第6話土井ゆかりの視点2

 あの日はチケットを取ってようやく彼に会いに行けた日だった。


 ドキドキしながら彼が出てくるのを待って思いっきり手を振って声を掛けたの。


 手を振り返してくれた時はやっぱり私のことが一番好きなんだって思った。


 それなのに……。


 目の前の女が彼に手を振っていた。それを見て無性に腹が立った。


 彼は私の恋人なの。

 彼女は偽物。


 彼との時間を邪魔するなんて許せない。


 念のために持っていたナイフを鞄の奥底から取り出し、邪魔する女を排除した。


 たったそれだけ。

 私は何も悪いことなんてしていない。

 悪いのはあの女。

 私と彼の邪魔をしたから。


 なのに、なんで……?


 わかんないよ。

 警察が私を捕まえるなんておかしい。悪いのは邪魔をする周りなのに。


 なんでわかってくれないの?


 そうしている間に私は拘置所っていう場所に当分の間いることになった。退屈。


 誰と話すわけでもなく、テレビを見ることもない。スマホだってない。何にもせずに一日が過ぎていくだけ。



 そんな中、一通の手紙が私宛に届いた。


 中身を見ると週刊誌の記者で佐光基弘という人からだった。最初は無視しようと思ったの。


 どうせ冷やかし。


 あることないこと週刊誌に書いて私を嫌な気分にさせるのが目的なんだろうって。でも、手紙は雑談しか書いていなかった。


 気分はどうかって聞かれたし、朝晩が冷えるけど体調は悪くないかって。


 癖字で読み辛かったけれど、はじめて貰った手紙は私を気遣ってくれている。


 嬉しかった。


 他の人にとってはただの挨拶程度のことなんだと思う。でも私にはその気遣いさえも嬉しくて涙が出そうになった。


 ずっと周りから嫌われ続けている私に優しいことを書いてくれる人がまだいるんだって思ったら涙が出た。


 二通目も三通目も同じように書かれていた。取材するためだけに手紙を送ってきているのは理解している。


 でも、今の私にはそれだけでも心が満たされていく感じ。何度も何度も読み返すうちに返信してみようと思った。


 そこから佐光さんとの手紙のやり取りが始まっていったの。


 拘置所での退屈な毎日。


 佐光さんとの手紙のやりとりだけが唯一の楽しい時間になった。三か月を過ぎてはじめて事件のことを聞かれた。


 三か月の間に一杯手紙をやりとりした佐光さんなら信頼が出来るし、大丈夫。彼は私の事が好きなんだもの。全部正直に書いてもいいかな。


 =佐光さんへ


 いつもお手紙ありがとう。今日は佐光さんの質問に答えるね。


 ①事件を起こそうと思っていたのか?→起こそうとは思っていなかった。

 ②刺した女性達とは面識があったのか?→ない。

 ③何故女性達を刺したのか理由を知りたい→邪魔者を排除しただけ。理由は私の彼氏に手を振ったのが嫌だったから。

 ④被害者を刺してどう思ったのか→どうも思わない。

 ⑤被害者に対して感じることはあるか。→ない。


 彼に近づこうとする女を排除しただけだし、周りの女達も騒いで彼との時間を邪魔した。


 私はそれが嫌だったの。

 だって理不尽でしょう?


 毎日家で母に文句を言われながらこき使われ、バイト代も取られてようやく彼との時間を持つことが出来たのに邪魔されたの。


 許せない。


 静かにしてほしかったし、彼のことを名前で呼ばないでほしいと思ったの。


 名前で呼んでいいのは彼女の私だけだから。

 佐光さんだってそう思いますよね?


 いつも私は我慢してばっかりだったからこれだけは許せなかった。

 ただそれだけ。


 母のことは大嫌い。連絡が無くってこっちもせいせいしているんです。


 でも、もし、叶うのなら兄にだけは一言迷惑をかけてごめんねって伝えてほしいです。


 電話番号は確か〇九〇―×××ー××××です。佐光さん、またお手紙くださいね。


 ゆかりより=


 これでいいわ。こうして私は手紙に封をして職員の人に手紙を送ってもらうように頼んだ。


 こんなところにいつまでもいたら彼も悲しむよね。早く帰りたいな。

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