第25話 深淵まで

「・・・そう、か・・・」

先ほどまで輝いて見えた星も、今は惨めなを晒し上げるスポットライトのように思える。

結局、俺に青春なんて無理なものだったのだ。転生できたからといって人間の本質が変わったわけではない。俺はあの頃の俺のまま。表面ではどれだけ取り繕っても仮面が取り払われたらそこまでだ。なのにも関わらず、俺は茜達と関わるうちに自分もそっち側になれると、愚かにも錯覚してしまったのだ。これはそのツケだ。

「でもね、私はまだ終わったわけではないと思うの」

慰めととれる麗華の言葉は今の俺に傷口に塩だった。

「もう一度、二人で話せたら」

やめてくれ。

「誤解を解けたら、もう一度やり直せると思うの」

これ以上、俺にいらない期待をさせないでくれ。

「だからね、明日私が隙を見て二人で話すチャンスを作るから・・・」


「もうやめてくれよ!そんなことしたって何になるんだ!いい加減、もう迷惑なんだよ!俺はもう、いいんだよ・・・」

声を荒げる。麗華が俺のことを思ってくれるのは理解はできている。でも今はその言葉が聞きたくはなかった。だから麗華に怒鳴りつけてしまった。すぐに後悔の波が押し寄せ、麗華の方を向き直る。

何でも知ってる彼女なら、怒鳴る俺すらも小馬鹿にして流してくれると思っていた。そうだ。俺は甘えていたんだ。辛いときに寄り添ってくれる唯一の理解者に。麗華ならこんな俺でも理解して受け入れてだろうと。


だから、その表情が視界に映るのは予想できていなかった。



彼女は動かなかった。

微動だにせず、虚な目で何処かを見つめている。その視線の先に何かがあるわけではなく、まさしく放心といった様子だった。

「れ、麗華?」

そう口にした瞬間だった。

彼女は膝をつき、頭を抱え何かを呟き始める。その声は次第に大きくなっていき、何かの呪文のように聞こえたそれも次第と輪郭を帯びていった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。こんなつもりじゃなかった。どうしてっ。わたしは、ただかけくんにしあわせになってほしいだけなのに」


「っ!」


考えるより早く体は動き始めていた。俺は麗華の上体を起こし声の限り叫んだ。

「わるかった!本当に!麗華は俺のことを助けようとしてくれていたのに、俺は八つ当たりをしてしまった。本当に、ごめん」

麗華の目は次第に生気を帯び始めその瞳は俺を映していた。

「かけ、くん」

そう洩らす彼女の表情は徐々に色を持ち始めていた。


「だから、もう一度聞かせてくれないか?」

「うん」

麗華は顔を拭い、すっと立ち上がりしゃがみ込んでいた俺に手を差し出した。それに応じ俺は麗華ともう一度対面する。

「明日ね、ここの近くで花火大会があるの。屋台とかも出てて、すっごく賑わうの。だから、そこでなら君たちを二人にできると思ったんだ。私って表面上は茜ちゃんに協力することになってるんだ。それを利用して茜ちゃんを誘い出すから君はそこに合流して。大丈夫、他の皆んなは私が何とかするから」


花火大会、か。

ここに来てから想定外のことの連発ですっかり忘れていたが、この度のメインイベントでもあった。原作でもここでの氷宮への涼のセリフは大人気でこの祭はファンの間は聖地となっている。

麗華の作戦は完璧で、妨害もされにくいと考えられる。確かに、このイベントは俺にとって最後で最大のチャンスかもしれない。

文字通りここを逃すともう後がない。

しかし、そうなると一つの疑問が頭に浮かぶ。

「有難いんだが、どうして麗華は俺にそこまで味方してくれるんだ?お前の仲の良い会長や茜を裏切ることになるってのに」

客観的に見て、麗華が彼女達よりも俺を選ぶ理由が思い当たらなかった。神の気まぐれ、と言われればそれまでだが、俺には明確な理由が知りたかった。

しかし麗華はキョトンとした顔をしてさも当然のことのようにいった。


「私にとって、君の幸せが最優先事項と言うことだよ」



          ◇


私は彼との話し合いを終え一人部屋に戻った。

私としたことが、あんな失態を犯してしまうとは夢にも思わなかった。

ただでさえ精神的に弱っている彼に畳み掛けるように一方的に言ってしまった。

愚かにもそれが逆効果だということに気づかず、早く作戦を教えて安心させてあげたいとまで思ってしまっていた。

そして何よりも重大な失態は彼の前であろうことか取り乱し、と呼んでしまった事だった。

後ときは彼も混乱していた為すぐに疑問に思われることはなかったが、いつ気づかれるかわからない。自分はあくまでも駒の一つに過ぎないと自分に言い聞かせる。

私の目的は彼が前を向き、自分自身の幸せを願い自分の足で歩いていけるようになること。

その為には彼に成功体験を作ってあげる必要がある。学校生活、体育祭などを通して準備他着々と進んできた。ラストピースとなるのは茜との恋愛。二人を恋人同士にすることが使命であり、その為なら誰にどう思われたって、何だってする覚悟があった。


はずだった。


しかし結局私は彼に嫌われることを恐れてしまった。結果オーライではあったが全てが台無しになる恐れさえあった。

まだ完全には捨て切れていない。

もっと深くまで沈める必要があるようだ。

私は機械だ。自己感情はいらない。



彼を救えるのは、茜だけなのだから。


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