『ドミの……』

鳩鳥九

第1話



ドミノ倒しというものを遊んでいる。

レゴブロックの2×4のブロックをドミノに見立て

150個ほどをカタカタと並べていく小学一年生。

否応なしに重量が軽いので難しい。どうにも



「アメリカンドックを作ったわよ」

「はーい」



母親がアメリカンドックを作ってくれた。

オシャレかよ。おやつにウインナーを揚げるのかよ。

割り箸さえあれば手軽に作れるタイプの支援物資を収穫し

ボクは今度は積み木でドミノ倒しを作る。

ピタゴラスイッチというものに漠然と憧れがあった。



「……またその本を読んでいるの? 」

「うん」

「理由は? 」

「なんとなく」



鉛筆を並べる。消しゴムと定規を使う。

教科書を積んで、斜めに坂道を用意し

輪ゴムも合流しながら、ビー玉の通り道を作る。

積み木で組んだ四方の箱を転がして

ピラミッドのような、マインクラフトのような箱庭を作る。



「今度は何を作ってるの? 」

「大阪城」

「ごめん。わかんない」

「コレが本丸、ここが二の丸、これが真田丸」

「??? 」

「ここが赤色ばっかりなのは、赤備えだからだ」



少年は500円で1冊の本と付録がついてくる週刊科学雑誌の

全く同じ単細胞生物の遺伝子のページを読みふけり

レゴブロックで大阪城を作り、定規でピタゴラスイッチを作った。

けれどビー玉遊びは直ぐに飽きたので

ゲームボーイアドバンスを徐に取り出した。



「今度はカード? ゲーム? 」

「……ソフトが3本しかないから、わかんない」

「そうね」



家の外の倉庫にはサッカーボールと野球のバット

毎週のように遊びに行く友達は年下の学園の子で

父親が学習塾の講師をしていた。

外食は少なかったので、ジャンクフードのチェーン店に興味を示した。



「今度はビデオ映画? 」



雑多にポケ〇ンかゴ〇ラの映画をダラダラ反芻

飽きたらハリウッド(の有名な奴だけ)をダラダラ反芻

ウチは貧乏。親戚は金持ち。友達は少なめ。習い事は多め

そんな小学校生活だった。気がする。



「犬を飼うことになった」

「突然だ」



家も新居になろうとする頃

年に2回幼稚園頃の子供達と

スキーやキャンプで遊んでた頃

まだ、オタクじゃなかった頃

逃げるように漫画を乱読していなかった頃



「……名前はどうする? 」

「ビーズっていうのは? 」



決まった。

パピヨンという犬種である。

小型の犬種の中で最も臆病で繊細で警戒心が高く知能が高い。

(要するに無駄に賢いので飼育が難しいのだ。バカ犬は直ぐに懐く)



「名前の由来は? 」

「特にないよ。綺麗だったから」



面白い物に興味があった。

図画工作も真面目にやった。

友達が少なくても夢中になれるものがあれば

きっと人生は素敵なままなのだと信じていたあの頃。



「将棋も料理もスキーもスイミングも剣道もキャンプも

 映画もドミノ倒しもピタゴラスイッチも日本史も雑学も漫画も

 ペットも犬も従兄妹も親戚も近所の友達も、なんでも好き」



何でもあった。

知的好奇心に中毒性を見出すことが愉悦だった。

世界が狭いままでも良かった。いっちょ前だった。

他人の気持ちを、大きく傷ついて察する練習が

あれだけ辛いことなのだということを、知る数年前の話。



「……」



お正月は餅を付き、明太子チーズを乗せた。

夏休みは山に行き、魚を焼いて食べた。

冬休みは長野へ行き、スキーを滑り、味噌を大きな葉の上で焼いて食べた。



「ある日の夜、突然全てが飽きて怖くなって泣いた。

 つまらなくなる瞬間があった。一人遊びにつまらなくなる瞬間があった。

 相互のコミュニケーションの無い娯楽に限界が来て

 人間はいつか死んでしまうものだと考えるようになった。

 そこでボクは何かに気が付くべきだった」



よく学び、よく大人の言うことを聞き、

よく我慢し、よくルールを守る子であった。

苦しみに対して代償行為の折衷案を思案するのが得意な子だった。

少しだけ賢くて、少しだけいい子で、少しだけ視野の狭くて、少しだけガキで



「あの頃に戻りたいとは思わないけど

 今を生きるのも、とても苦しい」



過去にも今にも、ようやく納得はできたけど

後悔はしてないけど、苦しいは苦しい

怒りは湧いてくるし、無理解のツケは回ってきたし

自己中な振舞いだって、たまには吐き出して学ぶために必要だったことだけど

苦しいは、苦しい。今だって苦しいは、苦しい。



「……」



ボクは中学生に上がってからも

果敢に人生の取り組みに対して

全力の創意工夫を持って応戦し

自我を蔑ろにして心が敗北した

青年期を消耗し納得だけはした



「疲れた。腹減った」



走り出してはいないかもしれないけど

しゃがみこんでた時期は一度だってない。

しゃがんでたらよかったなと思いながらも

ブサイクにボクは弾丸の雨に身をやつしながら

傷つきながら前進を続けた。



「わかんね~」



スタートでもゴールでも

ハッピーエンドでもバッドエンドでもない

何処かの、誰かの、何時かの、何かの……




おしまい。

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『ドミの……』 鳩鳥九 @hattotorikku

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