012

 嫌な予感しかしなかった。


 南霧さんには僕の知る限りで三人の部下がいる。一人はアジトとなる場所でパソコンでの情報収集をしているバッタと言う奴がいる。一度だけ顔を合わせたことがあるが、本当に顔だけだし、バッタのお面をしていたので、体格も性別も分からない。そして残りの二人が奇抜な男子と内気な女子だ。


 この二人はどちらも若干僕の手に余る。


「あぁそうそう今回は二人共に同行してもらうから、ほら入ってきていいよ」


 南霧さんの合図で、内気な女子の妹尾せのおまつりがアンリの小さな手を引いて扉からおどおどと入って来て、何もないところで一人躓き、顔面から地面へと叩きつけられる。


 一方奇抜な男子、蜂寺はちでらがくの方はと言うと、僕の真上の天井から、忍者のように顔を出し一回転して落ちて来た。だけど着地の際に背中から受け身も取れず落ちて、太めの体躯をくねらせて悶絶している。


「何をやっているんだい、まったく」


 二人の所業を見て、南霧さんはやれやれと言った表情で呆れている。


 この二人が苦手なところ、一人は内気でドジ、もう一人は俗に言うアニメオタクで奇抜な行動と言動。普通に接しても相手が普通とは少しかけ離れているから、話が合わない。なんてこともなく僕も傍から見れば普通ではないので、普通に接することはできているはずだ。ただそれが世間から見ての普通なのかは知らない。


「ご、ごめんなさいごめんなさい! アンリちゃん大丈夫! 怪我してない! あぁ! 南霧さんごめんなさい、こけてごめんなさい! あっ! 咲君ごめんなさい! 私みたいな人間がアンリちゃんと手を繋いでごめんなさい!」


 だけど彼女や彼を憎んでいる訳ではない。その一面が苦手なだけで、あとは・・・まぁまぁ好きだ。


「祭ちゃん大丈夫?」


 未だに正座しながら赤ベコのように頭を上げ下げしている祭ちゃんに手を差し伸べる。その行為だけで祭ちゃんは顔を赤くしながら手を握って立ちあがる。


 祭ちゃんは恥ずかしがり屋で、しかも異性との付き合いが少ない為、極端に異性を避ける。もちろん一緒に暮らしている楽も極力避ける。だけど僕は異性には見えないらしいから、我慢はできるとのこと。役得・・・と言っていいのか?


「ありがとうございます・・・」


 祭ちゃんは僕と接することで大人しくなるのが扱いやすい点だ。それに比べて。


「けしからん! 女の子と男の娘同士は実にけしからん!」


 こいつはとても扱いにくい奴である。口を開けば下ネタまがいの言動に、二次元と三次元の女の子の違いを語り、最終的には聞いてもいない昔のアニメの感想。根は良い奴だけど、興味のないことをつらつらと話されるのは少々苦ではある。


「何がけしからんだ、けしからんのはお前の想像だ。手を繋いだり握ったりするくらい普通だろう? もしかして楽君はしたことないんですかー?」

「ぐぬぬ、そ、そんな不潔な事したいとも思わないわい!」


 楽の扱い方は、こうして煽ることである。偶に食いついてくることもあるので扱いにくいことこのうえない。


「はいはい、三人とも久々に会ったからってはしゃがない」


 手を叩き、南霧さんは僕達を静める。


「はい。それじゃあ、三人とも写真をよろしくね」


 南霧さんは軽く三人の肩を叩いてからウィンクをして出て行った。残された三人と宇宙人一人は呆然と立ち尽くしている。いつの間にかアンリが僕の横にぴっとりとくっついていた。


 それにしても祭ちゃんと楽を引きつれて、この怪しい人物を写真に収めるのは前途多難なお使いになりそうである。


「いやー、それにしても、困難なお仕事ですことで」

「蜂寺君、お仕事じゃないよ」

「あっ、お使いだったか。仕事柄仕事と言ってしまいますな」


 どこか焦っているようにも見えるが、ニヤニヤとした顔つきで僕の方を見ている。格の違い、とやらを見せつけているのだろう。


「えっと、えっとですね。本日のお使いは、南霧さんも言っていたように、この誰が描いたかは判らない絵の人物をそのデジカメに収めること、です!」


 妹尾祭ちゃん。前髪を綺麗に八の字に分けて肩にかからない程度の髪型で身長は少し低めの内気でドジな女の子。一年前までは僕と同級生で同じ高校の同じクラスに通って、友達として過ごしていた。


 彼女の一家はアースクラッシュ時に全員バラバラになってしまった。父は単身赴任先から帰っておらず、母は行方不明。続けて当時一緒にいた兄も出稼ぎに行ったまま、行方不明である。それからと言うものは途方に暮れていた所を南霧さんに拾われ、この復興都市内で仕事をしながら生きながらえている。


 僕と出会ったのは僕が南霧さんから請けた初めての依頼の時である。その時は双方とも驚いて、そして喜んだ覚えがある。僕も祭ちゃんも初めて知り合いに会えたのだから。


「誰が描いたか判らないって、それ妹尾さんが鼻歌交じりに描いてるのを俺、見たんですが」


 蜂寺楽。こいつは僕と幼馴染である。小中高一貫全て同じ学校で、ほぼ同じクラスに属していた、家も二軒隣りと言うことで小さい頃から遊んでいた。彼の家は南霧家と遠い親戚であり、父と母での構成で成り立っており、アースクラッシュ時に両親を亡くし、両親の遺言で南霧さんと出会い、一年前に途方に暮れた祭ちゃんを見かけて迎え入れている功労者。


 そんな楽の身なりは髪型をオールバックにし、指の部分が空いている革手袋をはめ、どこから調達したのかが気になる長い太刀を腰にかけ帯刀し、見ているだけで暑苦しいローブを羽織っている。デブと言うと怒るので、平均より少しふくよかな男子である。でも一年前よりは体つきが筋肉質になっているような気もする。


「わーわー! 言っちゃダメですよ! 恥ずかしいですー!」


 顔を赤くして絵を裏返して胸に抱き隠す。裏側には祭ちゃんのサインが書かれているので、完全に墓穴を掘っている。祭ちゃんの趣味は絵を描くこと、夢は漫画家だった。いつか平和になれば叶うのかもしれない。


「祭ちゃんってさ、可愛いよね」

「咲に同意せざる負えない!」


 アンリも黙って頷いているので三人一致で可愛いと言うことにしておこう。祭ちゃんは昔から意地悪したくなる性格をしている。でもあまり度が過ぎると泣くので、可愛いと言うのは三度までと決めている。と言うか三回目を言うと、性格が一変してこちらが地獄を見る羽目になる。


「からかわないでください・・・」


 茹でタコのように火照った顔で下を向き、モジモジと体をくねらせて祭ちゃんは恥ずかしそうに言った。ふとアンリを見てみると、鼻から赤い一筋の水が垂れてきている。この人間大好き宇宙人、興奮しているな。


 ポケットからティッシュを取り出し丸めて、アンリの鼻に詰め込んでやる。


「ま、僕はお風呂上がりの妹尾さんも可愛いと思いますがな!」


 その発言で一気に祭ちゃんの顔の赤さが、恥ずかしさの赤と、怒りの紅で混ざり合い。


「蜂寺君は変態さんです!」


 そう言ってそっぽを向いてしまった。


 確かに濡れた髪の毛のおかげで雰囲気も変わるし、湯で火照った肌とかは可愛さや、美しさに補正が入るよね。あれって何の効果が働いているのか。魅了か魅了なのか。


「俺、何か悪いこと言ってしまいましたか?」

「警察に捕まりたいなら、そう言えば良いのに。僕が連れてって行ってやろうか? その分には他の犯罪もしてそうだし」

「してない! 俺はまだ薔薇色の人生を歩みたいですぞ!」

「急に緑の恐竜と一緒にいる赤い腰巾着みたいな口調になったな。怪しいな」

「し、してない!」

「分かってるって、楽が手を出すのはエロゲだけだってのをさ。あと、これは楽が持っておいてもらえる?」

「あいよ。だいたい合っているにしても、リア充の咲に言われるとどこか悔しいな」


 楽は腑に落ちない表情をしながら、僕が渡したデジカメを弄り始める。僕は少し機械音痴なので多少その才に満ちている楽に持たせた方がいいだろう。祭ちゃんに持たせると全部ぶれて撮れているので選択肢からは事前に消しておく。


「そ、そういえば咲君、お身体の方は大丈夫なんですか?」


 祭ちゃんは自分の頬を二、三回ほど軽く叩いて、痛そうな顔をしてから、僕の安否について尋ねてくる。本当にそういえばだけど、僕は倒れていたんだな。南霧さんの襲来で忘れていた。


「あー、うん、熱中症だよ熱中症。最近暑いからさ」

「だ、大丈夫ですか? もうちょっと風通しのいいお洋服を着たらどうですか?」

「祭ちゃんが着ているようなシャツはちょっとラインが出ちゃうからなー」

「そ、それは、私が太ってるって言うこと・・・ですか?」

「断じて違うからね。祭ちゃんは着やせするタイプってこの前測った時に言ったじゃない」

「そ、それでも日に日に体重が増えているんですー。あぁ! 今の聞かなかったことにしてください!」


 焦っている祭ちゃんも実に可愛い。


「咲、きっさまぁ!」


 と、唐突に楽が帯刀している太刀に手を添えて抜刀しようとする仕草を見せたので身構える。


「一体どうしたんだよ」

「貴様、今、測ったと申したな!」

「言ったけど?」

「うおおおおおおおおおおおお!」


 駄々っ子のように涙目になりながら僕の胸をポカポカと叩いて来る。一体何なんだこいつは。あれか、ついに暑さでやられてしまったか。


「蜂寺君、暴力は駄目ですよ」

「じゃ、じゃあ、妹尾さんを測ってもよろしいでしょうか!」


 楽の奇抜な行動に対して説教をしだす祭ちゃんに楽は涙声で質問した。


「い、いやです」


 それに対して祭ちゃんはとてもつもなく嫌そうな顔をして答えた。その答えの後に楽はこれでもかと言うほど僕の胸を軽く殴りつけて、燃え尽きたようにベッドに腰掛けて、無心にデジカメを再びいじり始めた。本当に一体何だったんだ、阿保の行動は読めない。


「まぁ祭ちゃんが太っているのは普通だよ、女性は太るものさ仕方ない」

「はうぅ」


 フォローしたつもりで言ったのに、祭ちゃんは涙目になってしまった。おかしいな。


「大丈夫。僕の中では祭ちゃんの体格は、もうベストスタイルだから」


 僕には当たり前だけど胸が無いし、マネキンも買うお金と置いておく場所もないので、さっきも言ったが、偶に祭ちゃんで採寸することもある。その時だが、しっかりとウェスト、バスト、ヒップを測り、体重身長も測る。もちろん採寸するのはアンリだ。


「うぅ本当ですか?」

「本当だよ、祭ちゃんは美しく可愛い」


 本日二度目の可愛い。次可愛いと言うと命の危険を伴うので忘れないよう気をつけておこう。


「またまたそう言って咲君はからかいます・・・」


 その証に二回目の発言は少し元気がなく、どこか不満に満ちた言い方だ。


「まぁまぁ、そう気を落とさずにさ。話を戻すけど、探す人物は一体どんな人物なの?」


 昔の馴染みでついつい話し込んでしまったけど、お使いと称した内容の事を僕は全く知らない。この二人は南霧さんから詳細諸々は聞いているはずだ、なんたってお供だし。


 祭ちゃんは楽の方を目で追い、助けを求めるも、楽はデジカメに夢中である。


「名前は知らない、だけど厳重注意人物で超重要人物だ」


 楽の手元から機械的だが聞き覚えのある声がした。この声はバッタだ。どうやらデジカメから声は聞こえて来ているようだ。デジカメにそんな遠距離から喋れる機能があったかどうか知らないけど。科学の進化ってすごいな。


 バッタはコードネームだ。本名は南霧さんしか知らないらしい。バッタは一年前までは個人でハッキングを趣味とし、ホワイトハッカーの仕事を兼用しながら南霧さんと仕事としていたと聞いたことがある。今でもその生活はほぼ変わらず情報収集に長けていて、それを売ることで生計を立てている。


「白銀、お久しぶり。今日もおめかししてるか?」

「してますよ、気になるんでしたら見に来たらどうですか?」

「わざわざ歩いて行く価値がないから、この涼しい場所から拝見しているよ」

「偶には外に出ないと冷房症になりますよ」

「ご忠告をどうも。そちらも熱中症には気をつけろ、あぁ、さっき体験したんだったな」

「御心配に及ばずともね」

「心配か。白銀の中での僕は優しい人物なんだろうね、会話を交わすだけでその気持ちが心に伝わってくるよ」

「その気持ちが伝わってなによりですよ」


 二人して笑い合うも、僕はこの人がいけ好かない。楽や祭ちゃんは手に余るけど、幼馴染と友達だけあって、うまく付き合える。だがこの人だけはうまく付き合えてるようには思えない。


「二人共仲が良いですね!」

「妹尾さん、どう考えても嫌みにしか聞こえないです」


 祭ちゃんのフォローとは釘を指すことだな。僕もか。


「それで? 他に情報はないの? バッタさん」

「あるな、とりあえず、かの大交差点付近で目撃情報が入っているから行ってみろ。後、この人物は誰もが探している人物だ。面倒くさい奴らに目をつけられないようにな。一応南霧にサポート任せられてるから、俺の声を注意して聞けよ。死なないようにがんばれよ」


 一方的に話を終わらせて、バッタとの通話は終わってしまった。面倒くさい奴らとは心当たりがある。この街の闇を仕切る奴らに、新興団体の奴らだろう。


 新興団体、止まり木の会。奴らはアースクラッシュを神の賜物、産物、人間の生み出した罰と言い張り、信じる者たちを団体に入会させ、何やら良からぬことを行っている、きな臭い奴らである。


 僕は奴らを嫌悪する。アースクラッシュは神でも罰でもなく、唯の侵略と虐殺なのだから。その事情も知らず、大声をあげて、惰性に民衆から自由を奪って行く奴ら。その上位にいる神官と呼ばれている奴らは、人間ではなく、ザイガを持っている奴とアンリはテレビを指差し言っていたのを覚えている。


 つまり奴ら侵略者は陰で勢力を増やしながら暗躍し続けている。


「し、死なないようにってどういう事でしょうかね」


 祭ちゃんは僕に心配をかけないようにと、危険とは知らぬ顔をしている。この中で僕がザイガを持っていて、アンリが宇宙人という事実を知っている人物は一人もいない。バッタでさえその事実にはまだ辿り着いてさえいない。だから二人共まだ僕が闇を知らない人物との設定を信じて接してくれている。


 逆に僕は知っている。二人が裏社会にも関わっていることを。南霧さんの元で仕事をすることは危ない橋も渡る仕事もある。二人共お使いと称した仕事の時は一年前までは見なかった表情を見せていることを僕は気づいている。


「バッタさんのいつもの脅しだろう。さぁ、僕達も夕食の食材を買いに行きたいから、早く終わらせよう」

「咲の料理を久しぶりに食べれるのか」

「いや、予算的に二人前だから」


 楽が自らのお腹をポンポンと叩くも、僕の発言に肩を落としていた。

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