第39話 戸惑いと拒絶
夜の街は、どこか現実味を失っていた。街灯の明かりが濡れたアスファルトを照らすたびに、美奈の足元はまるで他人のものであるかのように感じられた。
(私は……何者?)
(生まれたの? 造られたの?)
(この声も、仕草も、記憶も……全部、誰かの模倣?)
ふと、ガラス張りのショーウィンドウに映った自分の姿に、美奈は足を止めた。
目の奥が赤く、腫れていた。けれど、その顔は、いつもの美奈だった。
「……私って、ほんとに、美奈なの……?」
問いかけても、答えは返ってこない。
──リバース。
あの言葉が、耳にこびりついて離れない。再生。再び、生まれる。
けれど、その“再び”の前に、本当の“終わり”があったことを、美奈はようやく理解していた。
(私は、終わった誰かの……代わり)
頭ではわかっている。
父が、母が、どれだけの悲しみを背負って自分を“もう一度”抱こうとしたか。
けれど、それを知れば知るほど、美奈の中の“私”は輪郭を失っていく。
歩いているうちに、気がつけば、あの丘にたどり着いていた。
風が冷たい。
夜の草の匂いが、あの墓標を包み込んでいた。
(この下に、本当の“私”がいるの?)
(私は、その“代わり”として生まれたの?)
月の光が、墓標の角を照らしていた。
美奈は、そっとしゃがみ込み、土の上に指を伸ばした。
「あなたは、死んだ。
でも、私は、生きてる。
……それって、どういうことなの?」
涙は、もう流れなかった。
ただ、胸の奥がしんと冷えていた。
遠くで誰かの足音がした。
振り返ると、そこに立っていたのはシズクだった。
「……探したよ」
「なんで、わかったの?」
「ミナが行きそうな場所、ここしかないと思って」
シズクは、そっと隣に腰を下ろした。
「泣いてないんだね」
「……泣いたよ。
でも、涙って、答えくれないんだってわかった」
しばしの沈黙。
「シズク。
私って、人間だと思う?」
シズクは答えず、ポケットからミルクキャラメルをひとつ、美奈の手に押し込んだ。
「これ、好きでしょ」
「……そんな答え方、ずるい」
「でも、わたしにはそれしかできない。
ミナが笑ったとき、嬉しいと思った。
泣いてたとき、そばにいたいと思った。
それだけじゃ、人間って認めてもらえないの?」
美奈は視線を落とした。
手の中のキャラメルが、体温でほんのりと柔らかくなっていた。
「……私、自分が誰かの代わりだって思うと、怖くなる。
でも、私の声で笑ってくれた人がいた。
それが、ほんとなら……ほんとの“私”も、いるのかな」
シズクは、黙って頷いた。
「“リバース”って、たぶん戻ることじゃないんだよ。
ほんとうは、踏み出すってことなんじゃないかな」
夜風が、ふたりの間を抜けていった。
帰り道、美奈はポケットの中でキャラメルをぎゅっと握りしめた。
(私は、生きてる。
誰かが願った命でも、その後の時間は、私のものだ)
(でも、すぐには受け入れられない)
(だから、いまは──立ち止まる)
家に戻ったとき、玄関の灯りはまだついていた。
父が、庭に立っていた。
美奈は、足を止めた。
「……話の続き、また今度聞かせて」
そう言って、ふたたび玄関の扉をくぐった。
『リバースメモリー』より
“代わり”と呼ばれた日を わたしは忘れない
でも それだけじゃない
わらった日 ふれた手
うまれたあとに 手に入れた 景色がある
だから そのすべてを
わたしは わたしのものにする
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