第27話 仁義ある文化祭準備!

 遊んでばかりだと思われているかもしれないが、実はバイトもして、勉強もして、そして学園祭の準備もしっかり進めている。まず力を入れているのが、学祭ライブに向けてのバンド練習。そしてもちろん、クラスの出し物の準備も頑張っているのだった。


 私たちのクラスの出し物は、多数決では決まらなかった。まず誰かが「お化け屋敷やりたい」と言い、続けて「演劇やりたい」との声が上がる。そして最後に私が「喫茶店をやりたい」と提案した。オタクにとって学祭の出し物と言えば、メイド喫茶だと相場が決まっていたからだ。


 普通ならここで多数決になるが、そうはならないのが石田いしだ実咲みさきちゃん委員長。学級委員だけでなく文化祭実行委員も兼任している彼女は「ふむ」と考え、結果、「お化け屋敷ショー喫茶をやりましょう」ということになった。


 出された案を雑にまとめただけのように見えるが、あれよあれよとちゃんとした企画になっていった。教室を暗幕で暗くし、客が転ばない程度の照明を設置した、お化け屋敷をコンセプトにした喫茶店。ホールの店員は全員お化けの仮装をしており、定期的にダンス部を中心としたメンバーが、用意したステージでダンスパフォーマンスを行う。


 暗くすることで“学校の教室感”を排した空間が作れるし、どうしてもしょぼくなってしまう飲食物に付加価値を与えることも出来るし、優れたアイデアだと思った。委員長の「企画を取り敢えず形にする能力」は、社会人を経験した自分から見てもすごい。


 そして夏休みが明けて9月。いよいよ学園祭に向けた準備が本格化してきて、午前中の短縮授業が終わったら、クラスのみんなで各班に別れて作業を開始する。私とあおい結愛ゆあは3人とも、店内の小道具を製作する班に回されていた。


「…………」


 特に会話も無く、黙々と段ボールにロール紙を貼り付けたりして「お墓」などを作っていく私たち。段ボールにロール紙を貼り付けるの楽しい…… 楽しい……。最初の頃はもっとキャッキャしていたが、準備が進んで今に至ってはもう完全に“仕事”だった。


 しかしその作業の裏で、私は未来人らしいことで危機感を抱いていた。というのも一周目の世界では、相川あいかわさんという同じ小道具製作班のクラスメイトが、結愛と何やらギスっていたのだった。


 ギスっていたといっても、なんか相川さんが結愛のことをちょっと怖がっている雰囲気だったってだけで、結愛の方もあまり怒ってはいない感じだった。というか結愛は、恐らく人類の中でもだいぶ怒らない方の人間だ。だから大方、結愛があの無表情でちょっと強めの言葉を言って、相川さんを怖がらせてしまったとかそんな感じだと思う。


 しかし平成だけでなく令和の時代でも数年を生きた私は、そういうちょっとしたギスギスも見たくないほど、心が弱くなっていた! きら○系アニメの最終話付近に挟まりがちなギスギス回も無理! だから私はギスギスを阻止するため、委員長に頼んで結愛と同じ班にしてもらったのだった。


「結愛、足じゃま」

「ん」


 これはギスギスでもなんでもない。私と結愛の標準的なコミュニケーションだ。


 一体この班で何が起こるのか。一周目の世界で私は別の班だったから、具体的に何が原因なのか分からないのがもどかしい。私はロール紙を段ボールにぺたぺた貼りながら、班員の様子に気を配っていた。


柳瀬やなせさん、黒のポスカってそっちにある?」

「んー」


 私たちと同じように体操着に着替えた葵が、結愛にポスカを取ってもらっている。あんなに引っ込み思案だった葵も、今は普通に結愛に話しかけているんだ。だから二周目の世界では相川さんも、結愛がただ無表情なだけの全然怖くないダウナーギャルだって気付いてくれればいいんだけど。


 そんなことを考えているうちに段ボール製のお墓が出来上がったので、少し離れたところで橋本はしもとさんと一緒に作業をしている相川さんに見せに行く。彼女がこの小道具製作班のリーダーだったからだ。


「相川さん! お墓出来たよ!」

「え、すごーい! 想像以上にお墓じゃん!」


 相川紗季さき。ギャルって程では無いが比較的派手な方で、人気絶頂のアイドルグループ「嵐」のファン。たまに「私オタク過ぎ!」みたいなことを言っているけど、私は彼女をオタクだとは認めていない。とはいえいい子ではあると思う。


 そんな相川さんからOKが出たので、私はまた新たなお墓作りに戻ろうとすると、


「あの、みなもとさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 相川さんに呼び止められた。何やら大きな声では話せないことっぽいので、私は相川さんの隣に座って耳を傾けると、


「柳瀬さんってさ、どんな感じの人なの?」

「結愛? 普通にいいやつだけど」


 なんだ陰口か? 私がちょっと警戒していると、相川さんは、


「えと、変な意味じゃなくてね? そういう意味で捉えないで欲しいんだけど…… 私、柳瀬さんのこと、ちょっと格好良いなって思ってて」


 ふむ。


「続けて」

「だってなんかスタイルめっちゃいいし。めっちゃ細くて足とか長くて。だから本当に単純にモデルとかを見るのと同じ感じなんだけど、ちょっと憧れてるっていうか」


 なるほどなぁ。高校生の頃ってとにかく細さに憧れるよね。いや高校生に限らずか? 足首の細さこそが人間の最重要ステータス! みたいになる時期って、女子なら誰しも通る道だ。男はちょっと太いくらいの方がうんぬんとかそんなことは関係無い。ただ細さに憧れるのだ。


「で、その…… 柳瀬さんと喋ってみたいと思ってて」


 理解した。そして一周目の世界のギスギスは、やっぱり結愛が怖がらせてしまっただけだという確信が強まった。そういうことなら話は早い。


「相川さん、ちょっと結愛が卒塔婆そとばに苦戦してるっぽいから見に来てくれない?」


…………

……


「嵐だぁ?」

「そう! 嵐! 私ニノの大ファンで!」


 かくして上手く相川さんと結愛を引き合わせたのだが、相川さんが「嵐」の話題を切り出した瞬間、結愛の厄介バンドマンの“スイッチ”が入った。もしかしてこれか? こいつら嵐でギスるんか?


 私は、黙々と段ボールをポスカで黒く塗る葵を手伝いながら、成り行きを見守っていると、


「いやまぁあたしはそんなに聞かないけど、嵐、いいとは思うよ? 面白い音楽やってるよね。ラップ担当みたいな感じの人を入れて、ラップパートを作ってるところなんか割と斬新」

「櫻井くんね! 私も櫻井くん結構好き!」


 良かった。結愛も歩み寄ってくれてるみたいだ。それでもちょっとウザい感じだけど。でも相川さんは特に気にしてない様子だし、普通に楽しそうに話してる。


「ねぇみーちゃん。なんか今日ずっと相川さんのこと見てるけど、何かあったの?」


 黒のポスカで段ボールをぬりぬりしながら、葵が小声でそんなことを聞く。言うほど見ていただろうか。


「まぁ、ちょっとね」

「ふーん……」


 相川さんからの相談を葵に言うのも悪いと思ったので、私はお茶を濁した。でもなんかほんのちょっと。気のせいかもしれないけど、ほんのちょっとだけ葵は不満そうな感じだ。いや気のせいか。


 なんにせよ、これで相川さんと結愛がギスることもなさそうだ。そんな感じで私が安心しかけた時に、事件が起ころうとしていた──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る