(3)プロローグ ~二十周年特別番組・後編 そして 迷宮探索者~

『さて、偶然にしても日本の危機を救った陰陽師について紹介してきましたが、その遺された文献や道具にも私達は大いに助けられています。

 番組の後半は、その数々の道具について、紹介して頂きましょう』


 CMから復帰すると、三条時兼を中央に、左右にナレーターが並び、その目の前の机には数々の古めかしい道具が並べられている。


『ええ、陰陽師が成し遂げた真っ当な成果だな。まずは表に残った陰陽師も用いていた道具類。

 式盤。簡単に言えば方位磁針だな。盤上に多くの文字が配置されているが、それが何を意味しているのかは不明に付き、占いに用いられたとされていた。

 天地盤。それと渾天儀。何れも天球の動きを示した物だ。

 だが星を見て何が分かるというのか。結局の所、表では占いの道具とされていたのだろう。

 しかし、修行を続けた陰陽師には、もう一つの道具が伝えられている。

 この小さな式盤に見える物。今では馴染みになっていて知らない人の方が少ない森羅盤だ。

 銅板や水晶の薄片を規則に従い円上に貼り付けた森羅盤は、製法も伝えられていたが、結局どう用いる道具なのかは私達の間からも失伝していた。凡ゆる機会に森羅盤は用いられるが、森羅盤を用いて場の清浄度を測り――などとしか示されていないのだから当然だ。

 陰陽頭達があれらの出来事を起こして直ちに、隠れ里に残った私達は、伝来の道具や文献を全て差し出す勢いで、当時の政府に頭を下げる事となった。

 冷静に考えれば、魑魅魍魎が地上を闊歩する時代が始まろうとしているのは明らかだった。それを見す見す見逃して、軋轢を深める訳には陰陽師として許されなかった。

 幸い陰陽頭達の所業にて私達の発言の信憑性は高まり、また陰陽頭達の御蔭にて権益ばかりに従事し群がる者達に引っ掻き回される事も無く、錆び付きも無い真新しい森羅盤が各大学の協力の下に作られ、単純にして明快な事実は明らかになった。

 森羅盤は、今では魔力と統一して呼ばれる様になった、当時の呼び名では妖力もしくは陰の気を、円上に貼り付けた素材の変色で測る計測器だった。使い方なんて示さずとも、見れば分かる明朗さだった。

 実際に、東京に出現した大穴の周りで森羅盤は強く反応し、確かな事実と裏付けられた』

『はい、これも当時の映像となります。

 初期は名前も無かったこの集まりも、日を重ねる程に激しくメンバーを入れ替えていきました』

『ええ。当初は民俗学や歴史学の学者が集まったが、必要なのは実行力な為、次第に鍛冶といった伝統工芸に、物理学者や数学者が加わった。ふ……初めは息抜きの様に参加していたが、様々な仮説が怖ろしい程に当て嵌って行くに連れて、緊迫した空気が漂う様になった。

 彼らの協力も得て明らかになったのは、陰陽術はやはり吉凶を占い行く末を見定める技術だったのが分かった。但しそれは考えられているよりも遙かに科学寄りで、四方とその中央で森羅盤の反応を確かめる事により、その偏りから怪異の存在する方角を見定め、天地盤と渾天儀を用いて正しい星の配置とのずれを観測し、また星の瞬きや色の変化から、空に立ち上る妖気による空間の歪みを見定め、それらを統合して怪異の居場所をかなり正確に見積もるという、実務一辺倒の技術だった。

 今では、森羅盤を一周回って金箔を緑に変色させる魔力濃度を1ヨームとして、現代の技術でミリヨームからキロヨームまで測れる測定器が作られ、夜空の映像とGPSを組み合わせて迷宮の場所も短時間且つ高精度で特定出来る技術が生み出されている。

 しかし、迷宮時代の初期では、この私達陰陽師に伝えられていた方法をそのまま用いて、多くの迷宮の場所が特定されてきた。

 私達の伝えてきた道具や技術が無くても、今の時代なら十年も有れば同じ事が出来ていたかも知れない。しかしその十年で多くの迷宮は溢れ、魑魅魍魎は野山に隠れ棲む事になっただろう。千年前の事例から、迷宮は溢れるものと分かっていたのだから。

 何にも代え難いスタートダッシュを決める事が出来たのは、私達が伝えてきた道具や文献も然る事ながら、私達の声掛けに集った学者達が真摯に受け止め協力して頂けた事にこそ有ると私は信じている』

『加えて言うなら、この発見を全世界に発信したその決定でしょうか。

 多くの国とはこれを機会に友好を築く事も出来ましたが、現在は怪異に沈み魔境と化してしまった国々もまた多く有ります。

 これから何百年も続くと予想される迷宮時代。

 これを乗り越えるには、人々が手に手を取り合い、協力していく事が不可欠なのでしょう』

『ここで番組からお知らせです。迷宮は今も生み出されています。

 各家庭には番組でも紹介しています、簡易の魔力測定器である新羅盤が配布されているかと思います。

 もしもこの新羅盤が反応していましたら、所定の方法に従い、自治体や役所にご連絡頂きたくよろしくお願い致します。

 迷宮発生初期の対応こそが、その後の安全を保証します。

 くれぐれも見付けた迷宮に入ってみようとはしないで下さい。迷宮は侵入者を確認して後に活性化するとも推測されており、地域を巻き込む非常に危険な行為です。

 必ず、所轄の連絡先に、連絡する様にして下さい』


 再び画面は切り替わり、陰陽術の技術が、街の安全にどう関わっているのかや、今の迷宮探索者の装備にどう活かされているかの映像が流れる。

 三条氏はこれらは研究所の成果と言いながらも、使われた技術が陰陽術を基礎にしているのに喜びを感じているのか、穏やかに解説を続けて行く。

 それらの紹介も終わりとなり、再び画面は番組当初の席に着いた並びとなった。


『ここまで、迷宮時代の始まりに、隠れ里の陰陽師がどんな役割を果たしたのか、また今もその伝えてきた知識と技術がどれだけの成果を上げてきたのかを伝えました。

 しかし、忘れてはいけません。陰陽師が伝えてきた知識は、私達にまた別の事実を教えています。

 それは、迷宮時代はいつか必ず終わりを迎え、迷宮時代に得た力、素材、技術の殆どが使い物にならなくなる時がやって来るという事です。

 今、航空機には迷宮から発見された浮遊石素材が多く使われています。この御蔭で、今の航空機は事故が起きても軟着陸が可能と成り、逆に嘗ての安全装置の多くがコストカットされているのが実情です。

 通信機器にも迷宮素材は利用され、その他様々な分野で私達の生活を豊かにしてくれています。

 しかし、迷宮時代が終わりを迎えた時、それらの全てが意味を無くします。再び日の目を見るのは、それから何百年も、或いは千年もの未来になるでしょう。

 その時を迎えた時、私達は発展した未来を、数百年もの昔に巻き戻すのでしょうか。迷宮の便利な素材に慣れたその頃の技術者に、過去の偉大な技術は果たして扱えるのでしょうか。

 科学技術だけでは有りません。呪術に護られる事に慣れた私達は、呪術が消えた後に本当に頼れるリーダーを選ぶ事が出来るのでしょうか。その時に備えて、日本を蝕む者が政治の場に立つ事の出来無い仕組みを、今の内から整えておく必要は無いのでしょうか。

 私達の判断が、今、試されています』

『三条さん、本日は本当に有り難うございました』

『いえ、こちらこそこの機会を設けて頂き、誠に感謝する』


 スタッフスクロールが流れ、スペシャル番組の再生が終わる。

 太い指が画面の操作をしようと伸びたところで、タブレットを見ていた男に声が掛かった。


「待たせた! 皆の衆~。

 結論から言うと、探索は明日の昼からだよ!」


 声を掛けられた男もそうなら、声を掛けた女も見た目は大学生くらいだ。

 そして周りに屯する更に三人の男女も。


「おう、ご苦労さん。それまでは待機か?」

「何言ってんのよ。測定機器の習熟にと予定は詰まってるし、次からは皆もミーティングに出て貰うからね!」

「うへぇ!? 報酬に釣られたのは間違ったかねぇ?」


 そんな会話をしているところに、三人目四人目の声が割り込んだ。


「そう悪い話でも無い。只で講習が受けられると思えばな。何れにしても武志が機器を触る事は無いのだから気にするだけ無駄だ」

「そうよお兄ちゃん。操作は私達に任せて、お兄ちゃんは何が出来るのかだけ聞いておいてね?」


 皮肉の次には妹からの(皮肉の)援護射撃まで受けて、男はげんなりとした表情を隠さない。


「でも、報酬が最新のカメラドローンと探索用機器類って、そういうのでも無ければ学生探索者に出番は回って来てないよね。ほんと、ラッキーだよね」


 最後のメンバーの言葉の通り、既に専業探索者として活躍しているプロとなれば、既に何台も持っていておかしくない物を報酬にされても旨味は無い。

 大学生との兼業探索者にしか旨味が無いと敬遠されるのも当然だった。


 しかし、その大学生探索者にとっては、数百万円もする最新機器が手に入るのは、喉から手が出そうに魅力的な報酬だった。

 これが現金での報酬となると、一週間の調査で数十万行けば御の字。調査結果に納得が行かないなどと下振れを引けば、十万そこそこで納得させられる事も多い。


「これだけの機材が集まれば、直ぐにでも配信出来るんだから、頑張ろう!」

「恵美ちゃんの言う通りだよ! パーティ資金で貯めようとしたらどれだけ掛かったか分からないし、買えても一般の安物になってたよね?」

「いや、今回は未知のダンジョンだろ? 発見されてから二十年も音沙汰無し。俺達がラッキーだったんじゃ無くて、他の奴らがリスクを取った可能性も高いと思えば、慎重に慎重を重ねるくらいじゃないとなぁ」

「そこは武志で安心だな。脳筋馬鹿で突き進まれても困る」

「だってお兄ちゃんだもの♪」

「慎重に頑張るぞ! おー!」

「おー!」


 彼らは大学生の探索者パーディで、迷宮庁の募集掲示板でこの依頼を見付けて、秒で応募したのが一月前の事。

 そこからの選考を経て、彼らが見事勝ち取ったのを知ったのは、凡そ一週間前である。


 応募を即決したのは事務方というか裏方担当の大鳥居京子おおとりいきょうこ。明峰大学迷宮科の三年生。とても明るい性格で、人当たりも良いにも拘わらず、もてないと良く嘆いているのを見ると何か理由が有りそうだ。

 京子に対応していた男は、茅葺武志かやぶきたけし。同じく明峰大学迷宮科の三年生。見た目のがたいの良さそのままの物理ファイターで、面倒見の良い兄貴分。

 武志の妹が茅葺恵美かやぶきめぐみ。明峰大学迷宮科の一年生。兄に似ず小柄で、術師の素質を持っていた。兄に色々と苦労性させられては来たが、一番信頼しているのもその兄というお兄ちゃんっ子。

 鈴木大臣すずきだいじん。明峰大学迷宮科の二年生。或る意味キラキラネームの影響か、皮肉屋で世の中を斜に構えて見る様になってしまった。パーティの中での位置付けは細身の斥候。

 那須陽一なすよういち明峰大学迷宮科の二年生。同じくキラキラネームと言われそうだが、逆にその名前から弓を手に取った後衛志望。おっとりしていても芯は通っていて、言いたい事ははっきりと口にする。


 つまり、全員が同じ明峰大学の迷宮科の仲間だ。

 しかし、その出会いは大学の中では無く、茅葺兄妹以外は公開されている迷宮での遭遇だった。

 明峰大学自体が迷宮が生まれてから出来た大学故に、近場の迷宮ならそんな事も有るのだろう。他にも同じ様なパーティが何組も居る中でも、安定していると噂が立つ程には頑張っているのが彼らのパーティだった。


「それで武志は何を見ていたの? ――って、また陰陽師スペシャルじゃない」

「おう、最近の特番の中では色々と考えさせられるわ。言っても俺がどうこう出来るもんでも無いが」

「あー、数百年後には無意味になるって奴ね? うちらの世代は安泰でしょ?」

「いや、そうでは無くてな、俺らは逆に魔力無しでの技術を伝えていかなければならないんじゃないのか?」

「おー! お兄ちゃんが何か賢そうな事を言ってる!」

「ふ、言わんとする事は分からないでも無いが、それは迷宮科に入らなかった奴らの仕事だな。馬鹿の考えをしているくらいなら、ダンジョンでの戦略を練って貰った方がまだましだ」

「あの特番かー。番組では出て来なかったけど、僕は魔力濃度の単位が、怪異の現れるところには妖霧が立ち籠めるっていうので、ヨームに決めたって言うのが洒落てて好きかなぁ」

「私はが出て来なかったのが不思議だったけどね!」


 恵美に言われてメンバー達が目を向けた窓の外には、日本の全てのダンジョンに備えられた防御機構が見えている。

 それは、半径百メートルの円状に、更に百メートルの深さで刳り貫かれた壕だ。その真ん中に立った柱が地上の高さまで伸びていて、その先にダンジョンの入り口がちょこんと乗っている。

 壕の下は剣山の様な槍衾だ。

 空には鉄線が張り巡らされ、どれかが切られたなら自動で、或いは手動でいつでも高圧電流が流れる様になっている。

 ダンジョンに入ろうとするなら、壕の縁からダンジョンの入り口に向かって斜めに張られた綱を滑り降りて行くしか無い。

 ダンジョンから出る場合も、同じくダンジョンの入り口から壕の壁面に向かって斜めに張られた綱を滑り降りて行く。


 ダンジョンの物資を回収するならダンジョンに入らざるを得ないが、田舎や或いは人里離れた場所に発生した迷宮で有っても、この機構の御蔭で誰もが安心して暮らせる世の中が保てている。

 産物が渋いダンジョンは、寧ろ継続して溢れさせて、壕底の槍衾の強化に利用しているという噂も聞いた。


「……まぁ、確かにそんなのは偉いさんも重々承知で、残せる技術はしっかり千年保つ方法で保存なりしてるか。

 じゃあよ、どうせ報酬は確定していて、配信に使うのも決まってんだから、今回の調査から配信してもいいか聞いてみようぜ? 実際俺らが使う時の心配も減るし、未知のダンジョンの調査なんだから同接だって稼げる。それだけの目で映像を確認して貰えば、俺らや学者さん達では気付けない何かにも気付けるかも知れんだろ。俺達も登録数を稼げてスタートダッシュが切れるから、万歳万歳ってもんだ」

「ほう……武志にしてはいい事を言う。元々最新機器を報酬と言っても、奴らにとってはモニタのつもりだろうから、断られる事は無いだろう。――にしても、万歳万歳は無いな。ウィンウィンと言え」

「おお! それは名案だね! 直ぐに訊いてきてみるよ!」


 言って、京子がダッシュで再び駆けていく。


 この時代、そうした国からの依頼で動きそうな自衛隊は、その役目を完全に人を相手にしたものと限定し、迷宮探索者との棲み分けが出来ていた。

 当初は国民の安全を護るのは自衛隊を置いて他に居ないと声高に訴える者も居たが、防衛機構が完成し、迷宮の探索が物資の調達との側面が大きくなると、それらの声も次第に廃れていった。

 その裏には既得権益化を目論んだ何者かが居たのかも知れないが、今の時代、誰ももうそんな事は気にしない。表舞台から去った者が居たならば、それはもうそういう事なのだと達観している。


 そして始まるのは大迷宮時代。

 一般の者の中からも素質の有る者はどんどん迷宮探索者を目指し、未知の世界から未知の物資を回収し、世の中が大きくうねり出す。

 そんな時代が始まっていたのである。

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