第7話

22


『おはよう』

朝一番にラインした。

既読のマークは付くが、なかなか返信が来ない。

(こういうじれったいのもいいな。)


暫く経って返信が来た。

『おはようございます。

もう友だちが10人できました。』


えっ、はや!


俺は一晩で、10人の友だちのうちのひとりに成り下がってしまった。


俺は杏奈ちゃんと少しでも一緒に居たかったから、

島田のじいさんと杏奈ちゃんがバルコニーで喋っているのを見かけると、よく混ぜて貰った。


杏奈ちゃんは話している最中でも

着信音が鳴るとすぐに対応しているから

会話が途切れる。


俺としては面白くないが、杏奈ちゃんが楽しそうだからまあいいや、


必然的に俺は島田のじいさんとも話すようになった。


じいさんは片瀬の漁師だった。

半分ボケが入っていて、

時々おかしな事を言う。


「優しい娘でなあ

今度一緒に住もうと言ってくれてるんだ。」

「ふーん、そりゃ良かったっすねー」


「コラ、

おまえは、弟子のくせに口の利き方も知らん。

船もろくに漕げん奴が、生意気だ。」


「じいちゃん、今はエンジンだから。」

「うるさい、今度、みっちり鍛えてやるぞ。」


「へいへい、じいちゃんその前にまずは腰を治そうな。」



「島田さんに娘さんがいない事?

知ってるわよ、

でもいいの、それで喜んでくれるから。」


「杏奈ちゃんは凄いね、

自分も病気なのに、他の人を気遣って、

いつも前向きでいられるんだ。」


「そんなんじゃないわよ、


入院ですって言われた時は、正直ホッとしたのよ、

もう学校に行かなくてもいいんだと思って。

後ろ向き過ぎるわよ。」


23


「体調が悪かったから、入学式より、2週間くらい過ぎてから学校に行ったの。


そしたらもうみんなグループみたいのができていて、

弾き出されちゃった。

女子は遠巻きに見ているだけだし、

怖そうな男子たちには睨まれるし


だから隅っこで本ばかり読んでたの。


でも両親には心配かけたくないから登校しなきゃならないでしょう。

もう居場所なんかなかったのよ。」


「杏奈ちゃん、虐められてたのか?」

「違うよ、ボッチって言うの?

無視されてただけ。」


「もう、虐めだろうそれ、

サボっちゃおうって考えなかったのか?」

(真面目だからなあ)


「うん、だから、病気になってラッキーって。


ここは居場所があるの

みんな声掛けてくれるし、話し相手にもなってくれるし。」


「ひでえ話だな、そいつら許せねー


今度さ、ボッチにされたら、俺のクラスに来ちゃえばいいよ。


いや、それより俺がボディガードになって杏奈ちゃんのクラスに行ってやるから。

授業バックれる奴なんてしょっちゅうだから

2.3人減っても分かりゃしないよ。」


彼女は笑い出した。


「なんだかマンガみたいね。」

「あれ、杏奈ちゃんマンガなんて読むの?」


「河野くんのおすすめアプリじゃない、

小学校以来かなぁ

でも面白くて毎日寝不足になりそう。」


「そりゃ良かった、んで、何読んでんの?」

「秘密、何でもいいじゃない、」


「俺も同じ物読むから」

「まさか、男の子にはつまらないよ、

ホラ、私、中学が女子校だったからー」


「あー、学園ものかー」

「ダメ、これ以上言わない!」

杏奈ちゃんにしては珍しく、顔を赤くしてプンと横を向いた。



24

 

夜中に起きてしまった。

隣のベッドで、ジジイと杏奈ちゃんが、何か楽しそうに話している。


(こんな夜中に非常識だろう!)

ヒソヒソ楽しそうな声はずっと続いた。


俺は聞こえないように頭からサメを被った。

杏奈ちゃんは構わないって言ってるけど、明日島田のじいさんに文句を言ってやろう。


ウトウトしているうちに、眠ってしまった。


明け方、大勢の足音で目が覚めた。

医者が駆け込んできた。

整形外科の病棟で医者が走る事なんて滅多にない。


病室の中は物々しい雰囲気で、

看護師も何人も来ていて、ひっきりなしにあちこちと連絡を取り合っている。


島田のじいさんは、腰以外どこも悪く無かったはずだ。

さっきまで、杏奈ちゃんと喋っていたのに、

本当に突然にこんな事ってあるんだ。


島田さんはストレッチャーで運ばれていったが、そのまま帰ってくる事はなかった。


「ゆうべ、杏奈ちゃんが帰ったすぐ後に、心臓が止まっちゃったんだ。」

「ゆうべ?

私来てないわよ。」


じゃあ、あれは夢だったのかなあ?


町内会長と隣のおばさんとかいう人が荷物を引き取りに来た。


「ずっと独り暮らしだったけど、

以前、身寄りのなくなった遠縁の女の子を引き取ってね、


『娘ができたみたいだ、』と言って喜んでいたのにその子が学校に行く途中に交通事故で亡くなってしまってねえ。


あ、ほらほら、」


そう言って見せてくれたのは、セピア色に変色した古い写真だった。

(おさげ髪の杏奈ちゃんだ。)



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