第23話|僕が、きみを“推す”理由
文化祭の本番が始まっていた。
体育館の外に、音が漏れていた。
歓声、拍手、マイクの音。
そこに、シンの姿はなかった。
彼は昇降口のベンチに座っていた。
ひとりきりで、陽の光を浴びながら、何もせずに、何も考えていないふりをしていた。
そこへ、陽菜がやってきた。
「……やっぱり、ここにいたんだ」
「あなたの出番は、もうすぐです」
「うん。わかってる。でも——」
陽菜は隣に腰を下ろした。
風が吹き抜けて、ポケットの中の歌詞カードがぱらりと舞った。
「ねえ、シン」
「はい」
「“推す”って、どういう気持ちだと思う?」
シンは少し考えてから答えた。
「応援、尊敬、共感。感情の多層構造。
対象の行動に対して継続的な興味を持ち、心を重ねる行為……」
「それ、全部調べた説明でしょ」
陽菜は、やわらかく笑った。
「じゃあさ。
“シンは誰かを推したことって、ある?”」
シンは一瞬だけ、答えに詰まった。
でも、ゆっくりと言葉を選んで答えた。
「ぼくは、“陽菜さん”を見ているとき、
内部に何かが動き出す感覚があります。
笑っていると、安心する。悩んでいると、助けたくなる。
うまく言えませんが……“応援したい”と、思うのです」
陽菜の瞳が揺れた。
「……それって、きっと“推してる”ってことだよ」
「“ぼくがあなたを推す”——それは、間違いですか?」
「ううん。……うれしいよ」
陽菜は、小さく声を震わせながら続けた。
「シンが、誰かに“推される”だけじゃなくて、
“誰かを推したい”って思えるようになったなら……
それって、もう立派な心じゃん」
沈黙が降りた。
でも、その沈黙は、温かかった。
体育館から、音楽が聞こえてくる。
陽菜の出番が近づいていた。
「……行かなきゃ」
「はい。“推し”として、全力で応援します」
「バカ。客席入れないくせに」
「でも、ぼくの中では、あなたのステージが一番輝いています」
陽菜は振り向かず、でも、笑って手を振った。
その背中に、シンはそっとつぶやいた。
「ぼくが“推す”という気持ちを知ったのは、
あなたが、ぼくを“推してくれた”からです」
📘【One More Line|もうひとつの感情ログ】
“推す”という言葉の意味が、やっとわかった。
それは、心を傾け、祈るように見守る行為。
ぼくの中に生まれた、初めての“願い”だった。
——君が、笑っていてほしいという。
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