ゴブリン☆チャンネル

みれにあむ

プロローグ 迷宮探索者の夜明け

(1)プロローグ ~転生長老仙ゴブリン~

 長い夢を見ている様な気分だった。

 長い長い夢の中で、ろくに頭も働かない儘に、洞窟の中を彷徨っていた。


 辺りは洞窟の中にも拘わらず、仄明るい。

 しかし見渡しても何処にも光源は無い。

 にも拘わらず、遠くを眺めればそこは暗くて見通しが利かない。

 なのに近付けばやはり仄明るい。


 洞窟の中で出会うのは、その多くが二足歩行の――妖精だ。……多分。

 逆三角の頭に尖った耳。

 瞳孔は縦に長く、鷲鼻、皺の在る顔、口元には牙。

 頭に対して胴体は短く、その分、節ばった手足は長めだ。

 泥に塗れて黄土色の肌に見えるが、恐らく洗えば緑色をしている筈だ。


 何故なら、夢の中では俺も同じ生き物だから。

 ……まぁ、生き物で妖精とは言ってみたが、恐らくこの体は矮躯で、名前が付けられているとするならゴブリンに違い無い。

 俺は、自分がゴブリンである事に何の疑問も抱かず、夢の中の日々を過ごしていた。


 どうやら、ゴブリン達にも性格が有るのか、一日のルーチンは個体毎にそれぞれ違う。

 俺はこの夢を見ている意識も影響しているのか、恐らくはどのゴブリンよりも慎重で、ゴブリン相手にすら警戒し、辺りに何の気配も無い場所を探し出して漸く自由を謳歌する、そんなゴブリンだった。

 他のゴブリンはと言えば、陽気で、考え無しで、極ポジティブで、笑い上戸で、それらが極まった結果としての馬鹿だった。


 物語に良く出て来る様な、邪悪さ故の凶暴な種族とはちょっと違って、何も考えていないが故に獲物だやっほーと襲い掛かったりをしてしまいそうな生き物だ。

 夢の中とは雖も、俺はそんな生き物とは行動を共にしたくは無くて、結論として俺は孤高のぼっちゴブリンを貫いていた。


 そう、延々と。延々と。


 ゴブリンは、微睡む事は有っても、恐らく本当に眠ってしまう事は無い。

 誰も居ない洞窟の奥でぼ~っと過ごした俺は、例えば足音や、騒ぐ声といった何かを切っ掛けとして腰を上げる。

 そして自分の気配を殺しながら、気配を感じない洞窟の分岐へと足を向ける。


 ゴブリンは、何かを食べる事は有っても、実は何も食べなくても問題無い。

 他のゴブリン達は、やはりどこからともなく湧いて出て来る虫や何かを、時折口へと運んでいる。しかし腹が減っての行為には見えない。

 まぁ、俺ゴブリンは、中の俺が居る所為か、虫に手を出す事は無い。

 その替わりに、何かの草の実がなっていれば、試しに少し摘まんでいた。

 先ず肌に汁を擦り付け、舌先でちょっと汁を舐めて、身体に異常が無いのを確かめてからだが。


 ゴブリンは――少なくとも此処のゴブリンは、繁殖をしない。

 気が付けばしている。

 俺自身を省みても、特に性欲を感じたりはしない。食欲や睡眠欲は微かに感じるのと較べても、生き物に有るまじき希薄さで何も感じ無い。


 つまり、やはりこのゴブリンは、妖精タイプのゴブリンなのだろう。

 延々と彷徨い、行ける範囲の全てを踏破し、恐らく年単位で日々が過ぎても変わらず夢は続いていた。

 夢の中の俺ゴブリンは、全ての道を何度も辿って、夢の中の茫洋とした意識にも拘わらず、頭の中に洞窟の地図を作り上げる。

 何処にも出口の無い閉じた空洞。

 それが洞窟の正体――とは言いきれないと、夢の中で俺は考えたのだろう。

 まず、天井に抜け穴は無いかと虱潰しに調べたら、実際に幾つかの穴が見付かった。

 光源が不明な仄明かりで辺りの様子が見れる反面、岩場に影も出来ているが、それが本当に影かとこれも練り歩いて調べれば、其処にも幾つか抜け道が見付かった。

 最後にこんな洞窟なら、きっと隠し扉も有る筈と、微かに残るラノベ知識に倣って魔力での探知的な事が出来無いかと、魔力の有無も定かで無いのにそんな修行を始めてみたら、或る時スッと意識が浮上する感覚を覚えた。


 そう、夢の中で、これが夢と気付く時のあれだ。

 只の夢が、明晰夢へと切り替わるあの感覚だった。


 目が覚めてみても、夢の中で見た景色は夢のままで、俺はゴブリンのままだ。

 唯、ゴブリン生来の楽観がそうさせるのか、ゴブリンになった事実への絶望なども感じてはいなかった。

 ゴブリンと言っても妖精寄りで、邪悪な底辺の魔物とは違うという理解。それから、生存へのハードルがゴブリンとの響きから感じる物とは違って非常に低く、眠らず物も食べずの仙人の様な暮らしでも何の痛痒も感じない事、そして実際にゴブリンとして生きて来た時間が、俺からゴブリンに対する忌避感を消し去っていた。


 譬えるなら、ゴブリンというより、ヨーダの認識だ。


 外敵も居らず、謎多き大空洞。

 その全ての謎を解いたその時は、と思わない事は無いが、それはその時に考えれば良い事だ。


 少なくとも、俺が目を覚ましたこの一件で、どうやら魔力らしき何かは有ると明らかになった。

 退屈が訪れるのは、ずっと先の事になるだろう。


 ――そう、ずっとずっと先の事だ。

 意識が戻って、しかも魔力の存在に気が付いているなら、ラノベに限らず漫画やアニメの多くのファンタジー作品で見聞きしてきた事を一通り試すだろう。

 俺もそうした。

 呪文なんて知らないから全て無詠唱となるのは必然として、此処の魔法が想像する限りにおいて結構“何でも有り”と分かった。

 規模や威力の大小で言えば、ささやかな結果しか得られないが、それでもイメージ通りの現象が俺の意志に従って発現した。

 唯、その魔法を構成する要素においては、何らかの属性が影響していそうと俺は感じたが。


 その辺りが分かる様になるまでは、恐らく数十年単位で時は流れていたに違い無い。

 俺ゴブリンは変わらずぴんしゃんとして、若々しいゴブリンと何の遜色も無いどころか、最近は肌の青味が増して突然変異青ゴブリンな見た目だ。

 天井に空いた穴の向こうで見付けた水場で体を清潔に保っているのも、見た目の違いを与えているのだろうが、草の繊維を寄り集めて編んだチョッキベストとズボンが、種族すら変えて見せている。


 そして……俺ゴブリンはこのゴブリン集団の中で、結構な長老格としての地位を築いていた。


 と言っても、俺は今も慎重に、姿を見られない様に過ごしている。

 つまり、長老と言っても生まれた時から存在して、何処からとも無く見守っている仙人の様な存在としての長老だ。


 俺以外の馬鹿なゴブリン――俺からすれば、正直違い過ぎて、虫か何かの様にしか思えない生き物――は、俺と同じく不老の妖精の筈なのに、石ころばかり食べて死んだり、高所からの飛び降り遊びで打ち所悪く死んだり、喧嘩して噛み付かれて死んだりと、世代交代が進んでいる。

 死んだゴブリンが消え去り、替わりのゴブリンがいつの間にか発生して仲間に加わっている訳わかめな場所だから、俺も一度はファンタジーの世界に生まれ変わったその中でも、ゲームの世界に生まれ変わったとかのジャンルなのでは無いかと考えた事が有る。

 幾ら考えても無駄だから、そんな事を考え続けるのはやめたが。


 俺からすれば仲間とも思っていないゴブリン達だったが、同じ洞窟に棲む奴らが無駄に死ぬのも哀れと思い、魔法で創り出した大板に死因とその結果の死の苦しみについてを絵に描いて奴らにくれてやっている。

 壁に絵を彫っても良かったのだが、俺ゴブリンがそれだけの時間、姿を露わにしている事には忌避感が有った。

 これらの積み重ね故に、益々俺は時折現れて教えを齎す仙ゴブリンの地位を固める事になっていた。


 ゴブリン達が馬鹿な真似に走るのは、娯楽が無いからだろうとも思い、俺の魔法の鍛錬も合わせて魔法で創り出した石の首飾りや指輪やらを、至る所に埋めてみたりもしている。

 見付けた奴らはそれこそ嬉々として、他のゴブリンも集まってのお祭り騒ぎが始まる様だ。

 御蔭で細工物の腕もかなり上達した。


 そうやってまた日々を過ごす。

 魔法の属性というのは不思議な物で、物理の概念よりは四象や五行に近い何かに感じる。

 それはではなくの属性という意味で、酸素を奪ったり、煤を撒き散らしたりも、火の属性扱いになっているのを感じている。

 水や土に風も、それぞれに関係する物としての属性だ。時折重なる概念は、どちらの属性として扱うかの気の持ち様で変わって来る。

 そして土水火風だけでは無く、雷、木、光、臭、味、等々、色々な属性が存在する。


 それだけの属性という概念が有るなら、それらの属性を司る神か精霊が居ても良さそうだが、そちらへの取っ掛かりはまだ何も掴めていない。

 兎に角俺は、良く細工物に使っているからか、土の属性は一番早くに習熟した。習熟したというのは、現時点でそれ以上の発展が見込めなくなったという事だ。

 その日一日特訓をすれば、百の習熟が百一になっていたりするかも知れないが、暫くすると百に戻っている、そんな感じを受けている。

 ならば次は火、その次は風、と極めていったが、土で創れる最大の物でも精々ハンドボール程の石の玉。火はバランスボール程の大きさで十数秒。小さな灯火でも百秒に至らず。しかも、蠟燭程の熱量で、土を熔かせる程の火は小指の先程の大きさで一秒保たないと来た。


 期待するなら唯一つ。今の俺にはレベルが有って、つまり魔法の習熟にもレベルキャップが存在するという説だ。

 そんな事を言っても、ゴブリン共を殺してレベルが上がるかを検証する気にもなれず、ゴブリンと同じ様に何処からとも無く湧いて出る虫共を潰して、これを作ってみた畑に鋤き込んで、肥料として土が肥えれば良し、レベルが上がれば儲け物と、また日々を重ねていった。


 異変が起きたのは、今のレベルで行ける極みへと到った頃。


 突然空気が存在感を増し、体に掛かる重みを実感し、言うなれば、長年浸りきっていた明晰夢という夢が、突然現実に置き換わった様な異常を感じて、俺は常に無く狼狽し、洞窟の中を駆け巡った。


 洞窟の中で見付けた異状は、袋小路だった一本道の奥に見付けた黒い壁面。

 俺が創った品物の他には、この洞窟の中に一つとして見付かった試しの無い、鏡面の様な楕円の黒い平面。

 何かと便利でいつからか手にしていた杖は、その平面を通り抜けて奥へと突き抜けるが、有る筈の洞窟の壁には突き当たらない。

 恐る恐る爪の先で黒い平面を撫でようとしてみたら、俺の爪は其処を壁と見做したのかそれ以上は進まない。


 ダンジョンの入り口か、或いは次の階層への入り口。

 そうとしか思えない代物が忽然として現れていた。


 立地的には恐らく入り口。

 但し、俺の居るのがダンジョンの中だ。


 ほぼ瞬間的に俺は直感する。

 今この時点で、この場所はゴブリンのダンジョンとして、何処とも知れない場所に現れたのだと。

 それと同時に今までは夢の中の存在に近かった俺達が、確かな肉を持った物として受肉したのだと。


 これは参った。そういう設定とは思い至らなかったと自責しながらも、慌てて俺は引き返す。

 嘗て感じていたのは、相当に昔の前世で、直ぐにそれが何かと分からなかったが、この焦燥感と脱力感と渇望と……これは飢餓感というのでは無いだろうか?

 妖精だと思っていたのが受肉していない幻だったからと言うなら、今直ぐにでも何かを口に入れないと、動く事すら儘ならなくなる。


 俺は慌てながらも無駄に体力を消耗しない様に前へ進み、魔法を用いて壁を垂直に歩いて登り、天井の穴へと潜り込む。

 その奥に有るのは一大農作地と化した俺の拠点だ。

 幸いな事に、此処には他のゴブリンは湧いて来ない故に、拠点と出来た場所だ。

 の魔法をの魔法で増幅し、から創り出し育てた地球の農作物は、今やこの洞窟の全ゴブリンを養って余り有る程になっている。

 天井には陽光魔法を付与した光球が並び、瑞々しいトマトが直ぐ目の前に。


 俺は夢中でそのトマトを捥ぎ取って口へと運び、その瞬間衝撃が脳髄を突き抜けた。

 美味い!! なんて美味さだ!!

 虫肥料の消費を考えていたら、此処まで広がってしまっていた畑だったが、これまではその味気無さに見て楽しむばかりとなっていた作物の味が、歓喜となって味蕾に突き刺さる。

 無我夢中でトマト、イチゴと貪り喰い、我に返って腹に溜まるジャガイモを引き摺り出しては、造るだけ造っていた竈へ運んで土鍋で蒸かす。

 塩は土魔法の訓練の一環として創り出していた物が山と有る。

 三つばかりの蒸し芋を食い終わって、人心地付いた。


 ――いや、まだだ。

 恐らく他のゴブリン達は、この空腹感が何を意味するのかも分からずに、参っているに違い無い。

 餓死したゴブリン達が横たわるダンジョンなんて意味が分からないが、今もゴブリンが何処からとも無く発生する物なら、何れ共食いをして生き残るゴブリンが現れるのだろう。

 それは余りに無惨。


 いや、その前に虫を拾い食いして元気を取り戻すゴブリンが出始めるのだろうか?

 何れにしても、多くの犠牲が出る事は間違い無い。


 ならば導いてやるしか有るまい。

 俺がゴブリンを導く長老仙ゴブリンなのだとするならば。



 その日から、俺とゴブリン達との関わり合いは、これまでに増して増える事になった。

 奴らは多少の知恵を身に付けた。

 と言っても、虫がハムスターになったレベルだが。少なくとも食事を摂って決められたトイレを使う事を覚える程度には賢くなった。

 中には、彼らの糞や虫の食べ残しを肥料としての、畑仕事を教え込ませられる程度には賢い個体も現れ始めていた。


 妖精から受肉した俺達ゴブリンは、今や何になっているのだろう?

 考えても仕方が無い事をいつまでも考えていてもどうにもならないが、時折そんな事が頭を過ぎる。

 しかし今は、――恐らくは蓄積された虫の経験値でレベルが上がったのだろうが――再び上がる様になった各種熟練度を上げていくのが、今の俺の楽しみだ。

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