いつか伝説になるおっさん

「うおりゃあああーーー!!」


金色に光る聖剣を振り回す。が、それはマルコスをかすめることすらない。やつは、ゆったりとした動きで俺の攻撃を躱すと、大きく息を吐いた。


「少し驚きましたが……よかったです。剣を抜けたとしても役立たずのようで。今度こそ始末して差し上げますよ!」



マルコスの背後に浮いた髑髏が光る。やばい、火の玉が飛んでくる!


「う、うわぁ!!」


案の定、青い火の玉が俺に向かって放たれた。しかし、運動不足の四十手前には、反復横跳びでそれを躱すことすらかなわない。このまま、燃え死ぬのか!?



「なに……??」


死んだ、と目を閉じたが、一向に痛みがないので目を開くと、火の玉が消えていた。


「そんなわけがない! もう一度!」



マルコスが再び火の玉を放つが、俺の目の前に薄い半球状の膜のようなものが現れ、それを遮ってくれた。


「ば、バリアだ……!!」


そう、それはまさにバリアだった!



勝てる! これ聖剣があれば勝てるぞ!!


「死ねや、大島ぁぁぁーーー!!」


再びマルコスに向かって剣を振ると、かすかに手ごたえが。どうやら、やつの頬をかすったらしい。



「……貴方、何を言っているのかまったく分かりませんが、危険な人物であることは分かりました」


やつは頬から流れる血を指先で触れながら、ゾッとするような暗い笑みを見せた。


「魔力の無効化は恐ろしい力ですが、それだけではボルガーノ様に守られている私は退きません」



すると、マルコスの腕が銀色に変化し、先端が鋭く伸びていった。まるで、腕一本が槍になったみたいだ。


「魔法が効かないのであれば、これで引き裂いてやればいいだけのこと。覚悟してください、レオン・スターリングの転生体!」


なんだかよく分からないが、きっと大丈夫。あの腕だって、聖剣がバリアで防いでくれるはず……。



「へっ??」


熱い。俺の左肩が。そう思った次の瞬間、それが痛みだと気付いた。


「いってぇぇぇーーー!!」



どうやら、マルコスの槍みたいになった腕で肩口を切り裂かれたらしい。マジで痛い。人生で一番痛かったのは、会社に遅刻しそうになって走っていたら、割と派手目にすっ転んだときだったけど、それより痛い……けど、俺の怒りをなめるなよ!


「おりゃあ!!」


痛がりながらも、俺は聖剣を振り回すが、マルコスは上半身を逸らして躱しつつ、爪先を突き出して、俺の腹を抉った。


「げほっ!」


鳩尾みぞおちってやつに入ったのか? 吐きそうになるくらいの痛みに、何歩か下がった後、俺は堪らずうずくまってしまった。


マルコスが俺を見下ろす。余裕に満ちた笑顔を浮かべながら。ちくしょう、このまま死ぬのか。役立たず扱いされたまま……。



「な、なんだ??」


そのとき、俺の弱気を察知したかのように、聖剣が放ち続けた光が弱まっていく。


「どうやら、聖剣の中に残っていた魔力を消費してしまったようですね。貴方のような役立たずが魔力を使えるとは思えませんし……今度こそ、仕事を終えられそうです」



こ、こいつ……二度も俺のことを役立たずと言ったな??

違う。俺は役立たずじゃない。こいつに、それを分からせてやる。分からせてやりたいのに……!


「もしかして、魔力が……。そうだっ!」


これは唐突に俺が閃いたわけではない。片膝を付いていたクレアが何かを思いついたようだった。



「エルシーネ様、彼にエントラストを!!」


クレアの呼びかけに、エルシーネも一瞬の驚きの後、覚悟を決めたような表情で頷いた。そして、エルシーネは祈るように両手を組むと、目を閉じる。


「ノモスを守りし精霊たちよ、我が魔力を勇敢なる者に託したまえ!」



彼女が呪文らしき言葉を唱えると、その体から白い蒸気のようなものが発生した。そして、それはゆらゆらと蛇行しながら、俺の体へ降り注ぐ。まるで、エルシーネと俺の体に、白い橋がかかったように。


「まずい、エントラスト……魔力装填か!!」


マルコスが少しだけ焦った顔を見せた。しかし、だからこそなのか、俺にとどめを刺そうと近寄ってきた。まずいぞ、あの腕で心臓でも狙われたりしたら……!!



――剣を突き出せ。


……なんだ? 誰かが俺の耳元で囁いたような。女の声。でも、クレアではない。エルシーネでもなさそうだ。じゃあ、誰なんだ?


――死にたくないなら、早くやつに向かって突き出せ!


「わ、分かった!!」



俺は訳が分からないまま、声に従った。すると、手に握った剣の柄が熱くなったように感じ、さらには剣そのものが再び黄金に輝き始める。なんだろう。剣を握ったことなんてなかったのに、懐かしい感覚だ。



なんか……行ける気がする!!



そう思った瞬間、剣の先端から光が伸びた。一直線に。そして、その光はマルコスを貫く。



「がっ、ががが……」


「す。すげぇ。剣からビームが出た!」



マルコスの左半身に大穴が開いていた。心臓を貫かれても悠然としてたマルコスだが、今度は違う。苦悶の表情を浮かべて、焦っているのか、顔には脂汗が浮かんでいた。


「これが聖剣エフィメロスの力……。まさか、本当にレオン・スターリングが転生したというのか!!」


悔し気に拳を握るマルコス。だが、痛みを感じているのか、その膝が折れた。勝負あった。俺はいつものように・・・・・・・剣を鞘に納める。



「今です! やつを仕留めなさい!」


そこにエルシーネの指示が。今まで恐れて動けずにいた兵士たちが、一斉にマルコスへ飛びかかる。が、マルコスは兵士たちに体当たりすると、走り出した。


「覚えていなさい、レオン・スターリング。貴方は必ず私が!!」



そして、窓を突き破って外へ。逃げてくれたみたいだ。ほっとする俺だったが、途端に瞼が重くなる。


「ケンジ!」


限界だった。クレアの声を聞きながら、俺は意識を失うのだった。



このとき、俺は想像すらしていなかった。四十も迫りつつあるおっさんの俺が、聖剣争奪戦という訳の分からない戦いに参加し、ノモスという世界を救うため、邪教徒たちを相手にするなんて……。

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