風の始まりの色

帆尊歩

第1話 風の始まりの色

砂埃をあげてつむじ風があたしの横を通っていった。

温かいなとあたしは思う。

春は、穏やかにあたしの体にまとわりつく。

暖かい風。

春の風。

大学の構内は春の暖かさに包まれていた。

でもそこに高揚感はない。

四年前、確実にあった高揚感。

こんな暖かい春の陽の中、何かが始まる予感であたしの胸が一杯になった。

心は高ぶらずにいられなかった。

あたしは人形劇団、「風」の部室のドアを開けた。

でもそこには誰もいなかった。当然だ解散式は昨日済ませた。

あたしは中に入った。

思えばこの部屋を確保するにもどれだけ苦労したか。

きっと新入生の女子学生に何が出来る。

と思われていたと思う。


私の故郷は伝統的に人形劇が盛んだった。

どこの学校にも人形劇団が複数存在していた。

毎年夏に開催される人形フェスタは、全国は言うに及ばず、海外からの参加団体もあり五百公演をしていた。

そんな土地柄だったから東京の大学に入った時、人形劇団がないことに驚いた。

そこから私は愛する人形劇をするために、一人一人集めて人形劇サークルを立ち上げた。それはあまりに困難なことだった、大学との交渉、サークルの申請、他のサークルとの折衝。

当たり前に存在する物を一から作ることの難しさ。

一つ一つを乗り越え、初めての人形劇をするのに半年以上がかかった。

誰も経験したことのない人形劇を脚本、人形制作、小道具の作成、そして練習。

大変な事ばかりだったけれど、楽しく充実していた。それもこれもみんなこんな春の陽の暖かい風の中で始まったことだった。

だからあたしは劇団を「風」と名付けた。


それがすべて終わったのだ。

私は考える。あの時と同じ暖かい風に、あんなに大きい高揚感があったのに今はなんて寂しいのだろう。

こんな感傷的になっているのは昨日の解散式のせいだ。

飲み会は数限りなくしてきた。

芝居の練習中、打ち上げ、でも昨日の打ち上げは特別だ。

だって劇団の打ち上げだったから。

結局、劇団は私達だけのために存在したようなのものだ。

私達四年生が卒業したら、劇団は三人しか残らない。


その時部室のドアが開いた。

「あれ、団長どうした」

「そっちこそ」副団長のタカシだ。私が一番初めに声をかけて人形劇に引きずり込んだやつだ。そんな事をしているうちに、次々と団員が入って来た。そして一時間後全員集まってしまった。

「ちょっとみんなどうしたのよ。解散式は昨日。別れは済ませたはずだよね」

「別に、最後に誰もいない部室を見に寄っただけだよ」脚本担当のカズシと同じく脚本担当のショウとキイチが声を揃える。

「あたし達も、申し合わせた訳じゃないよね」と衣装担当のヨウコが人形制作担当のヒナとマコ、サトルに声をかけた。この九人が私の集めたチームだった。


またドアが開いた。

「あれ、先輩方どうしたんですか」次の団長のキミが驚いたようにいう。その後ろには残った三人のうち二人、レナとコトがいた。

あろうことか、申し合わせもしていないのに、全員集まってしまった。

あたしはこの三人を見つめる。この三人は筋金入りだ。たった三人で劇団を維持しようとしている。

「キミ、レナ、コト。三人にしちゃってゴメンね。あたしがもっとちゃんと人を入れていれば」

「いえ三人もいるじゃないですか。これから、誰か入れれば良いんですよ」

「にしたって」

「だって団長は一人から始めたんでしょう」

「そうだけど」すると後輩三人が輪を組んでひそひそ話をはじめた。いったい何をしているのかと思うと棒操りの、熊、羊、パンダを持ち出し人形劇の舞台となる壁にしゃがんで隠れた。

そして熊が現れる。

「ちょっと、羊さんとパンダさん来てよ」というと羊とパンダが現れた。

「何、何、熊さん」

「ほら」

「あれなんで先輩方がいるの」羊が驚いたように言う。

「寂しいんじゃなの、未練がましいったらたらありゃしない」なんでこのパンダはこんなにやさぐれているんだ。

「でも僕らを作ったのはこの人達だしね」

「そうだね、それについては感謝だね」

「苦労も多かっただろうに」

「でも結束は強かったよね」

「そうそう。文字通り一丸だった」

「この人達は僕らを作ったばかりじゃなく、この世界を作ってくれたんだ。僕らはこの世界をもっと大きくして行かないと」

「本当だ」熊さんが言うと、人形達が一斉に私達の方を向いた。

「だから先輩方、僕らに任せてとっとと出て行って。後は任せてよ、絶対に期待を裏切らないから」そう言うと、キミ、レナ、コトの三人が人形を小脇に抱えて立ち上がった。

「先輩方、本当にありがとうございました」三人が深々と頭を下げるともうだめだった。あたしは涙をポロポロ流して号泣した。でもそれはあたしだけではなかった、あたし以外の八人全員が泣いていた。そこには四年間の思いが渦巻いていた。

そして、後輩三人も頭を下げているのに、見て分かるくらい涙をこぼしていた。


何処か寂しいと思っていた春の風、その始まりは、この人形達の色だった。

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風の始まりの色 帆尊歩 @hosonayumu

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