第8話「願望」
吹き飛ばされた魂喰霊に視線が滑る。安堵したからか全身から力が抜け立つことが出来ず勇人の方を振り向く。
その時、名無しは全身に寒気と吐き気を覚えるほどの光景を目の当たりにし、声が出なかった。
「吹き飛ばしたけど倒したわけじゃない。早くここから」
腰が抜けて動けない名無しを抱きかかえ、すぐにこの場を去ろうとする勇人。刀を鞘に収め、名無しが向いた後ろを振り向く。
そこで勇人も衝撃の光景を目にする。
「嘘、でしょ」
そこにあったのは胴体の右半分まで体が引き裂かれ断面から血だまりができるほどの血を垂れ流し倒れている瀕死のラルの姿だった。
「ねぇ勇人……」
全身から汗が噴き出る。
嫌な予感を感じ、涙目になりながら口元を覆い名無しは勇人に訴えかける。
「死んで、ないよね……」
肋骨は粉砕、肺も片方は真っ二つになり機能停止。傷の深さから脊椎も損傷しているかもしれない。そう理解していても名無しは今の状況を信じられず勇人に言葉を投げかける。
それに対し、勇人から出た言葉は非常で現実的な一言だった。
「師匠は助からないっ……」
曇った目で切り裂かれた断面を見ながら、勇人は手に力がこもる。
しかし、そんな事などお構えなしだと言うようにコツコツと歩みを進める音が勇人の耳に入る。
仲間の死を物ともしないかのように黒刀を持った魂喰霊が風穴を開けた瓦礫からゆっくりと現れる。
「お前か」
勇人は振り返り、鋭い剣幕で魂喰霊を睨む。
「………」
当然返答はない。
そのような機能は持っていないのだから、魂喰霊は構わず進み続ける。
「お前がやったのか!!」
一触即発の空気。
瓦礫を踏み魂喰霊が広場に足を踏み入れた。それが開戦の合図だった。
勇人と魂喰霊は勢いよく飛び出し、純白の刀と漆黒の剣がぶつかり鍔迫り合いとなる。力はほぼ互角だった。
両者が放つ魔力によって辺りの風は吹き荒れる。
互いにぶつかった魔力は反発し白と黒の雷が荒れ狂い、周りの建造物を砕いた。
今まで行動を共にした師匠を殺された勇人は、溢れんばかりの殺意を化け物にぶつけるように全身の筋肉が力む。
鍔迫り合いで生じた雷で瓦礫が頭上に落ちてくるのが分かり、名無しは逃げまどうように近くにある体育館にラルを引っ張った。
「ど、どうしよう……」
その日会った仲とはいえ、良くしてくれた人間が死ぬことに何も思わないほど名無しの心は薄情ではない。
手が震え何とかして出血を止めようと名無しはコートで傷口を塞ごうとする。しかし、自身の両手が血で汚れるのみで血が地面に垂れ流れるのを見ていることしかできない。
(何か、ないか。ラルを救ってここから皆で立ち去る方法)
変わらない現状に焦りながら、名無しは助かる未来を思考を巡らせ模索した。
外から絶え間なく金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。それが、だんだんと名無しを焦らせる。
現状の打開。
それだけを考え、その時天から降ってくるように一つだけ案が浮かんだ。
「いや、これなら」
目を見開き、それが現状の最善手であると名無しは確信し、立ち上がる。
また、それが最も危険な賭けであると知りながら。
涙を拭き名無しは自分の感情を切り離すようにして、ラルのポケットからある物を漁り手に取る。そして、全てを救うため名無しは外に走り出した。
上を見渡し、体育館と校舎を繋ぐ廊下を走り階段を上った。登った先で左と右に通路が分かれていたが、屋上が高い左の校舎に向かい、折り返し階段を全力で息を切らしながら上った。
屋上への扉は開きっぱで、縦に長い屋上からは下から勇人と魂喰霊が聞こえてくる。名無しは安全柵を飛び越えあと一歩で落ちるすれすれの位置に立ち勇人に合図する。
「勇人!!!!」
全力で叫んだ名無しの声は戦闘の中でもしっかり勇人の耳に入る。
勇人は魂喰霊を視界に収めながら屋上に立つ名無しを見る。そして、手にもつある物を見て何をしようとしているのかが分かり勇人は驚愕で目を見開いた。
それは班に一個ずつ渡される赤の閃光弾。
班が壊滅寸前の際に上空に赤色の煙と花火を打ち上げ、閃光弾が眩い光が雲を赤に染め上げるリーダーだけが持つ最後の手段。
それは、心強い仲間を呼び寄せるか、はたまた己を殺そうと襲い掛かる化け物を引き付けるかの、二分の一の盤面を覆すジョーカー、番外の札そのもの。
吉と出るか凶と出るかは神のみぞ知る、現状を打破する一手。
(閃光弾!?リスクが高すぎる!!早く止めッ……いや、今はそれしかないのか)
名無しの行動に驚き、冷静さを取り戻したのか勇人は名無しの行動を止めはしなかった。改めて盤面を俯瞰することが出来たからだ。
その結果として、名無しの行動を最適だと勇人は認めざるを得なかった。
合図は聞き届け勇人からの返答はなく、戦闘は継続。つまりは許可されたと、名無しは腕を上げ閃光弾を天井のない空へと打ち上げる。
天に上げるこの願いは果たして届くか、屋上から降り、名無しはラルの下へ歩み寄る。
進化の過程で小型化した魂喰霊は肉眼では視認出来ず、この星のいたるところに存在すると名無しはニュースで知っている。
だから、ラルが異形化していないという事はまだ死んでいないからだと死体を乗っ取る性質から逆に分かった。
激しい戦闘に身を乗り出すことなど出来ないが、体育館から顔だけ出し、周りの状況を見ることは出来た。
勇人が苦戦する様子と、遠くの上空から迫りくる一つの影。正しく名無しが望んだ結果を視認した光景がもたらした。
「勇人!!私の正面の方角から、来る!!」
名無しの正面、黒霧に包まれた見飽きるほどの闇は真っ黒な薔薇のドレスを身にまとい、金色の天使の輪と白銀の翼を持って空を飛ぶ物体は紛れもなく名無し達の敵。
「魂喰霊……!!」
更に増えた敵に名無しは笑みを浮かべるしかなかった。
「まじかッ!!」
対する勇人は飛んでくる魂喰霊に対応しなければならなくなり、間合いを大きく取る。
その時点で広場の真上に天使の魂喰霊が静止していた。その者は手に持つ表紙に正三角形が描かれた金色の魔力で満ちている書物を開き、自身の足元空中に魔法陣を展開した。
円形に謎の文字が埋めつくされ、中央に書物と同じ正三角形が描かれた金色の魔法陣が。
闇を覆い尽くす漆黒の姿を取る天使の様相はまるで堕天使のようで優雅に地面へと堕ちていき、神々しく名無しの目に映る。
だがこの戦いには、
「邪魔」
一騎打ちの戦いに目障りかと言うように勇人は空高く跳躍し天使に接近した。
直後なんと相対する魂喰霊も同士討ちを厭わず剣も構え、二人は天使に襲いかかる。
刀と剣は上空で交差する。
すると、いとも簡単に天使の体と中にある核は真っ二つになった。
展開された魔法陣がガラスが割れるようにパリンと割れ黒霧が消える。
天使の体が地面に堕ち、勇人は再び目の前の敵に向き合う。
敵の一体は倒したが、まだ油断は出来ない。
本命はまだまだ余裕があるように見える。何なら勇人の攻撃を受け流すのを楽しむかのように、一切手を出してこない。
力の差というものがはっきり分かり、それでも勇人は斬りかかり続ける。一段階強さが上の相手にどう戦えばいいのかなど勇人には分からない。
この戦いで分かるとすれば名無しが何かをしようとしていることぐらい。それならば時間稼ぎが最善だと勇人は敵を飽きさせないよう全力で刀を振るった。
苦悩する勇人を尻目に少女は動き出した。天使の死体を目指し、走り抜け名無しは死体を漁った。
ぐちゃぐちゃな天使の断面をこじ開け、名無しは黄緑色に発光する核を手に取る。先刻告げられた能力の獲得方法。これに名無しは賭けたのだ。
(ここで動かずして私は世界を救えない!!ラルを救えない!!恐れるな!!)
ラルの言葉が頭に反芻する。核の属性と自身の属性が異なれば後遺症、最悪死ぬという事が。その事がずっと頭から離れない。毒と書かれた死ぬかもしれない薬を生きるために飲めと言われても飲めないのと同じだ。
真っ二つの核を手に持ち手が震え始め、目の前にある死体のように自分がなるかもしれないと、恐怖であと一歩を踏み出せない。
「恐れるな!!いや、恐れても動け!!何のためにわざわざリスクを取ったんだ!!ラルを助けるためだろう!!!」
(ラルが助かるまで時間がない。早く食わないと勇人がやられるかもしれない)
どうにも出来ない悔しさをどこにもぶつけられず、核を持たない左手で地面を掴み、擦れた指先から血が出てくる。
はっきり言って十五歳の少女が選択できる事柄ではないだろう。だが、世界は安寧の日々を過ごさせはしなかった。酷な世界に生まれた少女が生きるには酷な選択をせざるを得ない。
名無しは世界を恨んだ。神を恨んだ。しかし恨んだって何も変わらない。行動しなければ誰も救えない。
少女は再度自身に問いただす。なぜ今を生きているのか?何のために生きているのか?答えはすでに決まっていた。
名無しは決意した。あの時お母さんが救ってくれた命で世界を救うと。
死なんて恐れて動けない奴は何もできず世界は変えられない。
名無しは覚悟を決めた。
右手を天に掲げ手に持っていた核を口いっぱいに放り込み、そして助けるという強い願いを原動力に核を喰らった。
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