025

「では、続きを話しましょう。私はそのアンリとジェミニを追って、この国まで来ました。そこでです。手に入った情報はアンリが人間と手を組んでいると言うではありませんか、そしてその人間が丁度ここ復興都市に来てジェミニと出会うと言う事がね」


 ジェミニ、さっきからその人物名を良く口にするが、僕は知らない。名前のイニシャルはJで意味からして双子なのだろうか。


 その人物が僕達と出会うなんて話をアンリがしていただろうか。否、そんなそぶりも見せていない。あいつが他の同種族の話をしてくれるのは大抵戦いのこととかである。個人名義の事は何も話してくれなかった。


 そういえば、名前と能力については教えてくれていたな。


 アンリ達の名前は固有に持って生まれた能力に応じてつけられているらしい。その能力は基本は一人につき一個なのだが、偶に二個や三個と言った規格外の奴らもいるんだと。初めて会った時に地球に来るのは初めてとアンリは言っていたが、地球圏の知識を応用して説明しているはずだ。その証拠にお前の名前は中世から生まれたのだろうと言っておくしかなかった。


 アンリの本名、アンリ・D・アンゴルモアのDはドラキュラのDだ。ドラキュラと言っても血ではなく、他者との接吻において、唾液や分泌物で力を得ているので存在そのものが一緒ではなくて、偶々名前が似ただけなんじゃないかと言っていた。


 ドラキュラは血を吸い眷族を作ると言うが、こいつら宇宙人にそんな習慣はない。生物は乗っ取る道具であるだけだ。


 しかしアンリから見れば僕は人間で言う家族に値するのかもしれない。少なくとも僕はそう思ってる。


 その説明のおかげでジェミニと言う名は双子を意味し、能力が推測できるのだ。ついでにアイアンニートの能力を推測するけど、一向に鉄の何かしか思いつかない。鉄分を生成するとかなら訊いたことがある。


「ふぅん、良く解っているじゃん、だけどジェミニとはもう会えない」


 嘘を貫き通して僕は喋り続ける。


「なんたって、ジェミニは用心深い。お前が爆弾騒ぎを起こした所で姿を現すような奴じゃないし、その意図を知って、もう顔も出さないだろうな」


 僕の中で勝手にジェミニが出来上がって行く。ジェミニって言う人、もしくは宇宙人にはすまないが、今は嘘のプロフィールを塗り固められていてくれ。


「大丈夫ですよ、彼方がピンチになればきっと現れてますよ。なんたってアンリの忘れ形見ですからね。しかし昨日アサシンを使いに出したのですが、結局は現れず仕舞いでしたね」

「アサシンに僕の首を絞めさせたのもお前の命令か?」

「あぁ、戯言でそんなことを言ったかもしれませんね、彼は口にした事を必ずしも遂行する人物なので」

「じゃあ、全部お前が悪いのか」

「悪いのはアンリとジェミニです。私は悪くありません」


 本当にこいつは自分は何も悪くないと思って言っている。悪を悪だと認めない、自分の行為が誰かしらの迷惑に被ってないと考えて、そして、自分の欲だけの為に動いている。そんな奴が次に発した言葉で、今度は僕の逆鱗に触れることになった。


「まぁそのアンリも消せたことですし、後はジェミニをおびき出す為に彼方を痛めつけるだけ」

「なぁ、一つ訊いてもいいか?」

「なんでしょうか? もう質問することもないのですので、冥土のお土産として聞いてあげましょう」

「お前は、アンリを殺した時、どんな気分だったんだ?」


 僕は何が聞きたかったんだろうか、こいつの気分の答えなど今まで話し通してきて解りきっていることじゃないか。態々自分の心に再確認させる為に訊いたのか? 自分を怒り狂わせる為に訊いたのか?


 そうじゃないだろう?


 僕は壁を乗り越えるために訊いたんだ。アンリの死という大きな壁を今、乗り越えるためにアイアンニートに質問した。


 だから解りきった回答でも耳を傾けよう。


 現実を知ろう。


 そして始めよう、宣戦布告を。


 アイアンニートは口を三日月に釣り上げて楽しそうに言った。


「もちろん、最っ高の気分でしたよ! 私を侮辱したその大罪にこそ相応しい死でしたね! ですがっ!」


 アイアンニートはさぞかし驚いたであろう、そのおかげで時間がゆっくりと感じるのである。彼は、自分の身に一体何が起こったのかも理解せずに空中を舞っているのだ。


 さっきまで自分が座っていた椅子ごと宙できりもみしている。下の交差点にいる人物がムエタイ選手のような蹴りのポーズの途中で止まっているのが分かる。徐々に右頬に痛みが伝わって来ているのも感じるようになってきた。


 そしてアイアンニートの脳は理解する。


 自分は椅子ごと顔面を蹴られたのだと。


「ぷろごっふぁ!」


 汚い叫びを上げながら、アイアンニートは五メートル程飛んで行った。まだ僕にはこれくらいの力は残っていたのか。でもあいつにとってはこんな力は致命傷とはならない。僕が本気だったなら顔は無くなっているはずだ。でも今は赤く腫れて、歯が数本交差点に落ちただけ。プロボクサーに一発殴られたぐらいだ。それは通常の人間であれば昏倒する一撃だけども、あいつは違う。


「僕も今最高の気分だよ」


 実に胸がスカッとするね。今まで為に溜めていたものを放出できたんだ。


「きっさまぁ」


 アイアンニートは怒りに狂った顔で腫れた右頬に手を当てて、こちらを睨んでいる。


 こいつの怒りは僕の怒りには到底達することはない。お前の怒りは所詮、自尊心を貶されただけの怒りだ。僕の怒りは人間の命を軽んじている事に対しての尊厳を破壊された怒り。その二つを天秤に掛ければどっちが重いかなんて、言わずとも、見ずとも判る。


「ゆるざん!」


 アイアンニートは座っていた椅子を僕に投げつけてくる。


 それをまたアイアンニートの方へ蹴飛ばす。アイアンニートは避けて、懐から黒く光る物を取り出した。


 冷たくて、一瞬にして人の命を奪う武器。ハンドガンだ。


 パンと軽い銃声が鳴った。


 ここからでも火薬の匂いが鼻につく。アイアンニートはハンドガンを一発撃った。誰に向けて撃った? あいつの対向線上にいる人物は僕だけだ。


 僕の胸からは赤い血がゆっくりと流れ出ていた。


「美しさなど貴様には微塵も与えない! 醜く、絶望に拉がれて死ぬがいい! あっはっはっはっは!」


 品があるように見せているキャラが壊れると、それまで築いていたカリスマ性と言う奴が音を立てて崩れて行くのが判るな。そんなものは無かったか。


 悠長に相手を見ている場合じゃない。僕の命が尽きようとしているのだ。もう助かることはないだろう。アンリもいないので覚醒できる訳が無い。だから治癒効果もない。ここに来ることは誰にも言っていないから、誰も助けに来ることもない。


 あの時の冷たい感覚が僕を襲ううんだろう。


 また僕は死ぬんだ。


 アースクラッシュの日に助けてもらって命を今ここで使い果たすんだ。


「助けを求めても良いですよ! ほら呼んでみてくださいよ! アンリ! と言ってみてくださいよ!」


 アイアンニートは高らかに叫んだ。


「気安く私の名前をファーストネームで呼ばないでもらいたいものじゃの」


 その時だった。僕の後ろの方から女性の声がしたのは。


 聞き覚えのある声。


 僕は振り返る。


 見覚えのあるロングの白髪。


 魅了されそうな瞳。


 細く小さい鼻。


 妖艶な唇。


 健康的な白い肌。


 物覚えが悪くもない僕は、後ろにいる人物を知っている。


 天敵と書かれたシャツの上からディアンドルを着こんでいて、人の中でも選りすぐりの美麗と言わざる負えないフェイスとボディの持ち主。


 僕の中、みんなの中で死んでしまっていた人物。


 アンリがそこに立っていた。

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