013
病院から外に出ると、日差しが嫌に眩しかった。今の今まで冷房の効いた場所にいたので、急激な温度変化に体が悲鳴を上げている。のは楽と祭ちゃんであった。
楽は怠惰なお腹を揺らしながら、汗を滝のように掻いていて、祭ちゃんは僕に熱中症に気をつけてと言いながら、自分は熱射病になっていると思わせる千鳥足である。
復興都市は人口353万人で都市部を中心とし、イチョウの葉のような形をした都市となっている。目的地の大交差点も、昔の面影を残しながら血気盛んに人が流れている。
交差点に着いて、丁度いい花壇の石垣に腰掛けて、見張りを始めてから小一時間。時計は正午を回り、長身が半回転した程度である。
「咲よ、トイレ行っても良いか?」
楽が暑さに耐えきれず、口を開く。
「駄目だ、お前は十分前にも行った」
「最近近いんだ、多分歳なんだ」
「ここに飲みほして使わないペットボトルがある、言いたいこと、解るか?」
僕は病院を出る前に病院内で買った飲み物を飲みほしたペットボトルをポーチから出す。
「昔ならそうしていたけど、俺にもモラルってものがあるんだ、行かせてくれ」
「咲、アンリもー」
「わ、私も・・・」
楽に続けて、アンリが元気よく手を上げて、僕と同じ日傘に入っている祭ちゃんも上目遣いで恥ずかしそうに手を挙げた。お前たちは一体なんのためにここで見張っているんだ。友情を確かめるために一緒に行く必要があるのだろうか。
はぁ。と、短くため息をついた後に暑さで今にもやられそうになっている三人に告げる。
「行っていいよ。僕が見張っておくから。祭ちゃん、アンリをよろしくね」
三人は今さっきとは違い元気に溢れた顔をしてから、喜んでお花を摘みに向かって行った。元気な奴らだことで。
楽は僕にデジカメを渡してから、祭ちゃんはごめんなさいと一言謝ってから、アンリの手を引いてから。アンリがまた鼻血垂れていたけど大丈夫かな。主に祭ちゃんの貞操が。
アンリは変態おじさんみたいな性格をしており、可愛い女性に目が無いのである。だけどよっぽどのことが無い限り、あの愛苦しい体を使って役得ボディタッチはしない。するのもどうかと思うのだが、注意したところで聞く奴じゃない。
それにしても見るところ、至るところに人、人、人、僕の横にだって、OLさんのような女性が暑さに項垂れながら休憩がてらか座っている。この交差点の中から狐面をした人物を探すのは苦労する。この狐面の人が何かから逃げていたりするならば理にかなっている行動だろう。木を隠すなら森の中、そんなことわざもある位だ。人混みに紛れれば、見つかるリスクは少なくなる。
「そこのお方」
交差点の方を注意深く見ていると、一人の男に声を掛けられた。
男は中年男性で、優しそうにニコニコとこちらを向いて笑っていて、家庭的な父を絵にかいたような人だった。一見無害そうに見えるが、今の復興都市は侵略者が混じっているから気は抜けない。いや侵略者がいなくても、首都であったこの街は食い物にしようとするやつらで溢れていたわけだけども。
「何でしょうか?」
警戒しつつ答える。
「いえ、私、止木の会の者でして」
僕はその言葉を聴いた瞬間に心の中で身構える。止木の会。それは注意するべき新興団体の名称だ。こいつらとも思い出が無い。男はそんなことも気にせず呑気に続ける。
「アンケートを取っていまして、お時間があれば答えて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
どうやら怪しい勧誘ではなく、暇そうにしている人に声をかけているらしい。反対側でも同じように声を掛けられている人がいるのは監視中見受けていたので、それがこれか。あまり関わりたくはないけど、この暑い中ご苦労様なことだが、相手を知ることも戦略の内なので、アンケートに答えることにしてみよう。決して暇だからではない。
「いいですよ」
変わらず営業スマイルで答える。
「ありがとうございます。ではアンケートを書いてもらう前に一つ質問を。貴方は恐怖の大王を信じますか?」
男は変わらぬ表情で質問をする。質問の意図は計り知れないが、僕には聞き慣れた単語だった。恐怖の大王、の末裔。今トイレで用をたしているであろう、アンリ。侵略者の事である。この新興団体の神官である者たちもそうだ、僕をザイガ持ちと知ってカマをかけてきているのだろうか。
「えぇっと、あの1999年から始まるやつですよね?」
僕は何も知らないよう、少し崩した感じで答えてみる。
「いいえ、俗に言われているアースクラッシュですね。もっと詳しく言うと、起こした本人ですよ。私達はアンゴルモアの大王を崇めて祀っております。あの方は世界を救ってくれたのです」
蛇足にも程があるな。そういえば恐怖の大王と呼ばれている存在は、アンリが黙らせたと言っていたが、それは我が父を手に賭けたと解釈している。第二波の後に、第三波、第四波まであったらしいが、それ以降は侵攻は治まっている。アンリが恐怖の大王を屠ったおかげで統制がとれなくなったのではないかと、本人が言っていた。
「うーん、僕は信じないですかね」
「そうですか、解りました。では、このアンケート用紙に記入してもらってもよろしいですか?」
男は肩に掛けている鞄から下敷きに敷かれたアンケート用紙と鉛筆を取り出し渡してきた。それを受け取ってアンケート用紙の質問内容に目を通す。
まずは年代と性別にでたらめに丸をつけ、質問一に移る。
質問一、あなたはアースクラッシュ時に身内を亡くしましたか?
その質問の後に親族の欄に丸をつけて下さいと書かれていた。何だこの質問、辛い記憶を思い出させて、癒えてきた傷を穿り出す為の、控えめに言っても糞みたいな質問だ。
しぶしぶバツ印をつけ、質問二に移る。
質問二、あなたは今、恐怖に飢えていますか?
このアンケートは人を怒らせることだけに作られたようだな。
文句が言いたく目線を男の方へ戻すと、まったく違う方向を向いていた。この男、どこを見ているんだろうか。僕もつられて男が向いている方向を見る。
そこは丁度この交差点から反対側に位置する場所。この男と同じようにアンケートの声を掛けている人物がいた場所だった。そこに人垣ができているようだ。遠くからは何が起こったかは見えないけど、この交差点が先程よりざわついていて、空気感から何やら尋常じゃない事が起こっているのは確かだった。
「すいません、少しあちらの様子を見てきてよろしいでしょうか?」
「いいですよ、これ記入したらどうしたらいいですか?」
「そこに置いてもらって結構ですよ。お手数を掛けましてすいません」
「いえいえー」
「では失礼します」
男はそう言って人垣の方へ速足で向かって行ってしまった。僕もこのムカつくアンケートに適当に記入して、花壇に軽く叩きつけるように置いてから、人垣の方へ歩いて行く。
人と人との間から見ると、止まり木の会の一員と思われる男が道で蹲るように倒れ込んでいる。もう一人の男は倒れている男の肩を揺すっているところだった。倒れている男はどうやら意識は無く、瞳孔が開ききっている。
男が倒れている男の身体を表に向けた後に血相を変えて慌てて辺りを確認するように見回す。その時に倒れている男の致命傷とななる傷が目に入った。胸を一突き、ぽっかりと穴が空いていた。そこから血が止まることを知らずに流れている。
やっと今の状況が理解できた人垣は悲鳴交じりの声を上げた。
この殺し方は、ザイガが宿ったことを知っている人物の仕業であるか、もしくは僕と同じような侵略者を殺す者の仕業。被害者が止まり木の会となると、後者の方が可能性は高い。
「咲、大丈夫か?」
と、袖を力強くひかれた。誰かと思えば、祭ちゃんとトイレに行ったアンリだった。
「アンリか脅かすなよ、あれ?祭ちゃんは?」
「逸れた」
「どうやったら、トイレ行くだけで逸れるんだよ」
「祭が居なくなってた、私は悪くない」
「そうですかい。それで? これってお前達の仕業?」
祭ちゃんと楽が帰ってこないのは置いておいて、現状を理解しておきたい。その為に知識のあるアンリに訊いてみる。
「私達じゃない、私はあいつらじゃない」
アンリは機嫌を悪くしながら続ける。
「あれは咲と一緒の人間でありながらザイガを宿している人物の仕業だな。ついでにそこで死んでいる奴は人間ではなかったな、あぁあそこの男もか」
アンリは顎で新興団体の男を指す、やはりあいつは敵であったか。止まり木の会は僕たちの敵として再確認できたのは、ここ最近の進歩であろう。
「奴が逃げるな」
アンリがそう言った時には男が人垣を力尽くで分けて走りだしていた。どうやらこの状況にバツが悪いのか、それとも上の者に報告する為か、はたまた自分の命が狙われていると感じたのかは知らない。だが、あんな糞アンケートを目に触れさせた僕からしたら、ざまぁみろと、心で舌を出してやった。
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