一章
プロローグ
ハルフォルド家王都別邸のメイド、サリナは、このお屋敷に仕えてもう五年になる。
サリナは代々ハルフォルド家に仕える従者の家系であった。幼いうちから騎士にも魔術師にも癒し手にもなれる才能がないことは分かっていたので、十歳かそこらでメイドになるための教育が始まった。
粗相をしても怒られないくらいの、少しだけ家格が上のおうちでお手伝いをするのである。そこで数年、基本的なメイド教育を終え、晴れて本屋敷のメイドとなった。故郷から離れるのは寂しさもあるが、同僚たちも一緒なので問題はない。
ヴィクトリアお嬢様が暴れん坊だったのは困りごとだったが、彼女は普段、学園の寮で暮らしているので、たまにしか屋敷に帰ることはない。その「たま」のときこそ手のつけようもない暴れっぷりであったが、基本的には主人のいない屋敷でのんびり過ごせる快適な職場だったといえる。
話が変わったのは一か月ほど前。
ヴィクトリアお嬢様は学園から追放された。
すごく大人しくなって戻ってきた。
人が変わったような、とは誰の言葉だったか。
さらに屋敷が悪霊に襲われるようになった。
そして謎の男が現れた。通称「守護霊様」。正体はサリナには良く分からない。ただ悪い存在ではないのだろうということだけ。
そしてある夜――守護霊様は消えた。
ヴィクトリアお嬢様はいつの間に抜け出していたのか、夜更けにふらふら屋敷へ帰ってきて、もとの性格に戻っていた。気が狂ったかのように「悪霊が! 悪霊が!」と叫んでいるが、サリナに霊感はないので、そこに悪霊がいるのかどうかは見えない。
部屋に引きこもっている。食事をとろうとしない。
それでは餓死してしまう。主人を餓死させるメイドなどあってはいけない。なんとか食べてもらわなければいけないのだが、サリナは昨日、三度も殴られてしまった。
「………………」
そして今。
扉の前。
サリナは、ヴィクトリアお嬢様に朝を告げ、朝食を食べさせるという困難なミッションを与えられていた。
ノックをする。
……返事はない。
「ヴィクトリアお嬢様?」
静かだ。何かがおかしい。いつもは声を掛けると何かしらの反応はあるのだが。
……まさか逃げた?
あるいは……自死?
どちらも可能性としてはありそうだ。そしてその場合、サリナたちメイドもただではすまないだろう。
「お嬢様、開けますよ」
扉を開く。
ヴィクトリアお嬢様はいた。
ベッドの上に。
彼女は静かに眠っていた。静かに、とても静かに。まるで死んでしまったかのように。まるで魂を抜かれてしまったかのように。
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