おっさん、言われたくないワードとは

クレアがマルコスに向かって駆け出す。不気味な笑みを浮かべて、それを迎え撃とうとするマルコスだが、その背後に巨大な髑髏が浮かび上がった。


「な、なんだあれ!?」


見慣れない光景に思わず、言葉を漏らす俺だが、誰も説明はしてくれない。揺らめく炎のように浮き出た髑髏は、人間の上半身ほどの大きさがあり、がくがくと口を動かしたかと思うと、そこから青い火の玉を吐き出した。


「遅い!」


火の玉はクレアを迎え撃つかと思われたが、彼女は剣でそれを叩き切ると、一気にマルコスへ駆け寄った。



「もらった!」


クレアの一閃。マルコスの胴を切り裂いたように思われたが……。


「ふぅ。危ない危ない。さすがは勇者。ですが、まだまだ――」



余裕をかますマルコスに、クレアがさらなる剣撃を浴びせようとする。が、頭蓋を狙う一撃も、心臓を狙う一撃も、マルコスを捉えることはない。マルコスは距離を取りながら、クレアに質問する。



「なぜ、エントラストを使わないのです? もしかして、クレア様が魔力を受け付けない体質、という噂……本当だったのでしょうか?」


意味は分からない。が、それはクレアを怒らせる一言だったらしい。


「貴様一人を斬るために、魔力は必要ない!」



相当怒らせたのだろう。彼女は地を蹴ると、今まで以上のスピードで間合いを詰め、剣を突き出した。それは見事にマルコスの胸を貫く。しかし――。



「さすがは勇者。しかし、ボルガーノ様の祝福を受けたこの身は、心臓を潰された程度では滅びませんよ!」


「なんだと!?」



クレアは距離を取ろうとしたが、少し遅かった。マルコスの背後に浮かんだ髑髏が再び火の玉を放ち、それに弾き飛ばされてしまう。


「くそっ!」


頭でも打ったのだろうか。クレアは足に力が入らないらしく、立つこともままならないようだ。


「さて」


クレアが戦闘不能と分かったからか、マルコスが俺を見た。



「レオン・スターリングの転生体、始末させていただきます」


「ひ、ひぃぃぃ!!」



マジで殺される。

俺は逃げようと思ったが、足が震えて動けななかった。


だ、誰か助けてくれ。周りを見るが、誰もがマルコスの不気味な笑みを恐れたのか、固まっていた。ただ一人を除いては。


「下がりなさい」


俺をかばうように、エルシーネがマルコスの前に立ちはだかる。その手には、聖剣エフィメロスが。まさか、お姫様が自ら戦うのか……??


「何をするおつもりですか、エルシーネ様」


マルコスの問いかけに、エルシーネは凛とした表情で答える。



「私とてスアレスの娘です。この屋敷で……スアレスの地で邪教徒の好きにはさせません」


「ふふっ。だとしても、その聖剣で私と戦うのですか? 魔力を保持するハイ・アリストスの貴方でも、その剣は抜けないと聞いていますが?」


「関係ありません。私は私の役目を果たすだけです!」



そう言って、エルシーネは聖剣を抜こうとした。が、やはり抜けないのか、柄を握った手が震えるだけで、その刃は姿を現そうとはしなかった。



「邪魔ですよ、エルシーネ様」


「きゃあっ!」



必死に俺を守ろうとしてくれたエルシーネが足蹴にされる。それなのに、俺は動けなかった。


「おやおや」


そんな俺をマルコスは嘲笑する。



「足が震えて動けないようですね。レオン・スターリングの転生体が役立たずで良かった。これでボルガーノ様の教えが、ノモス中に広がることでしょう」


「……いま何て言った?」



俺は震えた声で、マルコスに尋ねると、やつは首を傾げながらも素直に繰り返した。



「ボルガーノ様の教えがノモス中に広がる、と」


「そうじゃない。その前だ」


「……何を仰っているのです?」



再び首を傾げるマルコスに、俺は言い放った。


「俺のことを役立たず・・・・と言ったな?」


眉を寄せるマルコス。が、俺にとってその顔は、俺をクビにした大島部長のものに見えていた。これには怒りが波のように押し寄せてくるじゃないか。


「今の俺に一番言っちゃあ行けない言葉を、お前は言ったんだ!!」


殴りかかる俺。だが、マルコスはひょいと身を逸らして躱す。それでも関係ない。絶対に、こいつはぶん殴る。大島のやつに復讐できなかったが、十年以上ためた怒りをこいつにぶつけてやるのだ!


「……エフィメロスが??」


怒り狂って拳を振り回す俺の耳に届いた呟きは、エルシーネのものだった。マルコスに蹴られ、床に倒れていた彼女が持つ聖剣が、どうやら光輝いているらしい。


「これを使って!」


エルシーネが放った剣を俺はキャッチする。俺の手の中で黄金の光を放ち続けるエフィメロス。剣なんて使ったことはないが……。



「十年以上溜め続けたストレス……伝説の聖剣を使って発散させてもらうぜ!!」


「ま、まさか……」



驚愕するマルコスに見せつけるように、俺はそれを引き抜く。すると、黄金の光が辺りを満たすのだった。

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