024

 人工で作られた街の中、普段ならば街灯が蛍光色の明かりを発しながら点いているはずなのに、二時になった時点で一つも点かなくなり、月明かりだけが僕達を照らし出す。


「こんばんは、初めまして白銀咲さん。アイアンニートと申します」


 交差点の真ん中でお辞儀を終えたあいつは名を名乗った。アイアンニート、鉄の就業につかないものとでも直訳すればいいのだろうか。それとも筋金入りの働かざる者だろうか。いやそんなことはどうでもいい。


「僕はお前に会えて心から嬉しいよ」

「そうですか、そうですか。私も嬉しいですよ。小躍りしたいくらい嬉しいです。ですので、その隠している武器を置いてもらって、一つ話でもしませんか?」


 やはり解ってしまうか。僕は服の中で背中に背負っていた、簡易武器を取り出す。


「物騒な時代です、メイドが武器を持つなど」

「ソルジャーメイドってジャンルをもっと開拓しようと思ってね、その礎になってくれない?」


 正直言って、話すことなど何もない。こいつらを殺せたらそれだけでいいんだ。


「駄目ですよ、そんなに物騒千万なことを言っては」


 アイアンニートはパチンと指を鳴らした。その合図と共に僕の右手に持っている武器が軽くなる。何かと思い見ると、簡易武器が二つに折れてしまっていた。


 折った人物は黒いローブを被ったアサシンだ。彼女が僕の前までいつの間にかに移動してきて、手刀で折ってしまったのだ。これにより僕の武器はただ一つ、己自身の体だけになってしまった。計画はご破算だ。


「さて、これでお話しする気になってくれましたか?」

「嫌だね。僕はお前を殺しにここに来たんだ、誰が話に耳を傾けてやるもんか」

「そんな、何も取って食おうとは、私達は思ってもいませんよ。ただ、彼方から我らの反逆者アンリ・D・アンゴルモアの事をお訊ねしたくてですね」


 アンリ・D・アンゴルモア。それがアンリの本名だ、確か名前の頭文字のスペルがAに近い程、力の強弱が判るとアンリは言っていたな。あくまで指標なのだけなので、格下だろうが鵜吞みにするなとも言っていた気がする。


 だとするとアンリはAなので一番上を指すのだ。僕が初めて対峙した侵略者ズォーダはZ。そして僕の目の前にいるアイアンニートはIだ。だから二十七個中九番目に位置しているので中々の手練れのはずだろう。


「ですが、どうしてもお話してくれないとあるならば、私にも考えがありますよ」

「やっぱり力でねじ伏せるか?」

「そうですね。品がないですが、そこのアサシンに喉元を掻っ切ってもらいます。喋らないならば用済みですので」


 アサシンは折った武器の先に付いていた果物ナイフを手に持ってクルクルとサーカスのナイフ使いのように投げて弄んでいる。


 あぁ、こいつはやると言ったらやるんだろうな。アサシンは昨日のような中途半端なことはしないだろう。


 せっかく僕があいつの胸を一突きしようと持ってきたナイフが僕を殺す為の道具として扱われようとしている。これでは僕が僕じゃなくなる前に、死んでしまうだろう。


「どうですか? お話をする気になってくれましたか?」


 迷いが見える顔を見て、アイアンニートは再び問いなおしてくる。


 ここで話をしなくてもしても結果は一緒だが、相手の真意は得られるのだろうか。だとしたら僕は疑問を解消して、晴れた気分、もしくは鬱憤をぶつける為に、こいつらと対峙できるのかもしれない。


「分かった、話をしよう」

「そうですか。では長話故、この椅子にお掛け下さい」


 まだナイフを弄んでいるアサシンに目をやる。もしかしなくても、これは罠で僕があの椅子に座ればアサシンが襲ってくるかもしれない。


「あぁ、大丈夫ですよ。アサシンは私の命令が無い限り身動き一つしませんので」


 そう言って、アイアンニートはどこからともなく、黒い革地の腰掛け易い椅子を持ってきて、自分と対峙させるように置いた。


 こいつとの対話はあくまで僕の戦略を練る時間だ。それまでに戦略を思いつかなければならない、でないと僕の人生お先真っ暗だ。


 置かれた椅子に腰掛ける。アイアンニートは一度僕にお辞儀してから、あの時のモニターに映っていた時と同じ椅子に腰掛けた。


「それで、僕とアンリの何を聞きたいんだ?」

「はい、それはですね。裏で暗躍している反逆者のことです。アンリ・D・アンゴルモアを筆頭に私達の中から反逆者が出ました。徐々にその波紋は広がって行き、今では世界各地にその反逆者は潜んでいます。その情報を私達は聞きたいのです。彼方なら何かご存知でしょう?」


 まったくもって初耳である。


 そもそも僕達が反逆者なのは知っていたが、他にも反逆者がいるとは南霧さんから聞くまで思ってもいなかった事だ。アンリのような気まぐれな性格をした奴らが世界各地にいるのであろう。または僕のような特異体であって、内なるザイガを宿して、侵略者を逆に支配して僕と同じようにこいつらと戦っている人物達が居るのか。


「あぁ、あいつらのことだろ、知ってるよ」


 ここは話を合わせておくことにする。まず南霧さんの言うとおり、こいつがこの国に着た理由があの写真の人物を追って来ているとの予測が当たったのだ。あの写真の人物は僕と同じ反逆者と呼ばれている、つまりは人間側なのだろう。


「では、お教えしてもらってもよろしいですか?」

「嫌だ、誰がお前なんかに教えるか。こっちにメリットがない」

「メリットは生きて帰れる。なんてどうです?」

「生きて帰るのは当たり前だ。僕が教える前にお前達の動機でも話してもらおうか」


 一つの問答を間違えれば自分が死ぬか死なないかの瀬戸際なのに、どうしてこんなにも毎回強気でいられるのか。尊大な態度のアンリのせいだ。多分あいつに似てしまったんだ。


「面白いお方だ。いいでしょう私はその反逆者達の中で因縁がある相手がアンリ・D・アンゴルモアとジェミニなんですよ。その二人は私の行為を美しくないと否定したんですよ。ただそれだけです」

「それだけって、単なる逆恨みか?」

「そうとも言いますね。ですが彼方には判るまい。我々の美しさを否定される気持ちを。人間で言うと生きていることを否定されるのと同じなのですよ。何が悪かったのでしょうかね」

「あらかた、まともな殺し方じゃなかったんだろ? お前の悪趣味な殺人は僕も否定するね。まず人間を殺す時点から否定してやるよ」

「悪趣味だと?」


 アイアンニートの言い方には凄みが宿っていた。こいつの中では僕の軽率な発言が逆鱗に触れたのだ。体を震わせて、わなわなとしている。


「お前もか、やはりお前も否定するか、人間の分際で、私の美的センスを否定するか!」


 アイアンニートは怒り狂い、椅子から立ち上がり、僕の胸倉を掴む。


「おいおい、もう怒るのかよ、お前の方がよっぽど堪え性がないな」


 その挑発が更に癇に障ったか、おもいっきり右頬を殴られて、強制的に椅子に座らせられる。いくら柔らかい背もたれでも、この衝撃では背中の傷が悲鳴を上げる。と思ったが、悲鳴を上げるほどは痛くなかった。


「あまり私を怒らせないで貰えますか? 品もなく殺してしまうところです」


 興奮し、鼻息を荒くしてネクタイを直しながら目線を合わせず言った。


「次はもっとオブラートに包んで煽ることにするよ」


 口の中が切れたか血の味がした。


「彼方は過ぎた口を聞きますね、少しは慎んだ方が身の為ですよ」

「お前に体を心配されるほど柔じゃない」

「彼方とお話できて良かった、つまらない話にならないのですから」


 アイアンニートは落ち着きを取り戻し、また椅子に腰掛けてから足を組んだ。


 こいつの沸点はヒマラヤのように高いと思っていたが、確信をつけば砂場のお山くらいの高さだったな。これでこいつの冷静さを欠かせることができる材料を一つ見つけることができた。まだ話を続けようじゃないか、お前のその狐面の化けの皮をど剥がしていってやる。


「みんなが楽しくなきゃね、分かち合わなきゃこの瞬間をさ」

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