4番の重み

二回の表――中野の攻撃

スコアはまだ0-0

田中レンは打席に立つと、まるでダイヤモンドが自分の庭であるかのように構えた。

肩を張り、顎を上げ、バットを肩に軽く乗せる。

観客には無敵に見えた。

頭の中では、二年間の亡霊が叫んでいた。

二年前――一年生の春

田中はクラブに入った瞬間、胸を張っていた。

生まれつきの怪力。中学のコーチは「十年ぶりの大砲」と呼んだ。

「4番」はすぐそこだと思っていた。

ところがグラウンドは分断されていた。

一軍は聖域のメインダイヤモンド。

二軍は裏の練習場。擦り切れたボール、古いネット、球出しの回数も半分。

フェンス越しに三年生のレギュラーが笑った。

「おい田中。パワーだけじゃ一軍の打席は立てねえぞ。甲子園の土、踏んだことあんのかよ?」

田中は手の皮がむけるまで素振りした。

見せてやる。絶対に這い上がる。

だが現実は残酷だった。

変化球が読めない。

肩より高い球は全部振る。

コーチは首を振った。「パワーはあるが、球が見えてない」

二年生――相変わらず二軍。

練習後、毎晩残ってティー打ったり、ビデオを見たり。

夜中にプロの4番のスイングを何百回も再生した。

チョークアップして、短く持って、カウントを稼ぐ練習。

毎晩、父の声。「三年になったら受験だ。甲子園行けなきゃ時間の無駄だぞ」

今春――三年生――ようやく呼び出しが来た。

「4番」。クリーンアップ。一軍。

今日がレギュラー初打席だった。

司堂セイヤがマウンドから睨む。

1球目――158km/hのライジング・ファストボール、ゾーン上部。

田中は見送った。ボール。

バットを肩に回し、観客に向かってニヤリ。

余裕だ。もうあの頃の俺じゃねえ。

司堂が小さく口を開いた。

「いい目してんな。二軍上がりとは思えねえよ」

皮肉が耳に刺さる。

2球目――160km/h、完璧に決まった外角低め。

空振り。

バットは空を切った。

レフトから楠木ダイゴの声が飛ぶ。

「おい田中! そのデカい口どこ行った? 俺の弟でも当てられるぞ!」

ベンチのささやき。

「田中さん……耐えろよ……」

「まだ1-1だ、先輩……」

3球目――遅れて食い込むカット。

手が固まる。ファウルチップ。0-2。

司堂がまた、低く。

「自信満々だったよな? そのレベルで俺の前に立てて、恥ずかしくないのか?」

何かが砕けた。

次のスイングはただの怒りだった。

ライジング・ファストボールがバットの芯をかすめて、さらに伸び上がる。

三振。完璧に。

バットが指から滑り、プレートに金属音を立てて落ちた。

無言でベンチへ戻る。

木村タイヨウ、上杉コウキが声をかける。

「次だ次! まだ二回表だよ!」

「レンさん、切り替えろ!」

田中の耳には届かなかった。

ベンチに崩れ落ち、ヘルメットを膝に抱え、スコアボードを睨む。

またか……結局、俺は何も変わってねえ

五番・石川カズヤ――見逃し三振。

六番・小倉ナツキ――三球連続160km/hストレートにバットが空を切る。

チェンジ。

攻守交代で田中がダグアウト脇を通るとき、

中村ハヤトがフェンスの外でウェイトバットをゆっくり振っていた。

ハヤトは声を張らず、しかし鋭く言った。

「田中先輩。

勝つ気も、野球やる気もねえなら、今すぐ俺と交代してください。

一軍のユニフォーム着てる意味ねえっすよ」

その言葉が160km/hより重く突き刺さった。

田中は足を止めた。

俺は今、4番で……打席に立ってる

あの頃、二軍の隅から死ぬほど羨ましかった場所に……いるんだ

入れなかった奴らがスタンドで見てるのに……俺はここにいる

握った拳が震える。

霧が晴れた。

振り返り、血走った目で吐き捨てる。

「……お前なんかに、俺の場所を譲るくらいなら

死んだほうがマシだ、ザコ」

震えていた拳が止まった。

今は――あの頃、絶対に消えないと誓った日のように、静かに燃えていた。

試合はまだ終わっていない。

まだ、だ。

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