冬来りなば
紫陽_凛
さくらプリン
都民の皆様、さくらはきれいですか。
全国ニュースの中の観光客はしきりに自撮りをしたり桜にスマホを向けたりしている。わたしといえばカップ麺のカラだらけの部屋でやっぱりカップ麺啜ってる。ずずー。春もクソもない。日常。帯のような日常。飯食って働いて飯食って寝る。起きる。以下繰り返し。
冬来りなば春遠からじというけど、この地域は冬がばかみたいに長くて春はばかみたいに短い。そんでもって遠い。めちゃくちゃ遠い。春雷がようやくゴロついて、春の嵐が吹き放題で、でも決定的な何かに欠けている四月の中旬。外は肌寒く風が強く花粉がすごい。花粉くらいじゃないか、春を満喫しているのは。
私は年中灰色のパーカを着込むとパートに出かける。なんの目標もなければハリもない日常の中で、スマホの中の美少女ゲームだけが季節を謳歌している。スマホゲームは大抵東京を中心に動いているから、東京に合わせて桜満開だし、多分こんな北風も吹いてないんだよね。わかる。
冬に取り残された北国のわたしたち、というかわたし、若干ひねくれ気味。
北国の春は秒速で去る。
来たと思ったら秒でいなくなる。見逃す。気づいた時には初夏がこんにちはする。だから生まれてこの方、春なんて満喫できたことない。桜だって強風で強制桜吹雪よ、花見もくそもないわ。そう思いながら、パート先のコンビニで季節の商品を次々並べていく。
さくらプリン。さくらロール、さくらラテ。
さくらなんか、ぶっちゃけここにしかない。花見ならぬさくら商品見だ。何が楽しいんだか。でも売れ行きはすごいいいんだよね。
「いらっしゃーせー」
威勢がいいだけで割と適当な挨拶も、いつも通り。
「ありがとざしたー」
あ、プリン売り切れた。はや。
在庫がないことは確認済みだから、もうあるもので我慢していただくしかない。そう思ってるうちに、藤色のスカーフの優雅なご婦人がきて、こうわたしに尋ねる。
「さくらプリンは売り切れちゃったかしら」
「そうなんです申しわけありません。現在並んでいるもののみでして」
残っているのはさくらロール一個だけだ。桜いろの生地にいちごのクリームを挟んで巻いたやつ。ほんのりさくらの匂いがするらしい。
藤色さん(勝手にこう呼ぶことにする)は、残念そうに肩をおとした。
「今日、お花見会なのだけど」
「お花見会?」
「そう、施設の」
施設?
わたしは藤色さんを見つめた。
「……老人ホームのお花見会なのだけど、この物価高でしょう、毎年頼んでるケーキを購入できなくて」
「は、はあ……」
「人数も少ないし……それでイレブンさんのさくらプリンにしましょうって決めたのだけど、どこも売り切れていて」
「そうなんですね」
「プリンなら、みんな食べやすいと思ってね……でも、売り切れなら仕方ないわね」
そりゃそうだ。人気商品だもの。
わたしは言葉をのみこんで、尋ねた。
「お花見会は何時からですか?」
「午後の三時からだけど……」
午後の商品……さくらプリン入荷は三時。
「入居者さんの人数は」
「11人だけど……」
「了解しました」
「で、できるの?」
「わかりません」
わたしはすぐさまバックヤードに引っ込み、近隣店舗に電話をかけてみる。ダメもとで。
「あのう、すみませんが、さくらプリンの予約? 予約ってできますでしょうかぁ……」
🌸
ダメもとだったけれど他店舗の協力を得て、わたしは午後三時頃、藤色さんに11個のさくらプリンを提供することに成功した。今日一日、本店のさくらプリンの在庫は「から」だ。他の人には申し訳ないけど。
「ありがとうございました」
「いえいえこちらこそ、お買い上げありがとうございます」
「これでお花見ができる」
藤色さんは満足そうに微笑んだ。わたしもつられて笑った。
「良かったです」
「店員さん、ありがとう。本当にありがとう」
ふう。
藤色さんが去ったあともさくら商品は売れ続けた。売れ続けたんだけど、わたしはずっと11個のさくらプリンが果たす役割のことについて考えていた。藤色さんの買ったさくらプリンは、老人ホームのみなさんに桜を見せることができるだろうか……と。
まだ硬い蕾の桜並木を見上げて、わたしはさくらロールケーキを頬張る。あまい味と、ほんのりしたさくらの風味が鼻を抜けていく。
「春かあ」
呟いたそのとき、足元につくしが生えているのを見つけた。よく見ると至る所に生えている。たくましいことだ。
「春、かあ……」
冬来たりなば春遠からじ。
仰ぎ見る枝はまだ寂しい。でも春は近づいてくる。今年は見逃したくないな、見逃さないようにしなくちゃな。
いちごの甘さとともに、わたしは頷いた。
冬来りなば 紫陽_凛 @syw_rin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます