026
「なんで、どうしてお前が!」
そのアンリを見て、アイアンニートは口を魚のようにパクパクと開閉させて驚いている。
「あの程度の爆発で死ぬ訳なかろう!」
アンリはさぞ当たり前の如く言い放った直後に、アイアンニートの目の前まで高速で移動し腹を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたアイアンニートは暗闇で見えないところまで悲鳴も上げずに飛んで行ってしまった。
「私をファーストネームで呼んだ罪と、咲を撃った罪をしばらく償っておけ」
アンリは左手で銃を作ったようなポーズをして言った。あれ? なんでアンリが大きくなっているんだ?
「いや、お前爆発した時、覚醒もしていないし、普通の少女だったろうが!」
僕はツッコミを入れざる負えなかった。
「覚醒していないじゃと? お主はもうちょっと体調やら環境の変化に敏感になるべきじゃと思うぞ?」
「どうゆうことだよ」
疑問でしかなかった。変化に敏感になれなど言われたことが無い。僕は鈍感ではないし、自分の体調くらい弁えているし、しっかりと管理もできている。
「お主、さっき心の臓を鉛玉で撃たれんかったか?」
アンリは僕の胸を指差す。あれ? そう言えば僕は死ぬんじゃなかったのだろうか? どう考えても即死で致命傷のダメージを受けたんだが。ましてや僕は倒れずにしっかりと地面を足で踏みしめている。
「あれ? どうしてだ?」
訂正、僕は鈍感だったようだ。
「間抜けじゃの、それはお主が覚醒しているということじゃろうて」
「でも僕はお前とキスなんて一度もしてないぞ」
「キスにはいろいろな種類があって豊富じゃの、ほれ、今日も暑いじゃろ」
そう言って、アンリは徐に胸の間から飲み水が入ったペットボトルを取り出して、僕に投げ渡してくる。掴んだ容器は冷たくて、封が空いていて、少し飲まれていた。
もしかして、間接キス・・・か。
「やっと察したようじゃな」
アンリは僕が答えに辿り着いてうんうんと頷いている。
いやいや、僕がいつこいつと間接キスをしたと言うんだ? 思い返してみよう。昨日だ。昨日はアンリは死んだしいなかった。じゃあ一昨日だ。昼は祭ちゃん達と一緒にいたけど、間接キスをした覚えもない。では家でか。
朝、僕はアンリが食べ物を欲した時、我慢しろと言って何を与えただろうか。あれは確か、僕が口につけたペットボトルだ。それをアンリがまた口につけて飲んだ。その後にこの東京に来る前にまた僕が飲みほした。
「えっと、あれぇ?」
今までそんなことをしたことがなかった訳でもないが、一度も覚醒しなかったから、別に気にもしていなかったが、まさかそれだけで覚醒するとは。
「信じられんような顔をしておるが、その証拠に、もうお主の背中も治っておるし、ここまで来る際に息切れも何もしなかったじゃろう? それもこれも全て覚醒しているおかげじゃな。理解できるかの?」
アンリの言うとおり、背中の火傷は綺麗さっぱり治っていた、だから背中をこすりつけてもそれほど痛くなかったし、病院の三階から飛び降りた時も痛みを一瞬しか感じなかったのか。
「理解は体感してできた。でも、お前とのキスが五秒くらいじゃ五分くらいしか持たなかったのに、どうして二日も持っているんだよ」
そうだ、理屈としておかしいのだ。覚醒はキスをした時間の長さと、治癒力を使った分だけで効力が変わる。だから間接キス程度だけじゃ微々たる力しか発揮できないはず。
「あぁ、そのことか? こういうことがあろうかもしれんからの、私が長い月日をかけて間接キスだけで溜めておいたのじゃ、お主気づかぬかったか? 甘ったるい味覚に」
そういえば、初めてキスした時も甘い感覚が口の中を漂ったな。あれれ? 一昨日に飲んだ水も甘かったぞ? 一週間前食べた胡瓜の浅漬けも甘かったような記憶が。あれは僕の料理が甘いんじゃなくて、アンリが口につけた箸で食べたものを、不思議に思って食べた時に、間接キスをした味だったのか。あの甘さが覚醒の合図だったとは知らないよそんなの。
「まさか、私が爆弾で木っ端微塵になるとは思いもしなかったがの、そのおかげで回復するのに約一日をもかかってしまったぞ。一昨日の説教の最中に言ったと思うが、現状の私の回復はお主に比例する。なのでお主の回復が遅いと、私の回復も遅い訳じゃな。そも関節キスじゃと完全に覚醒するのは意志の強さが関わってくるようじゃが」
えっへんと胸を張るや否や、いつもの腕組仁王立ちのポーズになる。
あの時の説教を適当に流して聞いていた僕が悪かった。まさかそんな大事なことを言っていただなんて気づきもしなかった。
「お、お前、僕がどれほど心配して泣いたと思ってるんだ!」
急に胸が苦しくなってきた、目尻に涙が溜まっている。今こうやっていつものように話していて僕の脳は理解した。
アンリが生きている。
こんな嬉しいことは他にないだろう。
「私の為に泣いてくれるとは感動じゃの。じゃが、私はあの日暮南霧にしばらくしたら蘇ると伝えたんじゃがな? お主の元に行かなかったかの?」
アンリがとてつもない事実を言い放った。
「は? 南霧さんに伝えただって?」
「そうじゃが? 顔だけ復元して、あの場に来た奴に伝えたのじゃ。その時お主が寂しがって傷心になっているであろうと思って、慰め方も教えたんじゃが、それもその様子じゃ聞いておらんようじゃの」
「聞いてない、初耳。南霧さんは来たけど、僕を慰めて行った・・・だ・・・け」
思い返していると不自然であった。南霧さんの慰め方が異様にアンリに似ていた。
他にも僕の心を見透かしたように会話が成り立っていた。
僕が「アンリは死んだ、あんたには気持ちが解らない」と言って、返してきた言葉が「確かに解らない」だった。あれは死んでいないから、そんな気持ちは解らないと言う意味でも解釈できるな。
それに南霧さんは間接キスと言うヒント、と言うか答えを会話の中で出してくれていた。
思い返せば思い返す度に南霧さんに腹が立ってくる。
「あんの女! 人の気持ちを弄びやがって!」
「はっはっは、あの女ならしかねないな」
「笑いごとじゃない! どれほど僕が落ち込んだか!」
「まぁまぁ、私は死んでないし良いではないか。そもそも根本的な悪はあやつじゃろうに、ほれ、そろそろこちらへ来る頃だぞ」
アンリが顎で指す方向に、右足を引きずりながら、左手にハンドガンを構えているアイアンニートが暗闇から顔を出した。
アイアンニートの体はアンリの攻撃を受けきる為に変態していた。
九つの尾が綺麗に一つずつ意志を持って蠢いて、頭から生えた細長い耳は僕達の声をよく聞く為にピクピクと動いていて、狐面だったのが、屋台で売っているような狐の白と赤がベースのお面を被っている。
あれがアイアンニートの変態後の姿。本当にこいつらはこの地球に来たことが無いのに、色々と思わせぶりの格好をしてくれるな。
「アンリぃ! 貴様さえいなければ!」
折れたのか知らないが、右足をわなわな震わせながらお面で表情が見えないまま、怒りを露わにしている。
「私はお前達さえいなければと思うんじゃが」
「そこの男と変わらず減らず口を! アサシン!」
アイアンニートが大きな声でアサシンを呼んだ瞬間に、今まで僕の頭の片隅からも忘れされていた、アサシンが急に動き始める。
あいつ、ご主人のアイアンニートが蹴られても動かなかったんだな。本当に命令だけで動く人形のようだ。
「咲よ、あの男は私が引き受ける。お主はあのローブ女を任せたぞ」
「任せたって、僕の覚醒時間はどれくらいなんだんぐっ」
アンリに反論している最中に熱烈なキスをされてしまった。こいつのキスは唐突に始まりそして唐突に終わる。まるで嵐のようなキスだ。口の中が甘い液体で洪水なんだけど、美味しくもないし、あまり口に含んでいると気持ち悪い部類に入る。
と言うか、舌を絡ませてくるあたり、気まずい。
僕とアンリがキスをしている間に、アサシンが猛攻をしかけてきているが、それをアンリは片手だけで凌ぎ、呑気にも僕とのディープなキスを味わっている。
「ぷはっ、これで二回ほど粉みじんにされても持つじゃろ、行ってこい」
「行って来いって、どこにっておわあああああ」
強制的に、絡んでいた舌が離れたと思うと、メイド服の首根っこを掴まれて、大ビルの屋上へと物凄い勢いで投げ飛ばされた。それと同時に、軽くあしらっていたアサシンを蹴り飛ばして、僕と同じように大ビルの屋上まで飛ばした。
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