第3話 陣地砲撃戦
柿崎少佐(柿崎景家の霊が憑依した陸戦隊将校)は、嬉々とした表情で眼前の丘陵地帯を見上げていた。
我が艦隊の艦砲射撃は断続的に続いていた。恐らく陸海連携しての座標誘導によるものだった。
「さて――腹が減っては戦が出来ぬのう――。者ども――飯じゃ飯じゃ~~」
『はい――至急各隊に無電打ちます』
配属の電信兵はしゃくったように姿勢を正し、通信を行った。陸軍に比べて予算の充実していた海軍――とくに陸戦隊は通信に関しても装備が整っていた。
それにしても大口径砲の凄まじい轟音の中――さすが上杉軍のみならず関東諸侯の間にまで名前が知れ渡った剛勇の将柿崎景家――豪胆にも戦闘糧食をかっくらい始めたのだった。
それを見た陸戦隊の将兵は――舌を丸めながら――見知った者たちで笑みを交わし、自らも炊事兵より頂いた握り飯などを頬張った。
これで腹ごしらえをすれば、陸戦隊兵士も存分に戦うことが出来るだろう。
――景家は濛々〈もうもう〉と粉塵の立ち込めるアウステン山から目をそらし、左方に顔を回らした。
――山の海兵隊連中は〈やつ〉に任せ、俺はこっちいくか……――
「電信兵~~、ちょっと〈物申し〉を貸せ」と、電信兵の無線機の送信具(マイク)を引ったくった。
「おい、繁長聞こえておるか。おい、繁長……繁長」
なかなか出ないので数分間は飛行場周辺の日本軍と――ついでに米海兵隊の無線機にまで伝播したのだった。
米兵はこのガラガラ声に驚いたが日本語が解るわけもなく、さらにマイクに口を近づけすぎてガーガーとしか聞こえず、だれもまったく聞き取れなかった。
「繁長おらんのかのう……」 がっかりした景家が声を落としてボソッと言った声がようやく聞こえたのか――、
「もしかして柿崎か……柿崎がわしを呼んでおるのか――」
「おう――やっと出たか、この唐変木が。ところで俺は左の方へ出張るからな、山のほうは任せたぞ――」
繁長というのは――本庄繁長であり、これも上杉家のなかでは軍を抜いた猛将であった。なんども謙信に反旗を翻すが――上杉謙信も豪胆で心が広いのか――そのつど反逆を許し――ついには謙信に忠誠を誓ったのである。
「おう、任せておけ――繁長の恐ろしさを彼奴〈きゃっつ〉どもに思い知らせてくれるわ~~」
本庄繁長は第三八師団長佐野忠義中将に憑依しており、いわば本庄師団長である。
繁長は初めて見る師団の旗を惚れ惚れとした表情で見入っていた。
佐野の記憶を見た繁長は、なかなか激烈な戦闘に従事した強者〈つわもの〉どもであるな――と内心満悦であった。
この者らに下知し最高の戦を見せてくれようと、心の逸〈はや〉りを抑えきれなかった。
一方――大和艦橋にてつぶさに戦況を把握し、各部隊の動きを観察していた謙信は、この時代の戦の激烈極まる様に驚き、上杉の武将たちに注意喚起の通信を発した。
――柿崎・本庄、ゆめゆめ戦を侮るな!決して前線に出ず、後方にて指図せよ――
電信を受け取った電信兵は速やかに彼らに伝えた。
――伝えるはずだったが、本庄繁長の電信兵がいくら探しても、師団長の姿を見出すことは出来なかった。
繁長は軍刀を振るい――海兵隊陣地へと真っしぐらに突っ込むところであった。
その時――敵機関銃弾の斉射が彼を襲った。
あまりの繁長の勇猛さに――冷酷な近代兵器は、時間の余裕さえ与えなかった。
繁長の身体が吹っ飛び、肉片が後続の陸兵たちに散らばった。繁長の身体がゆっくりと後方へ倒れていった。
「師団長――!」 兵たちが駆け寄った時――もはやボロ雑巾のような男の肉塊が転がっているだけだった。
大和艦橋――謙信は電信を打たせた後も、悲痛な面持ちで戦場を眺めていたが――突然はっと目を見開き、繁長の気性を持ってすれば――と、唇を噛み締めて遥か前方を見つめるだけだった。
【南方方面:柿崎陸戦隊】
柿崎景家はまだ手の回っていない南方方向へ戦果を拡大させようと――艦隊へ座標を送る測定班の人員を残し、左へ進路を変え、レッドビーチの方向へ転進した。
景家は死んだ兵士の三八式歩兵銃を両手で捧げ持ちながら、あれこれと弄〈いじ〉くり回していた。
さらに銃剣なるものを銃先〈つつさき〉に差した。
「これは良いものじゃのう。長くて槍のようじゃ」
景家はこの銃がすこぶる気に入った。そして当たりもしない射撃を、手当たり敵陣方向へ撃ち込んでいた。
剛腕の彼は片手で銃を握りそのまま撃った。それを見た周囲の兵たちは肝をつぶしたのだった。
柿崎は軍を三隊に分け、一隊を山側より迂回させ、敵の側面を突くよう命令した。
すると、まもなく伝令より連絡があった。
『報告します――山側の森林奥に飛行場らしきものを発見しました。現在、突入しているところであります」
「わかった。そのまま突っ込め!と伝えろ」
これは事前情報にはないことだった。新たな飛行場が発見されたのだ。
第二飛行場と思〈おぼ〉しき滑走路に攻撃を開始した部隊は――そのまま突っ込み、駐機してあった飛行機には目もくれず、兵舎――燃料庫――弾薬庫などに突入していった。
こちらには防衛兵がおらず、丸腰の搭乗員らしき者たちが右往左往し、戦いにはならなかった。
彼らは慌てふためいて森の奥へと消えていった。
ヘンダーソン飛行場の南側の海岸沿いには、敵の物資・弾薬が集積されているはずであり、もしそれがあるなら、それを逃す手はない。
食料があれば腹をすかせたジャングルの陸軍兵たちに食べさせてやりたい。
柿崎は指揮下の兵たちに号令をかけ前進を開始した。
滑走路の山側はあらかた砲撃し終わっていたが、米海兵隊の数個連隊が散在配置されていた。
それらが向き直り陸戦隊に対して反撃し始めていた。
陸戦隊の二個連隊は激しく応戦し、ジリジリと間合いを詰め、射撃しながら突撃の時期を見極めようと前進した。
もともと海兵隊の陣地は南側に向けて構築されており、後ろから攻められたので、すべて向きを変えて機関銃・迫撃砲などを設置し直したが、間に合わなかった部隊は、日本軍の肉薄攻撃の餌食となった。
【一木ガ浜迂回上陸作戦】
砲撃と銃声・喚声の嵐の中――主力艦隊から離れ、南東方向へと向かう一群の船団があった。
数時間前――宇佐美定満は謙信より――分遣隊を率いてレッドビーチ方面にある物資集積地を奪取――その後直ちに転進北上――敵防衛陣地を攻撃圧迫せよ――との命を受けた。
宇佐美定満は奇襲部隊の司令官に憑依しており、上杉軍の中では智将として名高く、謙信の側近として仕えていた。
二個連隊を載せたその船団は、まもなく上陸を開始しようとしていた。
米軍名レッドビーチは、旭川の一木支隊が浜を朱に染めて玉砕した、言わば血染めの浜であった。
日本軍では――誰言うともなく『一木ガ浜』と呼ばれていた。
レッドビーチはここから資材・食料・武器弾薬・燃料等を揚陸し、集積場として機能しており、浜辺からヤシの木を切り倒して増営された集積場に、広大なエリアに積み上げられている。
ここを速やかに奪取し、山のように積み上げられた物資を、焼き払われる前に確保するのが作戦目的である。
集積場にはさほど守備兵はおらず、圧倒的な日本軍の出現に、散り散りになって密林の中へと消えていった。
見渡してみれば、満潮によって波に洗われないギリギリの線までビッシリと、まるで計画性のないように積み上げられているようにも見える。
宇佐美定満は転進命令を発した。
――軍はこれより北西方向に転進、敵陣地に攻撃を開始する――
各中隊長はつぎつぎに攻撃命令を発する。
「〇〇中隊――前〈まい〉へ~~」
「○○中隊――攻撃前〈まい〉へ~」
「〇〇中隊――突撃に~~前へ~~」
不思議なことに――敵陣からはほとんど撃ってこなかった。
混成第三連隊の将兵は肩透かしを食らったようで拍子抜けしたが、これ幸いにと吶喊〈とっかん〉、突撃を繰り返し、幾重にも掘られた塹壕を乗り越え乗り越え突進する。
――敵海兵隊は後ろから陸戦隊の柿崎に攻め込まれているので、回れ右して背後に攻撃方向を変換していた。
南北から攻められた海兵隊はたちまち苦戦を強いられた。
陸戦隊は北から――宇佐美の連隊は南から米軍を圧迫し、急速に勢いを消失していった。
柿崎の陸戦隊が激しく銃撃戦を繰り広げていると――にわかに米軍陣地の後方が騒がしくなってきた。
相対し撃ち合っている米兵たちにも動揺が見られ、あきらかに射撃の精彩を欠いていた。
柿崎陸戦隊司令は――これを好機ととらえ――総攻撃を決断した。
――これより総懸〈そうがか〉りに討って出る。者ども進め~~――
――突撃に~~~、前〈まい〉へ~~~――
各中隊長は号令を発し、兵士は着剣、歩兵銃をかかげ、喚声〈かんせい〉とともに餓狼のごとく突進した。
陸戦隊もそうとう撃たれ掃射に倒れたが、それでも怯むことなく突っ込み、塹壕を乗り越えては銃剣突撃を敢行した。
銃剣を繰り出しそのつど突進――あばらをへし折って刺し込み、顔を朱〈あけ〉に染めた。
徐々に抵抗は弱まり、射撃の発砲音も減っていった。
あとは味方兵士の救護をしつつ――敵兵の生死の可否を確認し、抵抗するものは撃ち殺し、抗戦意思のないものは救護班にまわした。
つぎはこの作戦域を確保整理し――ありあまる物資を管理――総司令官の指示を仰ぐのだ。
つぎはアウステン山にこもる海兵隊主力陣地への進撃である。
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