さっそくお払い箱のおっさん

「ぐごっ」


自分のいびきで目を覚ます。

やばい、遅刻か??

なぜスマホのアラームが鳴らなかった!?


と、身を起こすと……そこは見たこともない、だだっ広い部屋だった。


「えっと……ここは」



なぜ自分が高級ホテルに泊っているのだろうか。重たい頭で記憶をたどると……会社をやめたこと、そのあと見た巨大隕石、マルコスの不気味な微笑みを思い出した。うっ、と胃酸が上がってくるような感覚に口元を抑える。


「ケンジ、起きたか?」


すると、室内に金髪碧眼の美女が。鎧を外したクレアだった。



「どこか痛いところはないか? 肩の傷も塞がっているようだが、聖剣の力だろうか」


そう言われてみると、マルコスに斬られた肩が、ぜんぜん痛みがない。ここは異世界なのだから、魔法で治してもらった、というわけではないのか。


「えーっと、俺は大丈夫だけど……他の皆は無事だったか?」



クレアが穏やかに微笑む。こんな顔もするのか。



「ケンジのおかげで、あの部屋にいたものは全員無事だ。凄かったぞ、聖剣の解放」


「……そうだ、聖剣!」


ぼんやりしていた頭が急に晴れやかになった。



「約束したよな、聖剣を抜けば異世界スローライフと可愛いカノジョを俺に差し出す、って!」


「……それなのだが」



クレアはなぜか苦笑いを浮かべる。


「これを見てくれ」


彼女は腰に例の聖剣を下げていたらしく、俺に見せてきたのだが……。



「聖剣は鞘に戻って、また抜けない状態なのだ」


「へっ? どうして??」


「どうしても何も……」



クレアの説明に愕然とする。俺はマルコスと戦った後、自然な動作で剣を鞘に戻したそうだ。そしたら、すべてが元通り。聖剣は誰にも抜けなくなってしまったのだとか。



「な、何をやっているんだ俺は……」


「もう一度抜けそうか?」


「もちろんだ! 一度抜けたんだから!」



しかし……いや、やはりと言うべきか……。



「ぐぬぬぬっ……抜けない!!」


「やはり、そうか……」



がっくりと肩を落とす俺とクレア。



「聖剣については、改めて考えよう。エルシーネ様が礼を言いたいそうだ。立てるか?」


「エルシーネが?」



あの生意気な小娘が、俺に礼を言いたいと。悪くないじゃないか。


「良いだろう。礼を言われてやる」


立ってみると、少しフラフラした。これは疲労によるものだろうか。ほぼ休みなしで残業ばかりだった時期も乗り越えたのに。戸惑う俺にクレアが説明してくれた。



「どうやら、聖剣を使ったせいで体力を削られてしまったようだな。あの一瞬で、エルシーネ様に託された魔力を使い切って、ケンジ自身のエネルギーが吸われたに違いない」


「へぇ、迷惑この上ない話だな」



部屋を出て、ここが大きな屋敷であることを理解する。歩きながら、この世界について少しでも知っておこう、とクレアに質問することにした



「それにしても、やはりこの世界には魔法があるんだな」


「いや、魔法は失われた技術だ。あまりに危険ということで大昔に封印されている。体に魔力を宿す人間も、今はハイ・アリストスと言われる高貴な方々のみだ」


「じゃあ、マルコスが使ったアレは?」


「……邪教徒は別だ。魔女戦争が終わった時に誕生したと言われる、邪神から魔法を教わって、ノモスを乱そうとしている」



なるほど。使うべきではない武器を使いたがる存在がいるのは、どこの世界も一緒ということらしい。それにしても、魔女戦争とはなんだろうか。さらに質問を続けようとしたが、屋敷の主であろうエルシーネの部屋にたどり着いてしまった。


「クレアです。入ります」


広々とした書斎の奥に、銀髪の美人が座り、何やら書き物をしていたが、俺たちが入ってくると視線をわずかに上げた。エルシーネ。黙っていれば美人なのだが……。



「騎士ケンジ。昨日はありがとうございました」


「お、おう」



小さく頭を下げた彼女に、なぜか俺が動揺してしまった。もう少し高圧的な感じで接してくるだろう、と思っていたからかもしれない。


「本当に感謝しています。貴方がいなければ、私たちは全滅していたでしょう」


ほうほう、いいじゃないか。もっと褒めろ。もてはやせ。存分に聞いてやる!



「しかし、もう貴方に頼ることはありません」


「えっ?」



な、なんで?

ここから俺が大活躍するんじゃないの??


「エルシーネ様、まだそんなことを!!」


反論したのは俺ではなく、クレアの方だった。眠っている間に、俺の扱いについて何度か議論が行われたのだろうか。クレアはエルシーネの意見に反対らしく、苛立ちすら覚えているように見えた。しかし、エルシーネの方は毅然とした態度で言い放つ。



「私が決めました。感謝はするものの、一般人を……ましてや異世界の人間に頼るなど、やはり私は反対です。誰か、彼を屋敷の外に案内してやってください」



エルシーネが指示を出すと、どこかから屈強な男たちが現れ、俺の肩をガシッと掴むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る