第5話
僕はようやく肩の緊張を解いた。
踵を返しオートロックの扉を抜ける。新入居者の荷物搬入のための内壁保護用のシートが取り付けられているエレベータに乗りこみ、現地販売センターとなっている301号室へ戻る。
そのドアの前で、大きくため息をついた。
そっと中へ入ると、微かに低く抑えた調子の話し声がする。
玄関口に立ち、足下に目を走らせた。
営業社員の革靴が右の端に寄せられて、一列に整然と並んでいる。それ以外の靴は一足もない。つまり、現在来客はなしということだ。
僕は、その列の最後に自分の靴をそろえて置く。
正面奥にあるリビングダイニングには交渉用の長机とパイプ椅子があり、その脇に洋室の入り口がある。そこが、現地に詰める社員のための仮設事務所になっていた。
ドアをノックして入ると、高瀬課長が電話の受話器を耳に押し当てたまま、ちらりと僕を見た。どうやら、他の社員は三人とも出払っているようだ。
モデルルームの来場客が見込める週末は、課長以外に一人が待機するのが通例で、主任を含めてあとの皆は販売物件の周辺地域へ集客に出ることになっている。
僕も客を帰したので集客に出ることになるが、この雨だ。きっと、広告も靴もずぶずぶに濡れてしまうだろう。
が、その前にそれ以上に気が重いことがある。そのまますんなりと外へ出られるわけではない。
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