第42話:高原の星空、静かな時間
アネモスに来てから、数週間が経ったある夜。
俺は、仲間たちが寝静まったのを見計らって、そっと宿屋の屋根の上に登った。高原の夜空は驚くほど澄み渡り、満天の星が、まるで宝石を散りばめたかのように輝いていた。前世で見ていた都会の空とは、比べ物にならない美しさだ。
吹き抜ける夜風が心地よい。俺は屋根の上に胡坐をかき、目を閉じて、静かに呼吸を整えた。昼間の喧騒から解放され、一人でこうして精神を集中させる時間は、俺にとって必要不可欠なものだった。
(……少しは、この世界にも慣れてきた、か)
転生当初の混乱と戸惑いは、もう薄れていた。異世界の身体にも、だいぶ馴染んできた。そして、気づけば、多くの仲間(?)に囲まれていた。
彼らとの日々は、騒がしくて面倒だが、退屈はしない。むしろ、前世にはなかった充実感のようなものさえ感じている。
(……俺は、これからどうしたいんだろうな)
最強を目指す。それは変わらない。だが、その先に何があるのか。元の世界へ帰る方法を探すのか? それとも、この世界で、こいつらと共に生きていくのか?
まだ、答えは見つからない。
そんなことを考えていると、不意に、背後で軽い気配がした。
振り返ると、そこにはエリアが立っていた。黒い軽装束が、月明かりに溶け込んでいる。
「……どうした? 眠れないのか?」
俺が尋ねると、エリアは静かに首を横に振った。
「いいえ。ただ、アステラルダ様がここに来られるような気がして」
彼女は、俺の隣に、音もなく腰を下ろした。
しばらく、無言の時間が流れる。
ただ、高原の風の音と、遠くで鳴く虫の声だけが聞こえる。
普段なら、何かと俺に話しかけてきたり、他の仲間を牽制したりするエリアが、今はただ静かに、俺と同じように星空を見上げている。
その横顔は、普段のクールな表情とは違い、どこか穏やかで、少しだけ、少女らしい憂いを帯びているように見えた。
「……綺麗ですね、星」
やがて、エリアがぽつりと呟いた。
「ああ」
俺も短く応える。
それ以上の会話はなかった。
だが、言葉はなくとも、何か通じ合えるような、不思議な感覚があった。
騒がしい日常の中にある、束の間の静寂。
隣にいる仲間の存在。
俺は、その温かさを、ほんの少しだけ、心地よいと感じている自分に気づいた。
柄にもない、と思ったが、悪くない気分だった。
高原の美しい星空の下、二人の影は、夜明けが訪れるまで、静かに寄り添っていた。
俺たちの旅は、まだまだ続く。
騒がしくも、温かい、仲間たちと共に。
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