第40話:嵐を呼ぶ(?)日常風景

 アネモスでの滞在は、良くも悪くも「日常」と呼べるものだった。まあ、俺にとっては、前世も含めて経験したことのない、非常に騒がしい日常だったが。


 例えば、ある日の朝。


「姐さん! この街で一番うまいっていうパンを買ってきやしたぜ!」


 ゴルドーが、巨大なパンのバスケットを抱えて部屋に飛び込んできた。どうやら、早朝から街の力仕事を手伝い、その駄賃で買ってきたらしい。その忠誠心は認めるが、量が多すぎる。


「あら、気が利きますね、ゴルドー。ですが、アステラルダ様は朝食は軽めがお好みのはず。こちらに消化の良い果物を用意しましたわ」


 エリアが、すかさずカットフルーツの皿を差し出してくる。ゴルドーに対抗しているのが見え見えだ。


「ふん、果物だけでは力が出ないでしょう? アステラルダ、こっちのハーブティーもどうぞ。私が特別な精霊の力を込めたのよ。滋養強壮に効くわ」


 シルフィも、どこからか持ってきた怪しげな(しかし良い香りのする)ティーカップを差し出す。エリアへの対抗心か、あるいは純粋な親切心か……判断がつかない。


「アステラルダ様、朝の鍛錬の時間です。基礎体力なくして、真の強さは得られません」

 カイが、道着姿で俺を呼びに来る。こいつはこいつで、俺を師匠か何かと勘違いしている。


「うむ。アステラルダ様の護衛は、私が」


 ゼノンが、当然のように俺の隣に立とうとする。


「ねぇねぇ、アステラルダ! 今日の鍛錬メニュー、私の考えた特別プログラムはどう? 身体能力の限界値を測定できるよ!」


 ルルナが、怪しげな測定器具(?)のようなものを持って迫ってくる。絶対に嫌だ。

「ほっほっ。若いのう」


 ジン爺さんは、縁側でお茶をすすっている。


 ……朝からこれだ。毎日がこんな調子。


 俺は、深いため息と共に、とりあえず一番近くにあったエリアのフルーツに手を伸ばした。途端に、エリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ゴルドーとシルフィが悔しそうな顔をする。……面倒くさい。


 またある時は、街での買い物の途中。


 俺が、露店で売られていた珍しい形状のナイフ(武器としてではなく、単純な形状に興味を持っただけだ)を眺めていると。

「姐さん! お気に召しやしたか!? よっしゃ、俺が買って差し上げやす!」(ゴルドー)

「アステラルダ様、そのような粗悪品より、こちらの上質なダガーはいかがでしょう? 私が目利きしました」(エリア)

「待ちなさい。武器なら、私が選んだこの風を切る投擲刃の方が、あなたには合っているわ」(シルフィ)

「いや、アステラルダには剣が似合う! この名刀の写しはどうだ!?」(カイ)

「うむ。武器も重要だが、まずは防具を……アステラルダ様のサイズに合う特注の盾を……」(ゼノン)

「武器より、動きを補助する魔法の靴とかの方が面白そうじゃない?」(ルルナ)

「ほっほっ。物より、技じゃろうて」(ジン)


 ……うるさい。俺はただ、ナイフの形を見ていただけなのに。

 結局、何も買わずにその場を後にした。


 こんな調子で、俺の周りは常に騒がしい。一人で静かに鍛錬したいと思っても、誰かが必ずちょっかいを出してくる。正直、鬱陶しいことこの上ない。


 まあ、嫌いじゃないが。

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