崩れかけたマウンド

二回の裏――黒峰の攻撃

0アウト、走者なし

スコアはまだ0-0


加藤リョウタはマウンドでロージンバッグを握りしめ、楠木ダイゴのホームラン寸前のライナーを頭から追い出そうとした。


あの打球はもう終わったはずだ。

運が良かっただけ……もう繰り返さない。


チームミーティングの記憶がよぎる。

山田監督の言葉――

「黒峰は打線が弱い。司堂一本で勝負してくるチームだ」。


その言葉が油断を生んだ。

無意識に気を抜いていた。


馬鹿だ……どの打者も油断するな


四番・早乙女タクミが打席に入る。


ベテランらしい落ち着き。

バットを軽く持ち、静かにリョウタを観察する。


秋山ショウタが外角低めにミットを構えた。


リョウタは投げた。

外角低めのストレート。


カウントを有利にした。


だが、早乙女は簡単には終わらなかった。


フルカウント。

カットボールが甘く入った。


カキーン。


レフト前へのクリーンヒット。


観客席がざわつく。


「黒峰の四番、さすがだな」

「中野のルーキー、踏ん張りどころだな」


五番・野間ケンシン。


野間もカウントを稼ぎ、反対方向へ鋭いヒット。

早乙女が三塁へ。


六番・嶋村ダイチ。


リョウタの球が乱れ始める。


ボール。

ボール。

ボール。


四球。


満塁。0アウト。


三塁から田中レンの声が飛ぶ。


「涼太! 何やってんだよ!

このザコどもに点取られる気か!?」


リョウタは三塁を振り返り、思わず叫び返した。


「負けるつもりで投げてんじゃねえよ!

俺だって本気で黒峰に勝ちたいんだ!


それに先輩だって、まだ何もやってねえだろ!」


一瞬、静寂が落ちた。


田中の目が大きく見開かれ、すぐに細められた。


秋山がすぐにタイムをかけ、マウンドへ駆け寄る。

マスクを外し、リョウタの肩に手を置いた。


「涼太。俺を見ろ」


リョウタは息を荒げて秋山を見た。


「お前はピッチャーだ。

お前が乱れたら、チーム全員に伝わる。


守備が固くなり、観客がため息をつき、

相手が血の匂いを嗅ぐ。


今のお前は固すぎる。

ダイゴの打球が頭に残ってるんだろ。


一人ずつだ」


リョウタの肩の力が少し抜けた。


……確かに。

あのライナーがまだ……


「……すみません。情けない。

ダイゴの打球が頭から離れなくて」


秋山は軽く頷いた。


「次はカウント稼ぐタイプだ。

内角で詰まらせろ。

お前の球を信じろ」


リョウタは息を吐き、頷いた。


七番・岸本シンゴ。


岸本はカットを三球ファウルで粘り、フルカウントへ。


リョウタの腕が熱くなったが、

秋山の言葉が響く。


一人ずつだ


内角高めのストレート。


空振り三振。


ワンアウト。


フィールドの選手たちが声を揃える。


「一人ずつだ!」


八番・三宅ソウタ、捕手。


三宅は読み切った――内角カット。


タイミングを合わせたが、

スイングが乱れ、遅れた。


ゴロ、三塁へ。


田中が突進、素手で掬い、二塁へ送球――フォースアウト。

小倉から石川へ――ダブルプレー。


イニング終了。


フィールドの選手たちがベンチへジョギングで戻る。

声が上がる。


「ナイスダブルプレー!」

「レンさん、いい送球!」


田中は小さく息を吐いた。


守備で時間を稼いだ。

次は俺たちの番だ


リョウタはマウンドを降り、頭がクリアになっていた。


一人ずつだ。

それだけだ


スコアボードはまだ0-0。


だが空気は変わっていた――

より張り詰め、より熱く、

ようやく本当の試合が始まった。

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