元の道 「合宿」
「全員集まったかー」
早朝5時半。
静かな夏の朝に顧問の声がバスのエンジン音とともに響く。
「えっ和合宿くるの」
宗介は驚いた様子で言った。
「お盆前、行けないって」
「行けることになった。説得した」
和はすぐそう答えた。
「おまえの母ちゃんもわかってくれたんよ」
部員の松平がそう言って和の肩に乗っかった。
横にいた賢は和の顔をじっと見る。
普段通りの穏やかな顔。
嘘をつくのが慣れている顔だった。
「次のサービスエリアでトイレ休憩するからなー」
バスは隣の県に向かって走っていた。
周りの部員は朝早かったからかみんな寝ている。
「和」
そう囁いたのは隣に座っている宗介だった。
「和って駅の近くのアパートに住んでる?」
和の背筋は凍った。
「なんで?」
「あーっと実はこの前ちょろっと見かけて」
和は宗介の顔をよく見た。
「あそこはおばあちゃんちだね」
和はさっと答えた。
「今日から2泊3日の合宿があるわけだが、心構えとして━━━」
テニス部は合宿で泊まる宿泊先に到着した。
昔ながらの丘の上にある旅館で、周りには竹が生い茂っていた。
大部屋に部員12人が荷物を置いた。
大量の敷布団が整頓されていて、襖からは朝日が差し込んできていた。
「夜はトランプにスマブラに、あとは恋バナやな」
松平が部屋を見渡しながら言った。
「スイッチ持ってきてんの」
松平の背筋が凍る。
「━━━━バレないようにね」
賢はそう言った後、部員を外に集合させた。
「賢ちゃんまじめやからチクられるか思った」
松平は胸を撫で下ろす。
「賢も部長っぽくなってきたね」
宗介がそう言って松平の方を見る。
「俺がチクってやろうか」
宗介が松平をびびらせる。
「ホンマ勘弁」
その後、午前中は宿周辺の薮の中を走らされた。
顧問が言うには、毎年の伝統らしい。
「きっつ」
「はよ打たせてくれーー」
そう文句を言いながらみんな走り続ける。
彼らの町より幾分涼しいところだが、暑いものは暑い。
1時間後、テニス部は宿の前に戻ってきた。
「いやほんまにキツ過ぎ体罰とちゃうの」
松平が大きな声で文句を垂れる。
松平は後ろに顧問がいることに気が付いていなかった。
「旅館の人が用意してくださったきゅうりで水分補給させてもらえ」
顧問は松平の坊主頭に手を乗せながら指示をした。
「ありがとうございます!」
「頂きます!」
部員たちは旅館のおばあちゃんにお辞儀をしてきゅうりを手に取った。
「今年もよう来たわ。去年の子らはハンサムで頼りがいかありそうな男やったな。今年もみんな元気で━━━」
「このばあちゃんの長話も伝統らしいよ」
部員たちは新鮮で瑞々しいきゅうりにかぶりつきながらそう話した。
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