第38話 衝撃の真相
春の風が、やさしく庭の草を揺らしていた。
けれど、美奈の胸の奥では、そのやさしさを打ち消すような重たい鼓動が鳴り響いていた。
あの墓標。
あの映像。
そして、父の沈黙。
「──話してほしい」
夕方、台所で茶を淹れていた父に、美奈は真正面から言った。
「もう、逃げないで」
父は湯呑を置き、何も言わずに頷いた。
そして、茶が冷めるのを待つようにして、静かに口を開いた。
「美奈……お前には、知る権利がある。
だが、それを聞いたあと、俺を許せなくなるかもしれない」
「いい。
私は、知りたい」
父はひとつ、深く息を吐いた。
「──あのとき、亡くなったのは……美奈、お前だったんだ」
世界が、音を失った。
聞こえていたはずの鳥のさえずりも、風の音も、何もかもが消えていた。
「え……」
「地震の夜、NICUが崩れ、救出に時間がかかった。
その混乱の中で……生後まもないお前は、命を落とした」
その声は、震えていた。
「医師も、助からないと言った。
だが……俺はどうしても、現実を受け入れられなかった」
美奈の視界がにじむ。
それが涙なのか、眩暈なのか、自分でもわからなかった。
「それで……どうしたの……?」
「“リバース”という言葉を、研究ノートに初めて記したのは……その翌日だった」
父の語りは、ゆっくりとした波のように、美奈の心に届いていく。
「俺は、生物学者として、遺伝子操作や幹細胞の研究をしていた。
そして……極秘に、その応用を探り始めた」
「応用……って、まさか……」
「──クローン技術だ」
心臓が、一瞬止まったような気がした。
「もちろん、法的にも倫理的にも禁じられている。
だが……あのときの俺は、倫理よりも、喪失の空洞を埋めることしか考えられなかった」
父の声は、どこまでも静かだった。
「亡くなったばかりの美奈の体から、急いで採取した細胞。
その命の名残を使って、胚を作った。
代理母ではない。加世が、自ら……」
美奈の胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……お母さんが、それを……?」
「彼女は、俺以上に傷ついていた。
でも、“もう一度、あの子に会えるなら”って……」
父は、両手を合わせるようにして、顔を覆った。
「俺たちは、誰にも言わなかった。
研究機関にも、親族にも、誰ひとりにも。
この家族の中でだけ、密やかに受け入れるしかなかった。
誰にも許されることではないと、分かっていたからだ」
「出生が事故の約10か月後だったことで、周囲には“未熟児で長くNICUにいた”という説明をした。
あくまで外に向けた帳尻合わせだった」
「じゃあ……私は……」
「お前は、美奈そのものではない。
けれど、美奈のすべてを受け継いだ存在──
俺たちは、それを“リバース”と呼んだ」
「“リバース”……」
美奈の指先がわずかに震える。
「“リバース”って……逆転って意味じゃなかったの?」
父は静かに首を横に振った。
「“リバース”──正確には、俺がそう名付けたのは、“Rebirth”。再び、生まれるという意味だ」
「Rebirth……」
「逆転じゃない。過去をなかったことにするのでもない。
喪失の先に、もう一度命を手繰り寄せる。それが、俺たちの“リバース”だった」
美奈の瞳が揺れた。
「……でも、それって……再生じゃなくて、複製だったんじゃないの……?」
父の言葉は、自嘲のようでもあった。
「けれど、お前が成長するにつれ、違うと気づき始めた。
お前は“誰かの代わり”じゃない。
お前は、お前自身なんだ」
「でも、それはお父さんが、そう思いたいだけじゃないの?」
美奈の声が、かすれて震えた。
「私には、“はじまり”がない。
記憶も、声も、誕生日すらも、本当は“誰かのもの”なんでしょう?」
「違う」
父が顔を上げた。
「たとえそうでも、お前が生まれてきた日から、お前は“美奈”として笑い、泣いてきた。
それが全部、お前自身の人生だ」
言葉が、美奈の胸に刺さる。
けれど、それでも彼女の足は立ち上がっていた。
ふらふらとした足取りで玄関に向かう。
「どこへ行くんだ、美奈──!」
返事はなかった。
扉の外には、夜の気配が迫っていた。
ひとつひとつの足音が、地面に問いかけるようだった。
(私は、何?)
(存在してはいけなかったの?)
(全部……偽物だったの?)
(それでも、生きていいの……?)
(私は、人間じゃないのかもしれない……ただの、模倣体なのか……?)
けれど、歩く足は止まらなかった。
ただ、涙だけが、止まらなかった。
『リバースメモリー』より
ほんとうの名前を なくして
ほんとうの誕生日も 奪われて
それでも 呼ばれていた その声が
わたしを わたしに してくれた
ほんとうでなくても
ここに 生きていた
そのことだけは
もう 誰にも 消せない
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