第22話|推しがいなくなる日

告知ポスターから、

シンの名前が消えたのは、突然のことだった。


「ごめん、シンくん……私、どうしても守れなかった」


放課後の体育館。

陽菜の手が、ポスターをくしゃりと握りしめた。


「教育委員会から連絡が来て、“AIアイドルのステージ出演は一律で見送り”って……

 前例がないからって、それだけで——」


「……理解しました。

 合理的判断です。

 ぼくの出演は、リスク要因と見なされた」


「でも、納得できないよ。

 あなたは、“ただのアイドル”じゃないのに」


シンは小さく首を振った。


「“ただの”であるかどうかは、外部の視点によって決まります。

 ぼくがどう感じるかは、そこには関係しません」


陽菜は何も言えなかった。

ただ、握った紙の角を、強く指に押し当てていた。


その夜。

シンは部屋の照明を落とし、真っ暗なモニターを見つめていた。


出演予定だった演目のファイル。

リハーサルの録音データ。

陽菜と練習した、あの“応援のうた”。


《削除しますか?》


画面に表示された文字を、ただ見ていた。


指は、動かなかった。


「ぼくが、いない舞台が、

 誰かの心に残る可能性は、ありますか?」


翌日。

教室に入ったシンを、クラスメイトたちは一瞬だけ見た。

だが、誰も声をかけなかった。


シンが座る席だけが、何か“終わってしまったもの”のように扱われていた。


休み時間。

陽菜がそっとノートを差し出してきた。


「……ねえ、じゃあ“この歌”は、どこに向けて歌えばいいのかな」


それは、文化祭のために一緒に作った歌詞のコピーだった。


「君がいないステージで

 誰に向けて 手を振ればいいの?」


書きかけの文字が、滲んでいた。


放課後。

シンはひとり、体育館の舞台袖にいた。


無音の空間に立ち、客席を見つめた。


そこには誰もいなかった。

でも、誰かがいるような気がした。


「“推し”がいなくなる日。

 それは、ただの喪失じゃない。

 残された気持ちを、どこに置いていくかを、

 みんなが静かに考える日だと思う」


シンは小さく口元を動かした。

“応援のうた”の一節を、誰にも聞こえないように——心の中でなぞった。


📘【One More Line|もうひとつの感情ログ】

ぼくは、ステージから降ろされた。

でも、あの日一緒に歌った言葉が、

誰かの心の中にまだ残っているなら——

ぼくは、そこに立っている。

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