第2話
まだ日も暮れないうちに、部屋の扉が開いた。祝宴は夜からと聞いていたので、ベッドの上に寝そべったままだった。失礼いたします、という声とともに、三人の女たちが連なって部屋に入って来た。俺は少しだけ身を起こして、彼女たちを見た。初めに入って来た女は四、五十ぐらいだろうか、白髪交じりの髪をひっつめて、見るからに厳格そうな雰囲気。続く二人の女たちは、どちらも頭を白い布で覆っている。ひっつめの女よりは幾分か若いように見えた。三人とも黒く長いスカートを履いていて、祝宴ではなく葬式でもあがるのだろうか。
「殿下、お召し替えの時間です」
確かに俺の服は汚れていて、この城や豪華な祭典にはそぐわないのだろう。今まで気にしたこともなかったが……ここでの生活は、どうやら見た目に気を遣わねばならないようだった。
「その前に、まずお体の汚れを落としていただかなければ」
ひっつめ女は、書棚の隣にある壁に手を当てた。すると、その壁が徐に動いたのだ。驚いて、完全に身を起こした。部屋の中はくまなく見て回ったはずなのに、こんなところにも仕掛けがあったとは。
俺が呆然としていると、女は少しだけ笑みを浮かべた。
「分からないことがおありでしたら、わたくし……メイド長のエルバに申しつけくださいませ」
エルバは隠し扉を抑えて、さあこちらへと言った。その部屋はまっしろな石でできていて、入るとひんやりと冷たかった。部屋の真ん中には中がくりぬかれた白い物体が置いてある。
他の二人の女が、重そうな桶をそれぞれ両手に持って部屋に入って来た。中には湯気の立った湯が入っているらしい。それを例の物体の中に入れ始めた。
「お着物を脱いでください」
俺は耳を疑った。なんだって? 俺は三人も女がいる前で服を脱がなけりゃならないのか? 冗談じゃない。エルバを見ると、早くしろと言わんばかりに右手で俺を指し示した。
「新しいお召し物はこちらで用意してございます」
物体にはどんどん湯がたまっていく。俺は初めてここにきたことを後悔した。泳げないのだ。小さいころ池で溺れて以来、俺は泳ぐことに関してはてんで駄目だった。あらゆることに無関心で、自分の人生の行き先ですらどうなっても構わないと思っている俺だが、泳ぎだけは、金輪際関わりたくない。
「……だめだ、泳げないんだ」
ついそうこぼしてしまった。ふたりの女は一瞬顔を見合わせて笑ったように見えた。いや、今そんなことはどうだっていいのだ。早くここから逃れる方法を探さないと。
「あんたたち、出てってくれないか。人が見てるとこで裸になんてなれるかよ」
「おやおや、まあ……殿下、これはほんのちょっとした試練でございますよ」
エルバは強引に服を脱がせてくるつもりだ。ひとまずここは逃げるしかない。隙をついて部屋を飛び出そうとした。向こうは三人がかりとはいえ、男の俺に勝てるわけがないんだ。
というのは全くの誤算だった。置いてあった桶に見事に足を取られ、見るも無様に転んだ。畜生、また後ろで二人が笑うのが分かった。
「殿下、お湯につかれば痛みも取れましょう」
なすがままの家畜のように、俺は服を脱がされ、熱い湯の中に入れられた。俺はとんでもないところに来てしまったようだ……。
鳶色の瞳の少年は、自分の身体より一回り大きな武具に身を包んで、その大きな瞳を零さんばかりに見開いて憧れのひとを見つめている。蝋燭の光がチラチラと揺れる堅牢な石造りの部屋、その一番奥の一段高くなったところに、そのひとはいた。誰もがそのひとを見つめている。
「みなも周知の通り、今晩は外国から多くの客人が集まる。中にはよからぬ思いを持つ者もいるだろう。お前たちがこれから臨むのは、未来の皇帝陛下を内外に知らしめる重要な祝宴。その成功は帝国の威信にかかわる。そのことを忘れるな」
ああ、なんて威風堂々としたその姿! 重々しく威厳のある言葉! 少年は胸が高鳴って、今すぐ走り回りたいのをじっとこらえるのに精いっぱいだった。
「そして今日は、新兵にとって初めての任務となる。貴君らの活躍を、このムラーファ・ザイツ、そしてここに集うすべての兵士たち一同期待する」
一分の乱れもなく隊列を組んで並んでいた兵士たちは、軍隊長の言葉に応じて持っていた剣を地面に打ち付けた。鈍い鉄の音がずん、と胸の中に共鳴する。やっとここまで来たんだ。少年は、まだ己の試練は始まったばかりだというのに涙が込み上げてきた。これから新しい人生が始まる。俺は国を護るんだ。この国の皇帝、そして皇太子殿下をお守りするんだ。聞くところによると、殿下は俺と同じぐらいの年で、しかも平民として育ったそうじゃないか。陛下の遠縁にあたる者だが、この年まで気づかれずにひっそりと貧民街に暮らしていたらしい。陛下には男子が生まれず、お世継ぎに困っていた。そこで白羽の矢がたったのが今日の主役というわけだ。彼には幸運があった。俺は残念ながら、幸運の女神に気に入られるタイプじゃない。だが、自分の手でつかみ取って見せるさ。俺はいつか、上に上り詰めてやるんだ。
「よう、あんた外部兵だろ?」
一人で熱くなっていると、隣の新兵に声をかけられた。俺たちは後ろの方にいるので、ばれないと思ったのだろうか。
「そうだけど、今は黙ってろよ」
先ほどザイツ隊長がいた壇上では、祝宴での配置や敵襲に備えた経路についての説明がなされていた。
「知ってることの繰り返しだろ。あ、外部のやつは知らなかった?」
しつこいやつだ。どうやらこいつは内部兵らしい。この国では軍隊が大きな力を持っている。より優秀な軍人を育てるために、幼少のころに才能を見込まれたものは帝国側から引き抜かれ、専門の教育を受けることができる。といっても、それをできるのはよっぽど才能があるやつか、家が金持ちのやつらだけだ。こいつは後者だろう。
「うるさいな」
「お前、俺が誰か分かってんだろうな? エスドルド・トリチェッリって聞いたことあるかい?」
いちいち鼻につくやつだ。知らない奴がいるもんか。彼は初めから目立っている。その美しい金の髪や青い目もさることながら、外部兵のなかでは彼のうわさで持ちきりだったのだ。内部兵にあのトリチェッリ家のご子息がいるらしい。この国の名士と呼ばれる一族だった。医者、銀行家、法律家。どの界隈に言ってもやつの家の名は知れ渡っている。
「じゃあ俺の名前は知ってるか?」
そう聞き返すと、やつは周りのやつに目くばせして意地悪そうに笑った。名乗っていただいたからには、こちらも名乗らねばなるまい。俺の家はたいして上等な階級でもなく、平々凡々な鍛冶屋の息子だ。軍隊に入れたのだって、ほとんど奇跡といっていい。だが、これぐらいの礼儀は心得ているつもりだ。
「トニカ・クリコフ。代々鍛冶屋をやってる。これからはお前と同じく新米兵士だ」
にっと笑うと、目をそらしやがった。どんな教育を受けたか知らないが、あまり礼儀のなったやつとはいえないな。
「以上だ。己の務めをしっかり果たすように」
とにかく、今日から新しい人生が始まる。こんなやつは放っておいて、俺は俺のすべきことに集中しよう。
リシェは厨房のなかを踊るように駆け回っていた。夕食の時間帯はいつも大忙しだが、今晩のそれは普段の比ではない。なにせ客人が三百人も来るというのだから、本当に猫の手も借りたい状況だ。戸棚の奥にしまわれている祭典用の大皿や銀食器、燭台にグラスにナプキンに、ものを揃えるだけでも大仕事だ。そのうえでそれぞれのお客の好みに合わせた前菜や、美しく盛り合わせた魚料理、肉料理、前日の夜から仕込んであるスープに、今朝運ばれてきたフルーツを細かく装飾したデザートをいつ出してもいいようにしておかねばならない。
忙しいほうが面倒事が起きないので、むしろリシェにとってありがたかった。女の世界はまどろっこしくてくだらないことばかりが起こる。嫌味をいってくる同僚やお局女も、今日は忙しいのでこちらに構っている暇はないようだった。
「パイがまだ足りないわ。それからスープもあたためなおさないと」
てきぱきと指示を出しながら、厨房の外側で待つ給仕係に発泡酒をのせた盆を渡していく。本当は彼女も給仕に回りたかったが、この忙しい時にわがままは言っていられない。新人に厨房の指示を出すより、勝手を良く知っている自分がそちらに回った方が効率が良い。
と頭では理解しているものの、やはり給仕の方が目立つし花形の仕事であることに間違いない。給仕係は今日のために新しいスカートをおろし、頭の白い布もレースやリボンのついた来客用のものに揃えるのだ。もしかしたら新しい「素敵な出会い」だってあるかもしれないのに。リシェはその瞬間に備えて、いつも身なりに気を遣っていた。粗末な服を着ていれば、掴めた運も逃してしまう。「占い女」の娘であった自分がここまで上り詰めたのは、若さと美しさがあったから。彼女は自分が女であることを大いに理解し利用してきた。
「リシェ! 代わりに出てくれ。これを陛下のテーブルまで頼んだよ」
彼女の顔に一気に笑みが広がった。やった、チャンスが向こうから飛び込んでくるなんて! 陛下のテーブルには新しい皇太子さまもいる。彼に顔を売っておかなきゃ。急いで乱れた髪と服を整え、シカ肉のワイン煮込みを受け取る。これは陛下のお気に入りの料理だ。
「はい、よろこんでおばさま!」
憎たらしいお局の顔が、今日は光り輝いて見える。これで普段の行いを帳消しにしてやってもいいかしら。……いいえ、それはそれ、これはこれ。
「おばさまだって?」
何か言われた気もしたが、今は忙しい。女の戦争は祝宴のあとでも遅くはない。
うんざりした気持ちで、目の前で恭しく頭を下げる人々の列を数えた。いつになったら終わるんだ!
「皇太子殿下にいたっては、今朝ご到着されたようで……さぞお疲れのことでしょうね」
ああ疲れてるからとっとと消えてくれ、とは言えず。何もお話になってはなりませんよ、ただ微笑んで少し頭を下げればよいのです、というエルバの言葉に従うしかない。
「ザンドラ侯爵ならびに侯爵夫人、ならびにそのご息女の……」
俺の隣にたつ男が、長々と説明しているが俺にはさっぱりだ。古代文字を読み上げられているとしか思えない。これをあといくつ繰り返せばいいのか、列を目で追って気絶しそうになる。それにこの服、なんて息がしにくいんだ。びっちりと体にまとわりついて歩くのにも一苦労。大体、あごのすぐ下までこんなびらびらした布を張り付ける意味がわからない。おかげで下を向けないので、頭をまっすぐにしか保てない。
着替えですら人に手伝ってもらうなんて馬鹿げていると思ったが、なるほどこれは人の手が無ければ着脱すらまともにできない。皇太子ってのもなかなか辛い仕事だ。
「今まで大変な暮らしをなさっていたとか……陛下と血縁のあるお方がなんとまあ……」
指にも首にも腕にも、あらゆるところに宝石を付けまくった老女がさめざめと泣くので、列の流れが止まってしまった。
「俺は大丈夫なので、さあこちらへ」
だんだん腹がたって、エルバの言いつけを破ってついそう言ってしまった。
「なんと気丈なお方なんでしょう」
まあ、悪いようには捉えられなかったようだ。
父親の方はというと、すでに酒が入っているようで、大きな笑い声をあげている。周りはたくさんの着飾った人々。初めて会った時は父親が立っていたまさにその場所に俺が立ち、延々とつまらん儀式をしているというのに呑気なものだ。
この鏡張りの部屋は、人がはいるとなお一層その絢爛さが引き立つ。人々の衣服に縫い付けられた金糸や宝石が反射して、星々のように煌めいた。父親とムラーファの三人だけの時に感じた覆いかぶさるような孤独感はなくて、今はただその人の多さに疲労と苛立ちが募っていく。
だんだん列が減ってきて、その代わり部屋に並べられた長机の席が埋まっていく。すでに料理は用意されているようだった。俺が主役なら、俺から座らせてくれればいいのに。
最後の一人は、俺と同じぐらいの年の女だった。彼女もまた着飾って俺に深々と礼をしたが、何も言わなかった。これでやっと座ることができるんだな。俺の席のとなりには、エルバが立っていた。
「私の言うとおりに食事をなさいませ」
ここでも俺の自由はないらしい。
「まず外側のフォークをとって……」
先に座っていた人たちはみんな俺を見つめている。着替えと言い食事と言い、俺は監視されるいわれはないはずだが。
「よいですか、音を立ててはなりませんよ」
なんだって注文が多いな。これが俺の初仕事か。皇帝の息子と言ったら、もっと華々しい、それこそ剣を腰につけて勇ましく馬に乗って行進でもするのかと思っていたが、それに比べればお遊戯のようなものだ。
しかしこいつは使いにくい。手になじんだいつもの木彫りの器や食器類が今は懐かしく思えた。うっかり手を滑らせぬよう力が入る。俺の親父が、気まぐれでナイフの使い方を教えてきやがったことがあったが、今になって役に立つとは思わなかった。といっても贅沢な銀食器なんてあるはずもなく、ただ棒切れを見立てていただけだった。
この部屋に夜は訪れないのだろう。昼間と同じように明るい光の中で、ナイフの刃に映った俺の顔がまるで別人に見えた。何やってるんだ、俺は。あの薄暗くて汚くてじめじめした部屋の中で、父親が母親を叱る声を聞きながら、味のしない薄い水のようなスープを少しでも長く味わおうと苦心していたあの日々がまるで存在しない記憶であるかのように、俺の眼前にはこの世の贅を尽くした品々が並び、そしてそれを享受する側の人間たちが、俺の最初の一口を固唾をのんで見守っている。今すぐにでもこんなものを投げ出して、暴れてやったっていいんだ。こんなのおかしい。騙されている。俺の人生にあっていいはずがない、こんなことが。気色が悪い、都合の良い夢が、ついに現実になりかわったとき、人は恐ろしさすら感じて逃げ場を失った獲物のような気持になるのだ。
「さあ、はやく」
エルバが短く、小さな声で俺に告げた。そうだな、この一口を食べさえすれば、俺の偉大なる一歩は始まるってわけだ。隣に座る父親はまっすぐに目線を向けている。その目線の先にはさっき挨拶したきらびやかな人々の列。そして俺が食べるべき鮮やかな赤い果実。真っ白い皿がその鮮烈さを引き立てている。馬鹿みたいに大きな皿に乗った、小さな赤い果実。ナイフを刺すと、血のように赤い汁が飛び散った。エルバは何も言わないので、そのまま切り取ってフォークを突き立てる。俺は名前すら知らないこれを食べさえすればいい。簡単だ。
「ああ、待ちくたびれた。皆の者、乾杯!」
口に含んだ瞬間、静寂を破る声。父親がグラスを掲げ、高らかにそう宣言した。広間に音が満ちる。エルバがそっと皿をさげた。まだ残っていたのに。酸っぱいばかりであまりうまくはなかったが、あれをどうするのだろう。馬にでもやってしまうのだろうか。
「口直しだ、あいつはまだ熟れる前だから子供には向いていないだろう」
からかっているのか気を遣っているのか、父親はにいっと笑って目の前に置かれた料理をさし示した。
「我が一族に代々伝わるとされる、『洗礼の果実』だ。本当ならあれを赤ん坊のうちに食わなきゃならん」
なるほど、晴れて一族の仲間入りというわけだ。だからあんなに仰々しい雰囲気が漂っていたのか。
「そしてこいつは私の大好物、安心しろ、辛くも酸っぱくもない、きわめて万人向けだ」
近くの人たちが笑い出した。なんてことでしょう、わたくしも大好物ですわ。歴代の皇帝に愛されたまさにあなたがたのための御料理でございますね。そう口々に言うものだから、味を確かめようにもなんとなく憚られて、かといって下手に発言することもできず、ひたすら居心地の悪さを感じた。
こんなにも味のよさそうなスープは始めて見た。底が透けて見えない。置いて来た親父もお袋も、これを食わずに死んでいくんだな。
「お待ちください! 食べてはなりません」
先ほど料理を運んできた若い女が、血相を変えて会話を遮った。
「一体何事かね」
「恐れながら陛下、何かしらの毒が入れられたのです」
その女は美しい顔をしていたが、顔色が悪く脂汗をびっしりとかいている。
「皆、食事をやめよ!」
皇帝の力強い一言で、場が静まり返った。静寂が耳を支配するような感覚。
「まだ後ろまで皿は回ってはおらんだろう、口をつけた者は?」
また静寂。スープを給仕していた女たちが、不安そうに目くばせしている以外、まったく動きがなかった。
「陛下、『笑い薬』でございます」
別の、こんどは年老いた女が、若い女を押しのけるようにして述べた。
「ほう、少なくとも命に関わるものではないのだな」
すると身をかがめて、耳元にこう囁いた。
「はい、ですが御身の安全を第一に考えられた方がよろしいかと。皇太子殿下にも万一の事があっては……」
若い女は、目を見開いてぶるぶると震えている。目が合うと、恐怖を目の当たりにしたかのように目をそらされてしまった。しかし振り乱した姿の中にも、異国風の不思議な美しさが漂っているのが分かる。このひとは一体誰なんだ?
「よろしい、分かった」
年寄り女は頷くと、若い女の腕をぎゅっとつかんで去った。
「ここに集う客人を笑わせようという粋な者が、どうやら行き過ぎたいたずらを試みたようだ。我々は舞踏でそれに応じようではないか」
今度は張り詰めた空気が一気にほどけて、また賑やかな笑い声が聞こえてきた。皆が立ち上がって、奥の方へ移動し始める。俺はおかしくて今度こそ本当に笑いそうだ。そうか、俺はいつ死んでもおかしくない。今までは親父にぶん殴られたり、満足に飯が食えなかったり、そういうことを気にかけてさえいればよかった。ただ今度ばかりは、どんなに心配しても気を付けても防ぎようがない。そんな馬鹿な話があるか? これほどまでに贅沢な暮らしをしていても、死ぬことからは逃れられない。世の中そうそううまい話はないのだ。一歩先は地獄かもしれねえんだ。そうと知ってか知らぬかぺちゃくちゃやってる連中も正気じゃない。もっと狂ってんのは皇帝陛下さまだ。それとももうこんな暮らしにはなれちまったっていうのか。
「帰りたくなったか」
また何も言えなかった。だがここで帰ると言ってどうなるというのだ。先ほど洗礼の果実だかなんだかを食っちまったんだ。もう結構なので帰ります、そんな幼稚な我儘が許されないことぐらい分かっている。俺はただ首を横に振るしかなかった。いいさ、良くはないが悪くもない。結局どこにいってもクソなら、ましなクソを選ぶだけだ。
「多少の厄介ごとに目をつぶれば、良いところだぞ」
どっしりと椅子に座る姿は、俺の親父とは全く違った。あいつはちんけな男だ。いつも世界に怯えていて、自分より弱い俺や妻に当たり散らす。俺は皇帝の息子なんだ。あの男とは違う。俺が恐怖を感じるのは、俺が弱いからじゃない。俺が強いからだ。その隣に用意された席に俺も腰を掛ける。
「よく見ておくように、いずれお前も、皇后と踊るのだから」
花のように着飾った人々が組になって回る。俺はそれを見ていればいい。俺は何もせず、享受するだけでいい。奪われてばかりの人生は遠い過去の話だった。
赤き道 魚木まる @uoki_maru55
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