第7話 可愛いうさぎのコインケース


 放課後。駅前の通りは制服姿の学生でにぎわっていた。


 俺――如月悠真は、なんとなく駅に直結してる雑貨屋に寄ってみた。

 特に何か欲しいものがあったわけじゃない。けど、スマホの充電ケーブルでも買い替えようかと店内をうろついていた、その時だった。


 ふと目に入った後ろ姿に、足が止まる。


 肩までのボブに、すっと伸びた背筋。

 制服のリボンも、シャツのたたみジワひとつなく整っている。


 ――間違いない。一ノ瀬さんだ。


 彼女は小さなコーナーの前で立ち止まり、何かを見ていた。

 視線の先にあるのは、キーホルダーやヘアピン、ミニポーチ……そう、“可愛いもの”が集まった棚だった。


 一ノ瀬さんはそういうものが好きなのか、とちょっと意外に思いつつも、前電車でつけていたぶどうのピンセットを思い出して納得いった。


 普段の彼女の立ち振る舞いからは想像することのできない光景に、声をかけるか迷ったけど――

 結局、自然に口が開いた。


「おっす、一ノ瀬さん」


 そう呼びかけるとビクッと彼女の肩が跳ねた。


「……え、き、如月くん!? なんで……」


「たまたま通りかかっただけ。まさかこんなところで会うとは思わなかったけど」


「わ、私も……偶然……」


 一ノ瀬さんは、手を背中に隠すようにして立ち位置を少し変えた。


 でも、その視線がまださっきの棚に残っていることに気づいた俺は、自然なふりをして視線を移す。


「今、何見てたんだ?」


「え、あ、いや、その……なんでもないよ。ちょっと目に入っただけで」


 あきらかに取り繕ったような口ぶり。

 その言い方が、逆に気になって、俺は棚の方に一歩近づいた。


「これか?」


 俺が手に取ったのは、うさぎの顔が刺繍された、手のひらサイズのコインケース。

 淡いピンク色で、口元がほんのり笑ってる。


 一ノ瀬さんがさっきじっと見ていたのは、たぶんこれだった。


 「……うん、可愛いよな、こういうの」


「――っ!」


 彼女の目が一瞬、見開かれた。


「似合うと思うけどな。一ノ瀬さんに」


 そう言った瞬間、彼女の頬がふわっと赤く染まった。


「……え、似合うって……私に?」


「うん。なんか……いいと思う。そういうの持ってる一ノ瀬さん、すごくいい」


 俺は、思ったままを言った。

 変に飾ったり、気を使ったりしたわけじゃない。ただ、正直な感想を口にしただけだった。

 だって普段は王子様ってみんなから言われている美少女が実はこんなに可愛い物が好き……最高じゃね?


 一ノ瀬さんは、少しだけ俯いて、手を前で握った。


 数秒の沈黙。


 そのあと、ぱっと顔を上げると――


「ちょ、ちょっと待ってて!」


「え、あっ、うん?」


 俺が返事をする間もなく、一ノ瀬さんはそのコインケースを持って、くるりと背を向けてレジの方へ走っていった。


 …………?


 呆然としながら、その後ろ姿を見送る。

 少し遅れて彼女は決意を決めたのだとわかった。

 

 会計を待つために並んでる姿が、どこかいつもの電車で隣にいる一ノ瀬さんより軽やかに見えた。


 やがて会計を終えた彼女が戻ってくる。

 手には、さっきのうさぎのコインケースが入った小さな紙袋があった。


「……買っちゃった」


 そう言って照れくさそうに笑う。


「……勇気、くれてありがとう。如月くん」


 不思議な言葉だった。

 でも、きっと、彼女にとっては俺の言葉が本当に“勇気”だったんだと思う。


 「俺は……思ったこと言っただけだよ」


 そう返すと、一ノ瀬さんはまた少しだけ笑って――


「……うん。だから、嬉しかった」


 その笑顔は、“王子様”の顔じゃなかった。


 もっと普通で、もっと素直で、ちょっと不器用な――可愛い女の子の顔だった。

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