さよならジュース(2)
放課後の空気は、教室を出るとすぐに夏の匂いがした。
日陰を選んで歩いていると、購買横の自販機の前に、見慣れた背中が立っていた。
相澤 圭。
文芸部で、本と静寂を好む男子。
でも、意地悪な言葉の使い方がちょっとだけ癖になる。
「どっちが似合うと思う?」
背中に問いかけると、彼は動かなかった。
けれど、それが不機嫌じゃないことくらいは、なんとなくわかってる。
「お前が言うと、カルピスが小馬鹿に聞こえるな」
即答されたその言葉に、つい笑ってしまった。
そういうのが、嫌いじゃない。
「ひどくない? 純白の清楚ドリンクに失礼だよ」
わざとらしく胸元に手を当ててみせたら、彼は少しだけ目を逸らした。
きっと、そういうのが苦手なんだと思う。
「あと100円あれば、二人で飲めるのにね」
本気で言ったつもりはなかった。
でも、ふと口から出たその一言が、彼の眉をわずかに動かす。
「飲みたいなら、自分で買えよ」
「お金ないもん」
「ある時に言え」
「圭こそ、ある時に奢ってよ」
「その時はお前、いないだろ」
その言い方が、ほんのすこしだけ、さびしかった。
だから私は、ちょっとだけ言い返してみる。
「…へえ。じゃあ、いない間に誰かとカルピス分け合うんだ」
その瞬間、彼の目つきが少し変わった。
いつもよりほんのすこし、真っ直ぐで、迷いがない。
「お前以外で飲むくらいなら、断水してる方がマシだ」
…ふふ。
文芸部って、そういう言い回し習うの?って思ったけど、
なんだかちょっと、心臓が跳ねた。
「そっか。じゃあ、あたしの分、冷凍庫にとっといてね」
冗談まじりで100円玉を指から抜き取って、私はラムネを選んだ。
彼はカルピスだと思ったけど、今日はどうしてもこっちの気分だった。
「圭はこっち。あたしが一口もらうだけ」
コトンと音を立てて瓶を渡すと、彼は少し口を尖らせる。
「勝手に決めるなよ」
「だって、『断水』しちゃうんでしょ?」
そのまま飲んだラムネは、ちょっとぬるくて、でも思っていたより甘かった。
しゅわしゅわの泡が喉をくすぐって、なんでもない放課後が少しだけ特別になる。
圭は黙って瓶を受け取って、
なんだか、少し照れくさそうに口をつけた。
夏の始まり。
ううん――夏のちょっと手前。
この関係が、しばらく続いたらいいなって、思った。
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