死の宣告と幼き願い

「し……んだの? 私?」



ユキの顔から血の気が引いた。信じられない、という表情で、死神と名乗る男を見つめる。



「ああ、そうだとも。ここは生者の世界と次の世界の『境目』。君はもう、あちら側の世界の住人じゃない」



死神は淡々と続ける。その声には、何の同情も、哀れみも含まれていない。まるで天気の話でもするかのように、当たり前の事実を告げているだけだ。



「嘘……だって、お父さんもお母さんも、治るって……」



ユキの声が震える。ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。病気のことは知っていた。つらい治療も、髪の毛が抜けてしまったことも、全部我慢してきた。お父さんとお母さんが、いつもそばにいてくれたから。また元気になって、一緒に家に帰るんだと、そう信じていたから。


「嘘じゃないさ。帳面にそう書いてある。こいつは滅多なことでは間違えないんでね」



死神は帳面を軽く叩いた。その仕草すら、ユキの絶望を逆撫でするかのように無神経に見えた。



「そんな……。お父さんと、お母さんは……?」



「君の死を悲しんでいるだろうさ。親というのは、大抵そういうものだ」



死神の言葉は、どこか他人事のようだった。彼は、深い溜息をついた。



「さて、感傷に浸るのも結構だがね。手続きを進めたい。向こうに見えるだろう? いや、見えないか。まあ、この霧の先に川があってだね、それを渡れば次の段階へ進める。さあ、行くならさっさと行くんだね。こっちも、次の仕事が待っているんでね」

死神は顎で、霧の濃い方角をしゃくってみせた。しかし、ユキはその場から動こうとしなかった。


「いや……いやです!」



少女は涙を拭い、小さな拳を握りしめて叫んだ。



「まだ、行けません! お父さんとお母さんに……もう一度だけ会いたい! さよならって、ありがとうって、ちゃんと言いたい!」



必死の形相で訴えるユキ。その純粋な瞳が、真っ直ぐに死神を射抜く。死神は、わずかに眉をひそめた。その目の奥に、微かな、それでいて底意地の悪い嘲笑のようなものが浮かんだように見えたが、すぐに消えた。



「ふむ。またか。実に、ありがちなパターンだ」



死神は呟き、面倒くさそうに頭を掻いた。



「未練、というやつだね。人間というのは、どうしてこうも執着深いのか。終わったことだろうに」



「お願いです! 一度だけでいい! 会わせてくれたら、ちゃんと言うことを聞くから!」



ユキは、死神のズボンの裾に縋りつかんばかりの勢いで懇願した。死神は、溜息をもう一つ。



「……規定外なんだがね。本来なら、そんな感傷に付き合っている暇はない。第一、そんな力を使うのは骨が折れる。こっちにも都合というものがあってだね……」



ぶつぶつと文句を言いながらも、死神は帳面をぱらぱらとめくり、何かを確認しているようだった。ユキは、ただただ必死に、彼の言葉を待った。やがて、死神は帳面を閉じ、やれやれといった風情で肩をすくめた。



「……まあ、いいだろう。特別だ。ただし、ほんの束の間だぞ。それで未練が断ち切れるというなら、安いものかもしれん」



その言葉に、ユキの顔がぱっと輝いた。

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