第7話

空が赤く染まった。


それは夕焼けの色ではない。

神聖国家連合リュディア全土に鳴り響いた警報と、

空を覆うように展開された魔力障壁聖典結界の輝きだった。


神の名を掲げるその国にとって、

最大の敵は魔でも悪でもない。

——“人間でありながら、神を超えようとする存在”。


すなわち、アトワイト・グエルクス。



神都イシュ・ラメル

白金の塔が貫く聖地に、六人の大神官と神官騎士団が集う。


「ついに来たな……あの《修正者》が」


「空中都市フェルナードを墜とした力、もはや一国では抗えぬ」


「だが我らには《神の言葉》がある。神のセラフィ・ヴァニアが降臨すれば——」


その瞬間、聖堂が震えた。


いや、“震えた”のではない。

——消失した。


神の玉座とされた聖堂中心部が、忽然と虚無に飲まれた。


《グロリア》がそこにいた。

誰にも気付かれず、誰にも止められず、ただ“あるべき場所”に立つように。


「神の言葉、確認済み。内容:自己中心的な民衆支配の体系化。対象、是正確定」


大神官の一人が叫ぶ。


「貴様は何者だ! 神の御業を冒涜するつもりかッ!!」


アトワイトは静かに答えた。


「いいえ。神ではない。私は、間違ったものを修正するだけ」


その声とともに、《神罰機関》グロリアの胸部ハッチが開き、

解放されるは《戦術演算兵器:メタ=セラフ》——


神の名を冠した、人工神の残骸。


それはかつて、神代文明末期に“人類が神に届こうとした”計画の産物。

アトワイトはそれを修復し、再起動させた。


《神を騙る国家》に、かつての神の失敗作をぶつける。

それこそが彼女の皮肉であり、復讐であり、世界への“教育”だった。



地上では神官騎士団が陣形を組み、

聖歌を響かせ、奇跡のように光を纏った矢が雨のように降り注ぐ。


——だが、それらは意味を持たなかった。


グロリアは空を裂き、地を穿ち、

メタ=セラフは聖都を焼き尽くした。


そして、神官騎士団第八部隊長クラウス・ユリエルが敗北した時、

彼は最後にこう呟いた。


「……君は……まるで“神そのもの”だな」


「違うわ。私は、ただのアトワイト・グエルクス。

……“神”なんて、いないのよ。最初から」



《リュディア陥落》は、世界秩序にとって決定的だった。


宗教国家の崩壊は、精神的支柱を持たぬ多くの国民たちを、

恐怖と“服従”へと導く。


ユリウスは、それを見ながら笑う。


「……ようやく、君に追いつけそうだ」


彼は、すでに次のカードを切る準備をしていた。


——《新秩序教団》の設立。


旧神の名を捨て、アトワイトの是正に従う新たな信仰を掲げて。


世界はゆっくりと、確実に、《征服》され始めていた。


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