第8話

25


俺は松葉杖をついて歩行訓練を始めた。

肩にはまだプレートが入っているので、ビクビクしたが、幸い何の違和感も無かった。


この分だと案外早く退院できるかも


「河野くーん」

杏奈ちゃんの弾んだ声がした。


「ジャーン、見て!

ウィッグが届いたの。」


可愛い!

驚いた、女の人って髪型で雰囲気が変わるんだ。


前髪を下ろしたセミロングのかつらは彼女を少しだけ幼く見せた。


「すっげー似合う、

めちゃかわいい。」

彼女は少し赤くなって嬉しそうに笑った。


「えーほんと?」


「本当、本当クラスの誰より可愛い、

学校で1番可愛い。」


ああー

自分のボキャブラリーの貧困さが、忌々しい。

そのくらい彼女の顔は、まぶしく輝いていたのだ。



26


「そのかつらは、退院の準備?」

「うん、外出する時用にね、

おかしくないかしら?」


これは杏奈ちゃんの方が先に退院するかも知れない。

俺は少し焦り出した。


「あの、よかったら退院してからもー」


「もう学校も平気よ。

居づらくなったら、河野くんのクラス、隣のとなりだっけ、

そこに行けばいいんでしょう? 安心ね。」


そう言って彼女は笑った。


俺はやっぱり考えが浅かった。


そこのクラスに俺はいない。

俺たち1年生は、階段を降りた2階にある隅っこの教室だ。


こんな事なら最初から言っておけば良かった。

初めから言っていれば、本当に些細なことだったかも知れないのに。


後悔で悶々とした日が続いた。



どういう訳か、俺の方が先に退院することになった。


「暫くリハビリが必要だが、

近くの整形外科に紹介状を書こうか?」

「えっ、俺ここに通いたいんだけどー」


ほおー

医者はニヤニヤした。


俺が杏奈ちゃんに付きまとっている事は評判になってるらしい。

俺もあれ以来、まわりには迷惑をかけていないしー


「遠いけど、まあ頑張ってな。」

中年の医者はそう言いながら、書類にポンと印をついた。


やったー!

なんだこのおっさん、いい人じゃん。



27


学校に戻った。

あれだけクソ暑かった残暑も過ぎて、もうすっかり秋だ。


「おまえ、一日中エアコン付きの部屋でのんびり暮らせて幸せだったな。」

「何を言う、

これで終わりじゃないんだ、

俺はこれからリハビリに通わなくてはいけない。

忙しいんだ。」


授業が終わると、松葉杖をついて

学校の前からバスに乗って、

駅前で違う系統のバスに乗り換え、

1時間近くかけて病院に着く。


リハビリのメニューを終えると、面会時間終了まで1時間もない。


1分も惜しい。


授業が終わると、大急ぎで松葉杖をついて飛び出して行く俺の事を

“何でリハビリにあんなに気合い入れてるんだ?”

とみんな不思議がったが、構う事はない。


青春なんだー


杏奈ちゃんがいた。

この頃はラインで時間を合わせて、バルコニーで待っていてくれる。



秋深くなって、コンビニの中華まんの種類も増えてきた。


ピザまんやカレーまんは、一応形状が肉まんと似ているので、○○まんを名乗っても許されると思うが、


ホットケーキまんや、ビーフシチューまんまで行くと、もはや日本のコンビニ恐るべしだ。


今日はビーフシチューまんを買ってきた。


「美味しいけど...パンだね。」

「...パンだな。」


でも何を食べても美味しいのには違いなかった。


29


リハビリが終了して、松葉杖が取れた。

俺は細くなった足を鍛えるために、自転車を買った。


実際、学校から病院までは自転車で行った方が早い。

寒くなってきたのでもうバルコニーには出られないが、病室で相変わらず取り止めのない事をお喋りした。



その日

杏奈ちゃんは、ベッドの上でかつらを被って

少しお化粧をして上機嫌だった。


「もうすぐ退院ですって。」

「本当?

ずいぶん退院が伸びちゃったもんなぁ

いよいよか。」

杏奈ちゃんはニコニコ笑っていた。


「最後の検査のために、無菌室に入るから

3日くらい会えないけど、そのあと一時帰宅だって。」

「そっかー、良かったなー

おめでとう!」

杏奈ちゃんはニコニコ笑っていた。


どうしよう

今ここで実は年下の1年生ですと打ち明けて、

そのあと告っちゃおうか?

がっかりされるかな。


俺は言い出せなかった。

「あ、あのさ、

来年の七夕の花火大会、2人で絶対行こうな。」

「うん、楽しみにしてるから。」


どうせ学校に行けば分かってしまうことだ、

今はこれでいいや、後で謝ろう。


彼女は笑っていた。

もしこの時、勇気を出して“好きだ”と告白していたら彼女の態度は違っていたのだろうか。





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