなかった。後の混乱も呆れる程だった。本当に偶然に最高の結果が転がり込んで来ただけで、これは誰の手柄でも無い。況してや陰陽師の手柄などでは決して無いと私は考えている』

『では、当時の映像です。

 良く言えば革命、悪く言えばテロに走った陰陽師達が力を失い倒れた後、日本には誰も止められない粛清の嵐が吹き荒れました。

 国会議員の定員割れによる再選挙という異例の事態が毎年の様に実施され、その度に病床に倒れる議員が続出したのです。

 それだけでは有りません。国会議員と癒着した省庁、検察、企業にも累は及び、数多くの逮捕者が出る事となりました』

『ああ、当時の事は私も良く憶えていますよ。

 どうしようも無い状況が連日インターネットでは発信されているのに、テレビは何も報道せず、漸く成人して選挙に投票へ行く事が出来る年にあの出来事が起こりまたから。脳味噌を振り絞ってこの人ならと投票しても、ばたばたと入院していきましたから、私達はどれだけ口車に乗せられていたのかと、随分鍛えられましたねぇ。

 だからと言って、政治に失望したなんて嘯いて、投票しないでいる訳にも行かない。選挙の時期になる度に体調を崩していた人達のその原因が、投票に行かない事に有ったと分かった時の騒ぎと言えば、それはもう今でも鮮やかに思い出せますね』

『強制的に膿が出尽くされ、前を向かざるを得なくなってからの日本の成長は、高度成長期の再来を思わせる勢いとなっています。学校でも必ず出て来るこの辺りのグラフを見ると、色々な思惑が渦巻いていたとしても、どうしても私達の世代は陰陽術は正しかったと思ってしまうのです』

『それに言える言葉は私には無い。

 しかし、結局の所、陰陽術は使い様だ。誰がどの様な思惑で陰陽術を用いたのかは別として、千年近くもの虚無の時間を、唯、愚直に陰陽術を伝えてきたその事には、確かな価値が有ったのだと、私もそう理解しよう』


 出演者が頭を下げ合い、一旦CMに入る。

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