二学期
第26話 エロゲ沼に沈めるためのお家デート
夏休みが明けて9月の、最初の休日。私は夏休みにやり残した、ある宿題を終わらせようとしていた。宿題と言っても学校の宿題ではない。
しかしこれには、ちょっとした問題がある。
まず前提条件を整理しよう。私は葵にも自分がオタクであることを隠し、ギャルとして接している。何故なら葵とはギャルとして出会い、そしてギャルとして高校生活における約半年間という、決して短くはない時間を共に過ごしてきたからだ。
友人に隠し事はどうとか、本当の自分がどうとか、そういったことをアラサー(精神年齢)になってまで議論するつもりはない。私は嘘をつくなら、墓場まで持っていくのが真の誠意だと思う人間だ。主人公が良心の呵責とかで軽率に女装を明かす女装潜入モノのエロゲを見ると、虫唾が走る。
だからそれはいいとして、ここで問題なのは、私の部屋には無数のラノベやエロゲのパッケージがあるということだ。アニメのポスターを貼っていたりとか、フィギュアが置いてあったりとかはない。だが、誰がどう見ても私の部屋はオタクの部屋だった。
葵をこれまで部屋に呼ばなかったのは、これが原因だ。そして
しかしその状況も、そろそろ打破しなくてはいけない。というのも最近葵は、
「そういえば、みーちゃんの家って行ったことないかも」
みたいなことをちょくちょく言うようになったのだ。これは来たいに違いない。何故かはわからないが、多分結愛が普通に私の家に来ていることを、どこかから聞いたのかもしれない。だから自分も行ってみたいという気持ちは、わからなくもなかった。
今、インターホンが鳴った。葵だ。
だが焦ることはない。私はこの“宿題”を完遂するために、万全の準備をしたのだから。
…………
……
…
「おぉ…… ここが……」
私が自分の部屋に案内すると、葵はなにやら物珍しそうにきょろきょろしていた。友人の部屋に遊びに来たというより、観光に来た人みたいだ。しかしどんなにきょろきょろされても、そこに見られて困るものは無かった。
淡いピンク色のカーテンに、ベッド、大き目のクッション、テーブル、いい感じのぬいぐるみや小物の数々、そしてゼブラ柄のカーペット。いかにもギャルの部屋だ。ところでなんでギャルの部屋には、ゼブラ柄のカーペットが敷かれがちなんだろうね。自分で言うのもあれだけど。まぁでも白黒で合わせやすいし、なんかしっくりくるんだよな。
ともかく、じゃあ数々のオタクアイテムがどこに行ったのかと言うと、妹の部屋だ。妹は今日、友達の家に外泊するそうなので、その間に使わせてもらった。
さらに万全を期して、両親もこの土日を利用した旅行に出かけている、今日を選んだ。葵がばったり出くわして、両親がうっかり「うちの娘もアニメとか大好きで」みたいなことをこぼしたら、全てが水の泡だ。特に私にとってのオタクの師であり、自身もオタクである父親。
だからこのリアルエロゲシチュエーションな今の状況において、脅威となるのは、私の机の上のノートPCだけだった。この危険物を退避させなかったのは、以前私は葵とMMORPGをやったこともあるので、無いと不自然だったからだ。
「あ、みーちゃんこれ。おすすめのラノベ。秋からアニメ始まるから読んでおくといいよ」
カーペットの上に座った、夏休みと変わらない半袖半ズボン姿の葵が、鞄の中からラノベを取り出す。
オタクに優しいギャル式制限解除システム。葵にはオタクを隠している私だが、「葵に教えてもらった」という体であれば、その作品についてはオタクトークが出来るようになるのだ。
さて、今日の作品は……。しかしそのラノベの表紙を見た瞬間、私の頭は冷や水を浴びせられたような衝撃に襲われた。
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』
なんだこれは…… オタク隠してるのバレてるぞっていう、葵からの遠回しなメッセージか?
オタクなら全人類が知っているであろう、リア充に擬態する「隠れオタク」の妹のために、主人公の兄が色々と奔走するラノベだ。そういえば桐乃ちゃんもギャルに擬態してたし、エロゲユーザーだったなぁ。
この「
ただ葵がこのタイミングで「俺妹」を私に貸してきたことには、他意はない気がする。ちょうど秋クールからアニメが始まるから、予習しとけよってことだと思う。私はさもなんでも無いように「ありがとう! 日曜日に読んじゃうね」と言って、葵から受け取った「俺妹」を本棚にしまった。
で、会話が止まる。
おかしい。なんだか今日の葵はそわそわしているというか、妙な緊張感があるようだった。語弊がある言い方をすれば、もうラブホに行ったり旅館に泊まったりした仲なんだから、今更家に来ただけで緊張したりする関係でもないのに。何か悩みがあったりするのだろうか。
「葵?」
「あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
ふむ。まぁいいか。さて、実のところ私は、ノープランで葵を家に呼んだ訳ではない。葵にとある格闘ゲームを教えてもらうという名目で、来てもらったのだった。
その格闘ゲームとは「Fate/unlimited codes」。あのTYPE-MOONの大人気エロゲ「Fate/stay night」をベースとした3D格闘ゲームだ。
エロゲ業界に格ゲー好きが多いのか、それとも「メルティブラッド」の成功を受けてなのか、理由はよくわからないけど、一時期エロゲ原作の格闘ゲームがやたらとリリースされた。アクアプラスの格ゲーも、ニトロプラスの格ゲーも、恋姫夢想シリーズの格ゲーとかもある。
そして私は、葵が自主的にエロゲをプレイするというルートを、諦めてはいなかった。葵が大好きな格闘ゲームと、私が大好きなエロゲは、点と点を線で繋げられる。そのために私は、この前葵と話している時にちらっと会話の中に出た「Fate/unlimited codes」の家庭用版を買い、「これ買ってみたはいいけどよくわかんなーい」というスタンスで、葵と一緒にプレイしようとしていた。
ここから「Fate/stay night」に興味を持って原作を買ってくれれば最高だが、それは高望みだろう。葵、ゆっくりエロゲユーザーになっていけばいいからね。
…………
……
…
「ごめんねみーちゃん。このゲームまともじゃないの」
「いやク……」
危ない。ついつい口から「クソゲー」という言葉が出そうになった。そんなこと思ってないからね。神ゲーです。
しかし、と画面を見る。葵が使うギルガメッシュという金ピカの鎧を着たキャラの攻撃によって、私の使用キャラであるアーチャーが一生宙に浮いていた。これはあれかい? 永久コンボってやつかい?
私もこのゲームは一周目の世界でプレイしていたが、あくまで原作のファンとしてゆるく遊んでいただけだ。いやもちろん自分の中では結構やり込んでいたつもりだったけど。しかし葵のような生粋の格ゲーマーがガチでやったら、こんなことになるなんて知らなかった。
もう「バースト」と呼ばれるコンボを脱出するシステムも使ってしまって、ゲージがすっからかんになってしまったから、私はコントローラーを握って見ていることしか出来ない。だからふいに、葵の脇腹をつついてみた。友人の間だけで許される、リアルサイクバーストというやつだ。
「んっ ……」
え? 何その反応。なんかやたらと色っぽい声が出たような。やめてよなんか私が変なことしてるみたいになるじゃん。気にせず私は、その後も葵が永久をする度に、くすぐったりしながら妨害した。
何故か全然抵抗しないでゲームに没頭する葵を見て、私の謎の加虐心に火が付く。そのうちコンボを妨害するという行為そのものが楽しくなってきて、気付いたら一勝をもぎ取っていた。教えてもらう、という体裁はもうどこかに行っていた。
「みーちゃんずるい……」
「いやだってこのゲームなんか壊れてるし」
ゲームのせいにしながら、真剣にプレイしている葵にちょっと悪いことをしたかな、と反省する気持ちも出てくる。でも葵は、
「これそういうゲームだから…… ふふっ、ふふふ……」
あ、葵が笑った。多分私がむきになっているのが、少し面白かったのだろう。最初は何故か緊張しているみたいだったけど、やっといつもの感じに戻ったようで安心した。ちなみに私は、こらえるようにする葵の笑い方がなんか好きだった。本当に楽しいと思って笑ってくれてる感じがする。
「ところで葵はなんでそのキャラ使ってるの?」
「ん? 強いから。理論値最強だと思う」
うーん、格ゲーマーの葵らしい理由だ。さすがにスタジオディーン版のアニメくらいは見てるだろうけど、この分だとFateという作品自体にはあまり思い入れは無いようだった。
中々手ごわい、が、エロゲ原作の格闘ゲームはまだまだある。それに格ゲー以外にも、葵にエロゲの扉を開かせる方法はいくつも存在するだろう。
ついに始まった二学期。未成年の女子高生である葵にエロゲをプレイさせるという目標を改めて掲げる、人生二周目アラサー女の姿がここにはあった。
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