第二章「霧の街の失踪」

第10話「第二拠点へ」

「勝ったんだ……」


 勇人は勝利した実感がなく、心臓の音がうるさく息が荒いのに不思議なくらい心は澄んでいた。どれほど敵が強いのか、勇人は戦って理解していた。


 勝つ方法の一切が思い浮かばないほどの強者。だからこそ、勇人は達成感よりも勝てたのかという驚きを強く感じた。


 柄を持っていた今もなお震える右手を空に突き出し、その手を握った。


「これからだ」


 魂喰霊に怯え、無慈悲に虐殺されるのを見ていただけの一年前とは違う。これからは反撃だといわんばかりに作ったその握りこぶしはもう震えていなかった。








 その後、三人は物資を回収するという任務を遂行。島名を回収した後、持てる物資をラルに乗せ、第二拠点へ山の中を通り向かっていた。


「よく勝てましたね」


 合流した島名が一部始終を聞き、言葉に出した第一声は驚嘆だった。


 それもそのはず、敵の強さは三人を勝っていた。

 敵が勇人を甘く見ていなければ瞬殺されていたかもしれない。ラルも瀕死になり、名無しは屋上から飛び降りたのと核を喰らい二回死にかけている。


 今回は色々と偶然が重なった結果の勝利と言える。そもそも名無しが再生の能力を得られなかった時点で、三人は勝つことはできなかった。


 選択を間違えば死んでいたのは魂喰霊ではなく自分たちだと名無しは分かっていた。


(やっぱり魂喰霊とは二度と戦いたくない)


 戦えば損害を受けるだけで、得られるのは核だけ。リスクとリターンがまるであってないまさに骨折り損。


(なんであんなのと私たちは戦ったのやら…って)


「あ!!白廻石」


 魂喰霊に見つかったときの記憶を思い出し、名無しは言う。


「そうだ!!あれが原因だったんだ。忘れてた」


 勇人も忘れていた弓矢のことを思い出す。


 衝撃と共に火花のようかな白い円を描き発光、甲高い音と失明するほどの光を放った鉱石。矢じりに使ったそれを勇人は知っていた。


「あれは間違いなく白廻石だった」


「なにそれ?」


『あれやろ。確か二十二年前に見つかった鉱石で魔導科学に使われたやつ』


 ラルの言う事を名無しは知らなかった。

 名無しの年齢的に最近のニュースには載っていなかった。


 しかし、それよりも矢が飛んできたこと自体が問題だった。


「僕が聞いた話では飛び道具を使う魂喰霊は大砲と銃と弓ぐらいで、放たれた弾丸や矢は数秒で消滅するらしいです。なので、」


 実際にあった矢はその場で消えずに残っていた。

 つまりは、


『ちゅうことはまさか!?』


「意図的な誰かによるもの」


 名無しの言葉に皆が静まり、ラルの足音だけが淡々と一定の間隔で聞こえる。


 意図的な犯行。

 あの場で名無したち三人を間接的に殺そうとした誰かがいることになる。それもわざわざ悪目立ちする石をつけた矢を入念に準備して。


(けど何で?魂喰霊が蔓延るこの世界で私達を殺したってメリットがあるとは思えないけど)


 化け物相手で手一杯。

 人同士で争っている場合でもない。そう名無しは考えていたが現実はもしかしたら異なるかもしれない。


『まったく……化け物避けて研究所行くだけの単純な話じゃないなってきたわ』


 本当にその通りだ。

 化け物以外に敵が増えるのは最悪でしかない。今は手を取り合わなきゃ乗り越えられないというのに。


「頭を抱える事案ですね。教魔団でもないでしょうしこれで敵対勢力は三つ目ですよ。これで」


 (三つ目?魂喰霊と謎の矢の二つじゃなくて?それに教魔団って?)


『も〜真面目な話は会議の時で良いやろ。お!!街が見えてきた!!もうすぐ着きそうや!!』


 ラルは空気が重く真面目な雰囲気を抜け出すように話題を変えた。


(う〜ん、確かに。気になることは山程あるけど、今はみんな無事に乗り越えられた事を喜ぶべきなのかも)


 山林を超え、名無し達の前にある光景が目に入る。


「これは…」


 かつての都市の原型をそのままに、マンションが軒を連ね街灯や家の照明がまばらにつき、洗濯物も放置されぶら下がっていた。

 街の様子は霧も相まって虚しく、人の姿が一切見えない。


 通りにはゴミが散乱し、血の跡や瓦礫が道をふさぐ箇所や大地が割れたような峡谷が見える。

 荒くれた光景からこの街に住んでいた人々は、ここで殺されたか、全てを捨て逃亡したかの二つだと分かる。


 ここは霧に覆われた街「ルーヴェステリア」

 人の死も希望たる太陽の光も霧によって世界から隠す。ずっと霧に覆われた星も月も見えない夜の世界。


 かつて栄えていた都市の姿は廃虚と化し、今は化け物と殺された怨念が渦巻く「ゴーストタウン」となっていた。


「街?」


 名無しが見たそれは街と呼べるものでは無かった。山がまるで海岸かのように、見渡す限りの雲海が反対に見える山々にまで広がりおそらくだが街を覆い尽くしていた。


 だがどこを街と言っているのかは分かった。雲海が地平線のように続く中、一際目立つ一本の塔が突き出ていたからだ。


「そう。ここが霧の街「ルーヴェステリア」。第二拠点がある街だよ」


 勇人が言う通りどうやらここが街らしい。

 街全体が雲海に沈んでいる海底都市ならぬ雲底都市を勇人が指さし、都市の在処を再確認する。


 凝視してもやはり雲しか見えない。

 ただこれ程外から見えないと隠れる意味では最適な拠点だろう。入り口がどこかは分からないが。


『よし、隊長には伝えたし、ほんなら行くか』


 そうして名無し達はラルの背中に乗り、勢いよく霧の雲海の中へと入っていった。肌寒く、少しだけ暗い霧の中へ。


 中に入った名無したちだが、自分たちの姿以外何も見えないほど霧が濃かった。


 道の上を通っているのは体を乗り出し地面を見れば分かった。それでも真正面をみれば白一色で何も見えない。


 勇人から聞いた通りだ。今いる外層は最も霧が濃い地帯で建物の形も触れる距離にいかなければ分からないほどだという。


『こっから暗くなる。周囲をよく見ろ』


 そして、名無したちは外層を越えて中層へ突入する。そこは光が届きづらい上に霧が濃く、魂喰霊に探知されれば一巻の終わりの最も危険な地帯。


 外層よりは霧が薄いが暗くなっていくせいでより視界の見えづらさは増していた。


「ん?今、一瞬人影が映ったような……」


 ラルの走る横を何かが名無したちとは反対方向に向かっていくのが名無しには見え、すぐに後ろを振り向いたが人影は見えなかった。


「どうした?もしかして敵?」


 勇人は刀に手を乗せ周囲を警戒するように辺りを見渡す。


「いや建物かも。反対方向に向かってるように見えたけど気の所為だと思う」


「そ、そうか…」


 勇人は心底安心したように息を抜き、緊張を解くようにして刀を鞘に収める。


『よかった〜。ほんと……』


 勇人の心の声が名無しには聞こえた。

 どうやら勇人は怖いのが苦手らしい。さっきから気が抜けているのか、びっくりしているのが感じ取れる。


 建物が見えてそれが何かしらに見えたり、名無し達がいることに対してまでビビって悲鳴を上げていた。


(かわいい。小動物みたいで)


「かわいくないからね!名無し」


(ん。聞こえてたか。私も緊張感が無いな。集中しなきゃ)


『お前ら。茶番やってるうちにもうすぐ着くぞ』


 呆れたようにラルが街に入ることを知らせる。

 同時、名無したちは霧が薄くなっているのに気づいた。中層を超え内層へ。名無したちは街に足を踏み入れたと理解した。


 西洋風の街並みに街灯の光が点滅している。通りにゴミが散乱し住居から人の気配を感じられない。まさにゴーストタウンと呼ぶべき場所へと到着した。


 空気は冷え、吹き抜ける風は一切なく物音はしない。不気味な街の様相だったが、以外にも恐怖は感じなかった。

 幽霊があまり怖くないのと信じてないのもあるが、名無しの横にもっと怯えている人がいて恐怖はすっかり消えていた。


「ねぇ……。帰っていいかな……」


 名無しの服を引っ張り、腰の引けた様子で言う勇人。やはり、ホラー的なものが勇人には苦手らしい。


「帰ったら、土に還るよ」


「背水の陣か…………」


 そんなこんなで、特になんらあるわけでもなく順調に道路であろう場所をラルは泰然と駆け抜けていた。


 それにしても暗い。夜と言えるほど辺りは闇一色ではないが、昼頃だというのにこの暗さ。街灯がつくのに違和感がない。


 夜はどうなるのだろうかと名無しは疑問に思う。


(それに何で電気が?)


 街灯どころか家の中にまで明かりがついている。

つまり、発電が今も生きてることになる。不思議に思い名無しは辺りを見渡した。


 しかし、変わらず景色は続いていく。

 頭の上に疑問はたくさんあるが、名無しはこのまま第二拠点に着くだろうと安心していた。


 だが、いつまでもうまくいく現実など存在しない。


 十字路になっている道路の真ん中をラルが通ろうとしたその時、チリンと鈴の音色が異様な静けさの中鳴り響いた。


 その瞬間、正面名無しの目線の先、狐の仮面を被った少女二人がどこからとも無く現れる。


 二人は名無したちの方を向いた。


 和服、いや巫女服に身を包んだ狐の耳と尻尾が特徴の少女が道路の真ん中にいた。


 すぐに緊張感を取り戻し、名無しは敵かと思い警戒する。心臓の鼓動が早くなるのが胸の奥から伝わる。


 目線を逸らさずいつでも割って助けられるように、名無しは魔導書を左手に顕現させる。


 魂喰霊ではないだろう。

 だが、仲間とも疑わしかった。


 名無しは思考を張り巡らせ詮索するが、続くラルの言葉によってそれは意味が無いことを知った。


「久しぶりやな。道案内を頼む」


 ラルの言葉を聞いた少女二人は同じ歩幅、同じ動きで互いの仮面を見るように横を向き正面の道を開け顔を下げ一礼した


 どうやら仲間だったらしい。名無しは一息安心するとともに息を吐き、魔導書を虚無に戻した。


 だが油断は出来ない。

 言い表すことができない違和感を狐の少女二人から感じたからだ。人間と違うなにかがあるとなぜだかそんな気がした。


 道路の脇に立つ狐の少女二人は、神楽鈴という鈴が複数個ついた鈴を虚無から取り出し音が重なるように同時に鳴らす。


 チリンという鈴の音が先ほどと同じように響く。


「え?」


 音色が止み、名無しは正面を見た。

 すると、狐の少女の背後に最初からあったかのように赤く少し苔むし緑がかった鳥居が現れた。


 鳥居は黄色い魔力で揺らめいて見えた。

 西洋風な街の外観に異質な和の鳥居は霧と夜の様子も相まって不気味だった。


「懐かしいな……相変わらず心臓に悪いが」


 勇人はラルの背中から降り、恐る恐る鳥居のほうに向かっていく。島名もそれに続いた。


 名無しも地に降りたったが一歩身を引いた。

 正直言って怖かったのだ。あの少女二人が微動だにせず一言も喋らないのもあったが、それだけじゃない。


 名無しは、謎の違和感を探るため二人を凝視しあることに気づいた。

 二人は呼吸もしていなければ微かな人間のしぐさも感じられない。ほんとうに人間なのか疑わしいほどに。


「はよいかんと危険やぞここは」


 獣魔化を解き、ラルは物資を赤い魔力で作った大きな左手で持った。


 ラルに背中を叩かれ名無しは前に進んだ。


 覚悟を決め名無しは朱色の鳥居をくぐり抜ける、 

 狐の二人は付き従うように背後についてきた。


 名無したちは奥へと進んで行く。

 すると、チリンという鈴の音が再び鳴り、通りぬけた鳥居の姿は消え十字路はT字路に変わった。


 それを名無しは後ろを振り向かず気づかなかった。


 案内役なのに後ろなのと思ったがどうやら案内はしているらしい。正解の道は行く先々の街灯がつく通り道を通ればいいとラルから聞いた。


 道路を通りマンションの脇道、路地裏まで通り名無したちは目的の場所に辿り着いた。


「ここ?」


 後ろを振り向き名無しは狐の少女に聞く。

 二人は頷き指を指した。他の家には照明がついていないことからこの家の中が正解の道なのだろうと分かる。


 庭付きの三つの三角屋根が正面にある豪邸と呼ぶには小さいが一軒家にしては広すぎる家に名無したちはたどり着いた。


 ラルの後に続いて中に入ってみると家具などが置きっ放しで生活感があり、魂喰霊が来るまでは普通に暮らしていた事が分かる。


 名無し達は玄関から左手の扉を通りリビングの中を通った。バラバラになった花瓶や皿などの陶器が地面に散乱し、家具が所々転倒していた。


 切羽詰まっていたのだろうというのが見て取れる。少し歩きにくいが通れなくは無かった。


 足元に気をつけながら進んで行った名無しは、左角の暖炉の上にあったものに引きつけられた。


 父と母が立ち三人の子供が椅子に座っている写真が荒れた様相の中きれいに倒れず立て掛けられていた。身なりやらこの家やらで裕福だったのが分かる。


 だが、名無しは家族というものの光景がそこにあることに対し羨ましいと思った。


「形に残せとけばよかったなぁ」


 思えば家族を繋ぐ実体がありものは一つも無い。   

 名無しは少しばかり後悔し、誰も聞こえないくらい小さくもう叶わない願いを呟いた。


 リビングを抜け、照明が切れているのか暗くてよく見えないが階段にたどり着いた。


「ここです」


 階段裏のデッドスペースにある地下への扉が見えた。どうやら拠点は地下にあるらしい。


 島名が暗闇にある扉を開ける。

 瞬間、名無しの体に悪寒が走った。地下から溢れ出す微かな魔力から鳥居の不気味なオーラを感じ名無しは身を震わせた。

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