第26話 祭

翌日、眠い目を擦りながら体を起こす。

涼と瀧はすでに起きているようで部屋には俺しかいなかった。

昨晩起こったことを頭の中で反芻する。


茜は俺を意図的に避けている。

考えるだけで動悸が激しくなり、その事実から目を背けたくなる。

しかし、これは紛れもない事実であると脳に刻み込む。

パシッと自分の頬を叩き、手早く身支度を整えた後、俺は皆が待つであろうリビングに向かった。


          ◇


俺が着くと皆の警戒度が上がり、居心地が悪く感じる。

かと思いきや意外とそんなことはなく、いつも通りの皆がそこにはいた。

少し拍子抜けするも、無いもないならそれに越したことは無く、俺も団欒の中に加わった。


飲み物を取りに行こうとキッチンへ向かいコップに水を注いでいると背中に突如柔らかい感触が走る。

「うぇっ、な、何!?」

振り返ろうとするも顔をホールドされ、身動きが取れなくなる。

「しーっ、静かに。大声出すとみんなに気付かれちゃうよ」

「れ、麗華か?」

「そ、違和感感じなかった?」

女性に密着されるという前代未聞の状況に鼓動が速くなっていくのを全身で感じる。

しかし、違和感という単語に心当たりがあった俺は朝から感じていた疑問を告げる。

「そういえば、皆が変っていうか、いや、普通すぎるんだ。警戒も全然されてないみたいだし・・・」

・・・・・

俺の答が間違っていたのだろうかと心配になる。そんな邪推も杞憂に終わった。

「正解!流石だね。そう、みんなは君はもう諦めたと思っている。君に茜と接触する意思はないと伝えたからね。だから夜の祭までは我慢して欲しい。その方が成功の可能性が上がるから」

「俺の為にそこまでしてくれたのか、ありがとう」

「言ったでしょ、私は君に幸せになって欲しいの」

本当に麗華には何から何まで感謝しかない。しかしここまで来ると流石に疑問が出てくる。

「なぁ、一個疑問なんだが、俺は麗華に何かしたのか?」

「ん、どうしたの急に?」

「流石に貰いすぎっていうかなんで麗華はそんなに俺のことを気遣ってくれるのか、見当が付かないんだ。」

「んーそれはねーーーー」

麗華は俺の拘束を解き人差し指を唇に当てて言った。


「今はまだ、内緒」



           ◇



楽しい時間はあっという間に過ぎる。

麗華に言われた通り、今だけは全てを忘れこの旅行を満喫していた。

皆で周辺を散策したり、カラオケをしたりと、閑月のせいで涼によるリサイタルが始まりかけたときは世界の終焉を覚悟したが、皆で騒ぐ時間が心地よかった。

だが、楽しいだけの時間はそう長くは続かない。

勝負の時は刻々と近づいてくる。

麗華にここまでしてもらったんだ。失敗はできない。不安と緊張をかき消すように己に喝を入れる。目の前に広がる屋台の灯りが、その時が目の前にあることを示していた。


          ◇


俺、涼、瀧の三人は女性陣と合流する為、鳥居の前で彼女たちの来訪を待っていた。

ここは会長の別荘からすぐのところにある神社で行われる小規模なお祭りだ。

しかしこの祭は規模に似合わず、大きな花火が上がることで有名であり、この地域では有名な祭である。


「お待たせ〜」

声のする方を向くとそこにいたのは浴衣姿に着替えた茜たちだった。

「っ」

あまりの可愛さに悶絶するも本来の目的を思い出し、なんとか正気に戻る。

「どう?仕立ててもらったんだけど」

「似合ってますよ、なぎささん」

裾を持ち、くるっと回る優雅な会長を見て涼が感想を告げる。

「なぎささんだけですか?」

ぷくーっと頬を膨らませ嫉妬する閑月。氷宮も無言の圧を涼に向ける。

「そんなことないよ、閑月も真冬も似合ってる」

「えへへ」と照れる顔を隠せない閑月と静かに頬を赤く染める氷宮。

涼を中心にできるラブコメ空間を前にこの作品の主人公が誰であるかを嫌でも思い知らされる。

(なんか久しぶりだな、この感じ)

ここ最近は茜や自分のことに精一杯で周りに目を向ける暇なんてなかった。

自分の心の成長を感じる。これも麗香のお陰だろう。彼女には本当に感謝しかない。その彼女の為にも俺はもう逃げることは許されない。


茜の方を見ると不意に目が合う。

バチッと音が鳴ったように互いに目を背ける。

が、もう一度俺は茜の方を向き直る。

もう逃げないと、その決意を表すように。






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