014
「ちょっと来い」
アンリが唐突に袖から手を出し僕の手を引く。その小さい手からは考えられない力がまたまた発揮され、僕は引かれて大ビルと大ビルの間の陰へ連れて行かれる。
「どうしたんだよ」
「例の奴に見られてた」
「例の奴って、これか?」
人相絵を取り出すと、アンリは頷いた。
確認の為に交差点の方に顔を覗かせようとすると、首根っこを捕まえられて青いポリバケツの上へ投げられて、ダストシュートされてしまった。その後にアンリはゴミ箱の淵に仁王立ちをした。これはアンリのお説教ポーズでもあり、自我を取り戻したスタンダートポーズでもある。どちらなのかは見分けがつけにくいところが厄介だ。
「何をするんだ」
いきなりダストシュートされた僕は不機嫌にアンリに問う。
「馬鹿か?」
だけど僕よりアンリの方がよっぽど不機嫌だった。
「何が?」
「見られていたと言わなかったか?」
「言ったね」
「それで逃げて隠れたのに、どうしてまた顔を出そうとする」
「写真を撮らないと」
ドンと両手で僕の顔を挟んでから、怒りに満ちた顔を近づけて来た。
「お主の阿呆さには呆れてしまうわ! どうしていつもいつも、そう危機感を持たんのじゃ! 自分は何でもできると思うておるのか? それともなんじゃ、お主のプリティーフェイスをあやつに見せつけたかったのかの!」
「おい、口調が戻ってるぞ」
「知らぬわ! 今はお主の説教が先じゃ!」
こうなったアンリは手のつけようがない。今回は百歩譲って僕が悪いのだろう。説教を聴くのも少し面倒くさいので、アンリの口調の話でもしよう。
アンリの口調が出会った時から少し幼くなっているのは力を使った後遺症らしい。記憶は共有しているが、どうしても体が小さくなると、脳も小さくなるので、物覚えに支障が出ると言っていた。
最初に出会った時は、まだ力を使っていなかったので、大人びた口調であった。
小さい姿のアンリは大体子供っぽいのだが、今のアンリはどうも口調が元に戻ってきている。どうしてか、それはアンリが説教モードに入ると、脳が活性化され、一時的ではあるが、力が戻っているんじゃないか、と僕は推測している。
「聞いておるのか!」
考えているうちにアンリは物凄く喋っていたらしい。ボケっとしている僕を見て、アンリは僕の耳をひっぱり物理的に聞き耳を立たせてくれた。
「暴力反対、僕をエルフにしたいのか」
「お主は弓より剣の方が長けてそうだがの。そんなことよりじゃ! お主はどうして一年も経っても進歩しないのじゃ、一年など数々の主人公も成長しておるわ!」
「僕を空想の主人公と一緒にしないでもらえるかな」
僕だって服飾の腕は一年で成長はしている。
「えぇい、口答えするでない! お主はこれでも被っておれ! 色的に頭も冷静になるじゃろう!」
アンリは淵から降りてドンとゴミ箱を大きく蹴る。その行動で僕とポリバケツは宙に浮いた。先に僕が地面に尻もちをつき、上から落ちて来たポリバケツを頭からを被る形になってしまった。ポリバケツの底はそんなに痛くないのが幸いだ。
僕達は違和感を感じた。ゴミ箱を蹴る時に交差点の方から、ゴミ箱を蹴る音とは違う音がした。乾いた爆発音のような音だった。
「アンリ」
バケツを被りながら、アンリを呼ぶ。
「解っておる」
答えるアンリもどうやら異変に気付いているらしい。騒がしい交差点が、より一掃に騒がしく、そしてアースクラッシュ時を彷彿とさせる悲鳴も聞こえて来た。
「もちろん、顔を出しても良いよね?」
「もちのろん」
被っていたポリバケツ装備を脱ぐ。バケツ装備って特殊装備っぽいよね。と、無駄なことを考えつつ元の場所に戻してから、ビルの間を出ると交差点は大パニックだった。人々が逃げ惑い、大混乱を起こしていた。そんな中、逃げ惑う群衆よりも、ある一点の場所に目が移動する。
交差点のビルに付けられている大型モニターの画面に一人の男が映し出されて、悠々と喋ったいた。あれはテレビで見るニュースキャスターでもなく、コメンテイタ―でもない。あいつは似顔絵の男だった。
仕立て屋でおろしたてのような皺のない白いスーツを着て、記憶に残るような赤色のネクタイをつけ、周りには何もなく、たった一つの椅子に座っていて、上からの一つの照明が男を照らし出していた。
男が口を開き、語り出した。
『皆さま御機嫌よう。初めまして爆弾魔です。と言うのは二回目ですね。大事なことなのでもう一度いいますね。今この交差点に五個の爆弾が仕掛けてあります。その爆発威力は一つ目は小さめです。ですが、回を重ねるごとに大きくなっていきます。おやおや? みなさん信じてませんね? そんなことはないと、自分の身には降りかからないと思っていますね? いいですねぇ。そんなあなた達がいきなり自己保身に走る姿を私に見せてください。それでは、よい悲鳴を』
『ピー二回目です』
最後に電子音が聞こえて来た瞬間に、遠くで再び爆発音が聞こえた。
あのモニターに映っていた奴はザイガ持ちの侵略者か、それとも己の欲を満たそうとする異常者だ。どっちにしろ危険思想を持った人物なのは分かった。
僕はアンリに伝えようとして振り向くと。
「きゃっ」
「うわっ」
勢いよく振り向いたせいか、誰かとぶつかってしまったようだった。ぶつかった人は尻もちをついていた。前髪を八の字に分けた髪型で、小動物のような目をしている女性だった。いや、この人祭ちゃんだな。
「あれ? 祭ちゃん?」
「すみません、って咲君? どこ行っていたんですか、探したんですよ? あぁ、でも今それどころじゃないんです。この交差点の至るところに爆弾が仕掛けられているらしいんですよ。とにかく逃げましょう!」
祭ちゃんは反論の余地なく僕の手を握り、交差点から離れようとする。
『みなさーん、私です。どうですか? 一変した状況、スリリングでしょう? これってもうお化け屋敷いらずじゃないでしょうか。いえどこのアトラクションにも恐怖感は劣りません。これぞ最高のアトラクションですね。』
その時丁度アナウンスが入った。物理的に立ってさせられていた聞き耳は元に戻っているので無視することにする。
「待って、アンリが」
僕は祭ちゃんが行く方とは反対側に力を入れて制止させる。まだビルの間に居るアンリの方を向くと、アンリは何食わぬ顔で、とてつもなく物騒なものを持っていた。
「爆弾ってこれか?」
そう、爆弾と思われる物を持っていた。
「アンリどこでそんなものを!」
アンリに慌てて訊ねる。
「ここに入ってた」
アンリが指差す先には僕がさっき被っていたポリバケツ、どおりで被った時に当たった感触が違った訳だ。
『あなた達はどこか飢えていませんか? この平平凡凡な日常に。ですから娯楽に恐怖や悲しみのがあるのですよね。ですがです、考えてみてくださいよ』
「アンリちゃん、それを遠くに投げて! こっちに来て!」
珍しく祭ちゃんが大声を上げた。それもそうだ、少女が爆弾を手に持って興味心身に見ているのだから。でもアンリが興味を示す物体とは美しいものだから、もしかしたら見守る可能性もある。
『誰が安全に恐怖を与える奴がいますか? 恐怖は安全とかけ離れたものです。そして恐怖とは自己体験を持って完成する代物です。こんな体験滅多にできませんよ、お楽しみください』
『ピー三回目です』
「ほーい」
そんな僕の思惑とは違い、アンリは気楽に返事をしてから爆弾を人気の居ない所へ遠投した。その瞬間だ。光と共に夏の猛暑より熱い爆風がこちらに覆いかぶさってきた。
横にいた祭ちゃんの手を引き、爆風から背を向けて、祭ちゃんを包み込むように守り背中で爆風を受ける。爆風が背中に当たった瞬間に肌が焼けていることが体を通して理解できた。ヒリヒリとした痛みが神経系を通して伝わって来る。
あの時と、一度死んだ時と同じ痛みだ。
しばらくして、煙が立ち上る中、耳鳴りと、遠くに聞こえる喧騒の中ゆっくりと立ち上がる。
「咲君! 大丈夫!」
目を大きく開かせて祭ちゃんは僕の肩を掴んだ後に、後ろに回って、息を飲んだ気がした。
「 すぐに助けが来ますからね! 大丈夫ですよ咲君、私が居ますから!」
両手をギュッと握ってくれるけど、朦朧とした意識の中、僕の視線はビルの間に向いていた。アンリは? アンリはどこにいる? あいつは今力が使えない唯の少女同然だ、そんなアンリがほぼ間近であの爆発を受けたのだ。離れていた僕でさえ背中が爛れているはずなのに、アンリはどうなった?
ビルの間を見ても、そこには人影などは無く。代わりに麦わら帽子がゆっくりと僕の足元に落ちて来た。どこにでもある麦わら帽子、ピンクのリボンがついた麦わら帽子。
これはアンリがさっきまで被っていた帽子。
『楽しんでいますか? 恐怖していますか? 生き残れば被害者インタビューでテレビに出れますよ? ほら少しは心から望んでいたことじゃないですか? 目立ちたい。いつもとは違う日常を体験したい。ほら、ハメを外して楽しんでくださいよ』
『ピー四回目です』
アナウンスが成り終わり機械音が鳴ったが、どこも爆発はしなかった。
「良かった。一応一安心だよ咲君。咲君?」
祭ちゃんは胸をなでおろし、ホッとした様子で声をかけてくるも、僕の様子がおかしいことに気がついたようだ。そしてその原因である物を見る。
「これって・・・アンリちゃんの・・・?」
祭ちゃんもこれが誰の所有物かを思い出したようだ。
「うそっ、うそ、嘘、嘘だよ、嘘だよね? そうだよね咲君? これはただ風で飛ばされてきただけだよね? 決してあのビルの間から出て来た訳じゃないんだよね!」
祭ちゃんは涙目で訴えてくる。
僕はただ、何も反応せず唯突っ立っているだけだ。そんな僕を見ていられなくなったのか、それとも現実を受け止めたのか、祭ちゃんはついに膝から崩れて泣いてしまった。
「あっ! おい! 二人とも大丈夫かい! 残りの爆弾は全部不発したらしい!」
そこに今までどこに行っていたのかは知らないが、楽が息を切らして現れた。
「どうしたんですかね。って咲! その怪我大丈夫・・・じゃないよな!」
まだ状況が理解できていない楽は僕の背中を見て驚き、僕の足元で泣き崩れている祭ちゃんと、その場に落ちている麦わら帽子を見て、顔色を変える。
「まさか、だよな? 妹尾さん、何かの間違いだよね? ねぇどういう状況なの? どういう状況何だよ!」
楽は大声で僕達に訊ねるも、どちらも答えようとはしなかった。答えれば現実を見なければならないんだ。この状況を受け止めなければならない。
『おや、どうやら余興は終わりらしいです。残念ですね』
そこにあの似顔絵の男がモニターに現れる。
『皆様、恐怖感はどうでしたか? 十分に味わえましたか? ほうほう、ここから見届けている分には十二分に楽しんでいただかれたようで。どうやらポツポツ悲壮感に拉がれていられる方々もいるらしいですね。それは仕方ないことです。恐怖を得るには悲しみも同等に負うリスクもあります。それに私は唯、皆様人間様が欲している感情を指し上げただけですので、私を怨むのはお門違い、と言ったところですね。それでも私が元凶と言う方が仰るならどうぞ、仰ってください。声を上げるのは大切です。健康なくして、恐怖はありませんからね』
似顔絵の男は嬉しそうにどこかでこの状況を見てほくそ笑んでいる。
僕やこの爆発に巻き込まれた人の気を知りながら。誰も求めていない恐怖で僕達の自由を縛り上げ楽しんでいる。
『私は皆様が心のどこかで求めているものを提供します。いつでも、どこでも、モラル、ルールなど関係なく、どこにでもね』
男はそうセールスマンのように言ってから、モニターから姿を消した。
「馬鹿にしやがって!」
楽は肩を怒らせて拳を地面にぶつける。交差点は落ち着きを取り戻すことはない。だが人々が履けてきて、悲痛な声と、遠くから救急車のサイレンが甲高く鳴り響いて、あの時を彷彿させる。救急車は逃げていく群衆に阻まれてここまで来るのには少々時間がかかるだろう。
その間僕はビルの間から出てくるこの場の雰囲気と同じような、黒く暗い煙だけを見つめて、アンリが何事も無く元気よく笑顔で出てくれることを待っていた。
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