第9話「逆転ー信じる仲間ー」
体の内から温かい何かが込み上げてくる。感情のような曖昧なものでもないはっきりとした何かが全身に染み渡っていく。
「これが魔力!?」
体の中に染み渡る内側の魔力と体の外に溢れ出す外側の魔力の二つを感じ、名無しは適合が成功したのだと悟った。
溢れ出る金色の魔力を身に纏い、天使のような煌めきさが名無しの目に映る。
それと同時に、自身の能力がまるで産まれつき備わった体のように理解できた。
走るという動作を考えなくとも自然に走ることが出来るように、自身の能力が意図しただけで使えると確信出来るほどの理解を得ることが出来た。
能力の名は再生の書。
金色の魔力を使い、失われた生命を蘇らせる魔導書。
使いたい魔術の章と節を開き、外側の魔力で魔法陣を描き、詠唱。任意の魔力を込めて魔術を発動する。
魔術と呼ばれるものの原理は不明だがそんなことなど名無しにとってどうでもよかった。
名無しは今まさに欲している超常の力を手に入れることが出来た。歓喜するにはまだ早いが、生き残る活路が名無しの頭に浮かぶ。
この能力ならラルを助けられるかもしれないと名無しは手のひら返しに運命に感謝した。
そして、能力を獲得した時納得するように何故この能力が生まれたのか理解できた。
この能力はきっと誰かを助けるために生まれた。自身と同じような思いが幾重に重なり生まれたのだと、名無しは何故だかそう感じた。
魔力や能力の情報が頭に入り、意識が引き延ばされたような感覚が現実に戻る。
一瞬の出来事は数分のように感じ、感情を静めあらゆる出来事を広域的に認識できた。
魔導書を手にした名無しは急いでラルの元に向かう。能力のおかげで頑丈になっているとはいえ、命の灯火は残り少ない。
あと数秒で死に至るのは能力で測らずとも分かる。名無しは魔力と同色の魔法陣を足元に展開し、魔術を行使した。
「亡失する血肉は慈愛の祈りに精を受け、願いは天へと至る。再生の書第一章三節、"
両手を血濡れた傷口に乗せる。
詠唱後、魔術は発動し手のひらからラルに向かって魔力が流れ体を包みこんだ。
金色の魔力はみるみる肉体を再生させていく。
重症の傷を跡形もなく消して、一命をとりとめたラルは目を覚ました。
「ここは?」
意識が回復したラルは困惑していた。
咄嗟に避けたとはいえ体を半分まで切られたのだ。あれから命が助かるのは不可能。ましてや、傷一つ失い全快の状態に戻すなど。
けれど、ラルの体は原形を留めていた。
理解不能な現状にラルは唖然とするしかなかった。黄泉の世界かとも思ったが頬を抓っても痛かったのでどうやら違うらしいというのが分かる。
剣と剣がぶつかる音が外から聞こえた。
ともかくとして体は五体満足に完全回復し意識ははっきりしていた。
ラルは立ち上がり手助けに向かおうとするも名無しに掴まれ、再び仰向けに戻った。
「少し待って」
自身の事に注視していたラルは横に名無しがいたことにやっと気づいた。
「もう動ける。わいが行かなきゃ勇人が……」
再び重い体を引っ張っるようにしてラルは起き上がろうとする。
しかし、名無しはそれを止める。
「今じゃない。あいつが攻撃を受けたのは奇襲の時のみ。正攻法ではまず攻撃すら当たらない」
「じゃあどうしたらいいんや!!!」
今できるのは自分も一緒に戦うことだと、語気を強めラルは言い返す。
「私に秘策がある」
魂喰霊にはおそらく意思がある。
まず最初にこの中で一番脅威になるラルを倒し、他二人を放置。その後不意打ちを受けたこと。
そして、勇人に対してまるで遊んでいるかのように攻撃を受け反撃をせず終いには左手でリズムをとっている。これを見て意思がないだということはないだろう。
であれば最後の一撃には致命的な隙が生まれる。なんてたって生き残り二人が死ねばそれで終わりなのだから油断したところでリスクはない。
だからこそ死んだはずのラルの攻撃は致命の一撃となる。
そう言い、化け物殺しの計画をラルに言い渡した。
「なるほど。ってほとんどわい頼みやないか」
「そう。だから」
ラルの右肩に名無しは手を乗せた。
「託したよ」
名無しはラルの目をまっすぐ見る。
そして、ある場所へと、名無しは駆け抜けた。
勇人は魂喰霊の足場を切り崩したり、宙に飛ばしたり様々な手を使い体勢を切り崩そうとした。しかし、猛攻の甲斐虚しく全ての攻撃は弾きかえされた。
「勇人!!」
再び名無しは屋上に上り勇人に合図をした。戦闘が激化する最中でもやはり名無しの声を勇人は聞き取った。
灰色の雲と屋上にいる名無しの映る光景はつい先日の出来事と酷似していた。無機質な世界に人の影は少ない。
けれど、今の名無しには空一面に広がる灰色の雲がこれから晴れる未来を示しているように見えた。
それは人間という名の希望を目の前に見えていたから。
そして、
「助けて!!」
名無しは屋上から飛び降りた。
大の字に出来るだけ空気抵抗を受ける姿勢で落下する名無しは、恐怖をその身に受け会ったばかりの仲間を信じた。
自分の身を投じるほどの信頼をその日会ったばかりの勇人にかけたのだ。
咄嗟の判断で勇人も名無しを信じた。
コンマ数秒の刹那にて、名無しの死と魂喰霊の反撃を天秤にかけ名無しを救おうと決めたのだ。
勇人は名無しを受け止めるよう一歩で数十メートルを飛び衝撃を与えないように建物に自分の体をぶつけゆっくりと名無しを抱きかかえた。
数秒の隙を逃さず、魂喰霊は二人を殺そうと柄を手に取り漆黒の魔力を刀身に込める。勇人達に迫る剣は二人には止められない。
それを理解し名無しは全てを託した。
(頼んだよ。ラル)
魂喰霊に向かい飛び出すラルを見て、全てを信じ名無しは目を瞑った。
「はあぁぁぁぁ!!!!」
半月が地平線から姿を現しラルは人狼となる。その毛並みはあらゆる攻撃を弾き返す鉄壁の盾となり、更に増した腕力と鋭利な爪は敵を切り裂く矛となした。全身が人型のまま狼の姿をなすそれはまさに人狼だった。
ラルは不意をつくように地上から魂喰霊に接近し、熊をも切り裂く鋭い爪を魂喰霊の肉体の内部まで食い込ませた。
「くッッ……!!!」
だが肉体の半分、心臓部に位置する核の一部を損傷させたところで勢いは静止し、魂喰霊は校庭に吹き飛ばされた。
すかさずラルは建物の角を掴み、それを推進力に魂喰霊を追い勇人も名無しを地面に着地させたのち、戦闘に入る。
致命傷を負った魂喰霊の起き上がる隙を与えないように、ラルは悪魔のような両手を地面に押さえつけた。
勇人はその隙を見て一瞬で距離をつめ剣筋を首にとらえた。そして押さえつけられ動けない相手にいとも簡単に刃筋が通り、魂喰霊の首と胴体は離れ離れに切断された。
「まだ!!!」
だが、名無しの言う通りこれでは終わらない。
核を破壊しなければ肉体を限界まで酷使し奴らは命を刈り取ろうと執念深く襲い掛かる。
その考えに一歩及ばず、首を切られたら死ぬという固定概念が油断を生み両手は振りほどかれラルは腹に数発の打撃を食らった。
重い打撃にラルは片膝をつく。
隙を見た魂喰霊はその場から離れ、ラルを殺そうと剣を構えた。しかしそれを許さないように、間に入り力を使いきるつもりで刀を必死に振り続けた。
「わいもおるんや!」
立ち上がりラルも攻め始め、挟み撃ちになるように二人は立ち回った。剣は刀と拳は爪と相対し、二人は魂喰霊が逃げる方向に移動しながら攻撃をし続ける。
そして、ついに勇人の刀が肩をかすめ魂喰霊のバランスが崩れた。そこを逃さないとばかりにラルは重みを乗せた拳を魂喰霊に意趣返しの意をこめ叩き込み、反対からは数十の切り込みが体に刻まれる。
「「はぁぁぁ!!!!!」」
絶えまない2つの攻撃が肉体の表層を突き破り、どんどんと核の元へ接近する。噴出する血飛沫が服につくとともに損傷を与え、一撃一撃をさらに速く重く、体を切り裂くイメージを持って二人は攻撃しする。
踊り狂うように魂喰霊は血を流しながら攻撃を受け続ける。
赤と黒ニ色のみが映る視界。
勇人が太刀を入れる瞬間、光り輝く球体の黄緑色の核が二人の目に映る。
魂喰霊は抗い攻撃を止めようと悪魔のような真っ黒な手で二人の首を掴もうとする。
しかし、その手は空を掴んだ。
核が見えた瞬間二人は息を合わせるように距離を取り、己の剣を構えた。
勇人は相手の顔を真っ直ぐに捉える正眼の構えで、ラルは重心を前にし前傾姿勢で核を正面に右手の爪を前に構えた。
その光景は名無しがいる校舎側から正面に見え、緊張が高まる一撃に名無しは息を呑む。
純白の魔力で刀が輝き、赤色の魔力の一回り大きい爪が光る。
同時、刀と爪から流れる血が地面につき二人は技を繰り出した。
「斬魂一閃!!!」
「爪痕一閃!!!」
二人はコンクリートが割れるほどの強い踏みこみで核に向かい、勇人は刀を横薙ぎに、ラルは右手を心臓へ突き出した。
二者の一閃は各々の魔力で混ざり合い輝く。
肉体を突き抜け二人の攻撃は核に到達する。だが寸前魂喰霊も倒されまいと漆黒の魔力で核を囲うように障壁を展開した。
剣は障壁に阻まれるが二人は止まらない。その刃は闘志に満ちていた。揺るぎない信念が結界に亀裂を生じ始める。
三つの魔力、攻防のせめぎ合いが何人たりとも近寄せない暴風を吹き荒れさせた。
そして、力の奔流に耐えられなくなった結界はパリンと音を立て消滅し、一閃は核へと至った。
核は損傷した部位から亀裂が走る。
それでも、魂喰霊の力は揺るがない。
魂喰霊は黒剣を強く握りしめる。
体勢の取りづらい状況で黒刀が勇人の首に迫る。
寸前、勇人は気づいていた。
このままでは避けられないことに。
それでも勇人は刀に力を込め続けた。名無しが命をかけて作ったチャンスを我が身可愛さで捨てるくらいなら、自分の命をかけてみせようと勇人は刀を強く握った。
「はあああ!!!!!」
最後の力を振り絞り、黒剣が勇人の首に触れ薄皮が斬られて赤い血が見える。
瞬間、一閃は核をガラスが割れたように粉々にした。
核が壊れ、勢いそのままに勇人とラル二人の立ち位置が交差し白と赤の軌跡が空中に浮かび上がる。
強く持つ黒刀が手から離れ、力がなくなったようにダランと手が振り下ろされ、魂喰霊は仰向けに地面に倒れ込んだ。
それは誰から見ても明らかな勝者と敗者の図。
つまりこの勝負───。
「私達の勝ちだー!!!」
名無しは目一杯の歓喜の声を上げる。勇人とラルの二人は全力を出し、疲労困憊にその場に倒れ込んだ。
この残酷な世界で勝利を手にしたのは世界九割を殺した現時点での頂点捕食者魂喰霊。ではなく、恐怖を乗り超え仲間を信じ、下剋上を果たした勇気ある三人の人間だった。
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