第2話   ガ島一斉砲撃開始

 米艦隊の脅威のなくなった海を堂々と前進するわが艦隊は、右へ回頭しガ島正面へ向き直りつつ航行する。

 ――本格射撃ではないが、準備射撃というか肩慣らしのように、悠々と射撃をしつつ様々な調整を行った。ちょっとした日本からの手土産である。

 陸軍の情報から考えての敵陣地のあるらしき地点を割り出し射撃しつつ前進する。


 射程距離の短い駆逐艦から先頭に配列し軽巡、重巡、戦艦と戦列を布いた。

 二二〇〇 山本〈謙信〉は静かに厳かに指令を発した。

 ――全軍砲撃開始。敵を破砕せよ!――

 同時に海軍陸戦隊一〇〇〇〇、陸軍三八師団の将兵三〇〇〇〇が、それぞれ上陸用舟艇〈大発〉に乗り込み、粛々〈しゅくしゅく〉と上陸準備をする。

 海軍陸戦隊と陸軍上陸部隊の精鋭は、暗い海の中に浮草のように展開し、上陸の時を待った。 

 山本の号令が下った!

 大和以下戦艦一二隻、重巡一六隻、軽巡一七隻、駆逐艦全砲門が、ガ島敵陣地に向け一斉砲撃を開始する。

 駆逐艦はあまりにも数が多いため、砲撃に加わったのは半数程度であり、他の艦艇は飛行場正面からずれていき、左岸方面の砂浜、またレッドビーチといわれる物資集積地方向へと向かった。両方ともに海兵隊の防御陣地があり、多くの敵兵士が守っているので、叩いておく必要はあった。

 上陸地点は丸く出っ張ったゆるい半円というか丸い三角のような形をしており、そこに全艦艇の砲門を集中し、面による制圧射撃をしたのである。

 砲撃艦隊は、まず波打ち際から順次砲撃を開始し、どん亀の行進のようにジワリジワリと内陸部へとローラーで押しつぶすように射角を広げていった。

 一斉射撃の咆哮は凄まじく――粉塵濛々〈ふんじんもうもう〉としてそのあたりは一寸先も見えなくなった。

 必死にふんばって大地にしがみついていた椰子の木たちも無情になぎ倒される。

 火薬の焼けた匂い、ヤシの木や草花、灌木、土や砂までも燃える匂いが、凄まじさを物語っていた。そのなかには人肉の燃えるような臭いまで混じっていた。


 ――上陸開始!―― ついに命令が下る。


 陸海軍混合の上陸部隊を乗せた舟艇は、一斉に波間を前進した。

 上陸軍があと少しで砂浜にたどり着く頃――一斉に砲撃が止んだ。

 砲撃がやまなければ前進できない。上陸軍が吹き飛んでしまうからだ。


 ――浜の制圧は完了――射軸を海岸の奥の方へとずらしていく。

 ドン――ドン――と試射の数を増やしつつ、轟音の弾幕が張られ、島影が一瞬見えなくなった。一斉射撃再開である。

 こちらも上陸を開始――次から次へと砂浜へと打ち上げられた大発から、褐色の猟犬どもが砂浜へと放たれ、砂塵を蹴って突っ込んでいく。


 まず先陣を切ったは海軍特別陸戦隊であった。

 彼らは陸戦隊の中でも上陸戦に゙特化され――特殊な訓練、特殊な装備をもった猛者たちである。

 彼らも上海事変で蒋介石軍に包囲され、全滅寸前まで経験した猛者たちなのである。

 ふだんは喧嘩ばかりしている両軍だが、このときばかりはお互いに、戦士として勇猛さを認めあった。上陸戦になれた陸戦隊の迅速な身のこなしに、陸軍兵は舌を巻いたのだった。


 ――謙信は砲撃とともに前進せよと下達してある。

 それは三八師団の兵士にも伝達されていた。

 最前列の陸戦隊は砲撃の様子を見ながら、横一線に戦列を作りゆっくりゆっくり前進する。

 あまりにも砲火に近づきすぎ、また後退したり、弾着が離れ気味になるを見計らって前進した。

 たまに流れ弾があって大勢の兵士が吹き飛ばされたりもしたが、それでも臆することなく前進する。

 敵のヘンダーソン飛行場は海岸から斜めに走っており、そこは占領すぐさま使用するため砲撃対象外であった。かえって飛行場を避けての砲撃は、かなりの難易度であった。

 砲撃は見やすくするため、戦艦の主砲が最後の弾着とした。しかし、遠くなるほど大口径砲しか届かなくなる。

 陸戦隊ともはや混合になった陸軍部隊とで各陣地の生き残り米兵を掃討しつつ、飛行場滑走路まで迫った。上陸してからほぼ一時間もかかっていなかった。


【滑走路突入】

 日本軍の吶喊の声が飛行場全体に響き渡った。それとともに銃剣をつけた三八式歩兵銃をかざし突撃する陸軍兵、ベルクマン短機関銃で銃弾をバラ撒きながら突進する陸戦隊、負傷したり死に損なった海兵隊兵士にとって地獄の光景が広がっていた。

 艦砲射撃はヘンダーソン飛行場に対しては一切行われなかった。未明より飛来する零戦隊が制空戦を行いながら補給に降り立ち利用するため、無傷の滑走路を確保しておきたかったのである。

 さらに、敵軍用機に関しても砲撃しないよう配慮していた。それは激戦のさなか零戦が足りなくなってきた時、それら鹵獲機を使うためである。

 だが、この状況下では敵機を撃つなというのは無理なもので、破壊されるのは仕方のないことだった。


 我が砲の凄絶な射撃により司令部、管制塔、燃料庫、弾薬庫など、ほとんどが吹き飛ばされていた。

 なかでも大和の四六センチ砲の破壊力は絶大であった。蟻地獄のような巨大な大穴は、上陸兵たちは避けるしかなく、落ちたら上ってくるのに辟易としたのである。

 かなりの砲撃であったがまだ敵の航空機は多く残っていた。まださらに調べなければ、どこになにがあるかわからない。どこに敵兵が潜んでいるかわからない。



 砲撃はすでに飛行場を過ぎて海兵隊陣地への攻撃に移っていた。

 広範囲に制圧射撃を続けているが、まずは敵の砲兵陣地を叩きたい。

 また、機関銃陣地や弾薬庫、兵舎などを攻撃し、最終的には最前線陣地の鉄条網、塹壕なども徹底的に破壊したい。

 大和の四六センチ砲は四〇キロ以上は飛ばすことが出来る。ほかの戦艦の砲でも四〇キロくらいは楽に飛ばせる。

 米軍の最前線であるアウステン山陣地まで二〇キロ程度なので楽に届くのである。

 その座標を測定し艦隊指揮所に送るのは、陸戦隊の役目である。

 陸戦隊指揮官である柿崎少佐は測定班に命じ測定を開始させた。

 ちなみに柿崎大佐とは――かつて上杉軍きっての猛将と謳〈うた〉われた柿崎景家が乗り移った少佐の姿である。

 陣地はかなり広大な範囲に点在しており、闇雲に撃っては弾丸がやがて底を尽きる。

 時には砲撃を減らし、弾着より判定――もう少し右とか、左、もう少し奥へ、下へなど、無線にて細かな指示を送る方法も取られた。

 正確な座標がわかるまで砲撃を休んでもらったり、なかなか大変な作業である。

 お互い――二〇キロも離れたところから交信しているのだから。

 この間――砲撃されている地点は攻め込むことは出来ない。

 兵士たちはしばし休憩し携行してきた野戦食を取った。戦闘行軍が開始されるのはいつかわからない。しっかり鋭気を養い次の戦闘に備える。

 戦闘を継続中の部隊もいる。喚声や銃撃の音が遠くで鳴り響く。


 『ゴゴゴゴーー』一斉落雷と大地震が同時に起きたような、恐ろしい地響きの演奏とともに、土塊・木塊・金属塊・肉塊と、ありとあらゆるものが空中に浮遊し乱舞した。

 つづけてそれより少し大人しい感じの砲弾――四〇センチ級らしい弾が地面を掘り起こした。

 これでも普通の野砲である十五センチ級のものから比べたら、その規模、破壊力ともにずば抜けている。

 これらの火砲が一ミリずつ目盛りをずらして角度を変え方向を変え、内陸部へと火柱を遠ざけていく。


「全軍突撃に~~~前へ~~!!」

 本庄連隊長が前進の命令を伝える。

 本庄はかつて猛将と畏怖された謙信の武将、本庄繁長の乗り移っている連隊長である。

 爆炎と銃砲弾の飛び交うなかを連隊の勇士たちが突っ込んでいく。

 一〇〇メートルほど確保すると威勢よく機関銃をぶっ放してくる銃座が見えた。

 部下の兵士たちがバタバタと倒れていく。

 あまりの被害の多さに本庄は――

「攻撃ヤメ~~。現在地を維持せよ」と命令し、直ぐさま砲撃要請を海軍に向かって電信した。

 陸戦隊指揮所がそれを受け――艦隊指揮所に無線を飛ばす。

《砲撃要請――〇二五三八一――九四五三一二――一〇センチから一五センチの砲でよし、一斉射――始め!》

 座標をしめし十センチあるいは十五センチの砲で一斉射と命令した。

 陸戦隊指揮所は弾着のズレを修正――

〈一五はずれーー二二へ修正求む〉 

 弾着地点を計測し、修正の値を無電する。 


 さらに戦闘は続いていく。



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