第35話 「名前」


あの日、


親父とチサトと出会った日


オレは古家で今までにない時を過ごした。



まともなものを口にし

傷の手当てをされて、

…初めて布団に横になり

話をした。





しかし、

どこか落ち着かない気持ちでいた



…居心地が悪かったわけじゃない


二人はオレのことを深く聞いてくることはなく一人になる時間も与えてくれた


ただ、

夜の闇の中で振り切った奴らがオレを探しているだろうという心配が頭から離れなかった



ケダモノの足音が確実にせまっていると


森でうずくまるオレに親父が放った言葉が

どこかひっかかっていた。



…日が沈み


戸口の方から聞き覚えのある声がしてオレは身を固くする


親父は警戒することなくそちらへ向かっていった


「ここにガキはこなかったか?」


「…子供?」


来訪者とのやりとりに聞き耳をたてていたオレは

奴らだと確信すると奥の部屋へ逃げた。

チサトはろくに瞬きできず緊迫したオレの顔を見ながら横に座る。


だが、客がなかなか帰らないことを不審がって

おそらく父親のことが気になったのだろう立ち上がる。


「今は…動くな…!」

「なんだい、見にいくだけだよ。」

冷静に答えるチサトをオレは睨みつけるように見上げたが、その視線に臆することなくオレを見下ろす。


「お前が動かなければいいだけだろ?

お前の客なんだから。」


絶句しているとそれを肯定と取ったのかチサトは忠告を無視して戸口に向かっていった。



オレは壁に背をつけて膝を抱え顔をうずめる



…終わりだ。


オレは一度深呼吸をすると顔を上げ、今度は土間へ走って行った


当たりを見渡すと外へ続く勝手口があり

音をたてぬ様にその戸をあけ

外へ出た。



そこから表の方を覗き見ると

尋ねてきた男、派手な赤い羽織を着た

元締めのリョカが立っているのが見えた。



「…違う、このガキじゃねえ。」



リョカは呆れた顔をしているチサトを

顎を撫でながらじろじろと見ている。


「ほう、ここにはこの子しかいないのだがな。

森に迷い込んでいるかもしれん、

…どのような子供だ?」


不思議そうに首を傾げる親父の姿をみて

オレは二人を巻き込んだ罪悪感に胸が痛んだ。


「目が葡萄色の不気味なガキだよ!」


「…。」


リョカは目を見開き、金の八重歯を剥き出しにして笑う。


「ほう…

珍しい色だな。」


「まあな、蛇の目は罪人の証だ!」


「廻魂の…?

それは信心深い。」



リョカの顔がいつもの鬼のような人相に戻っていく。


にぎやかな街の裏で

金や子供をやり取りする

闇商人の顔に。


「信心深いのは金を払う見物客のほうさ!

あいつらは廻魂を信じ込んでせっせと善人を演じてやがる、

それなのに面白えのがよ。

散銭櫃を逆さにしてたたくみてぇにして

あのガキを殴れば殴るほど金を落としてくれるのさ…!」


「…子供を見世物に…?

クズだな!」


チサトはリョカを睨みつける。




リョカは自分たちの素性を隠す様子はなかった

清陵の農民など脅せばオレを差し出すと思っているからだろう。


あの二人に迷惑をかけぬ様にこの場をさらなければならなくなった


なによりオレを助けてくれた親父達がオレを引き渡す姿など見たくなかった。


その場から踵を返そうとした


…その時


オレは後ろから肩を叩かれる

冷や汗かふきでた。

そこに目をやると


見慣れた

下品なほど多くの指輪をはめた毛深い手が置かれていた。


リョカの手下のシンという大男の手だった。

その指が憎しみを込めてか、オレの肩に食い込んでいく。


「クソガキ…手間取らせやがって…っ!

…立て。」


そこから後ろを見るのは憚られた。


オレを殴る棍棒をいつも携えているからだ。

刺激しない様にオレはその場で大人しく立ち上がる。


家の裏からオレはそのままリョカの元へ連れてこられる。



「おーい!リョカ様

ガキがいましたぜ!」

腕を掴まれ逃げられなくなったオレは抵抗することも叶わず大人しく歩いた。


リョカはわざとらしく眉を寄せて残念そうな声を出す。

「蛇ぃ、逃げちまうなんてあんまりじゃねえか俺たちの仲だろう?

飯も食わしてやってるってのに。」


そんなリョカにチサトは肩をふるわせる。

「なにいってんだ!こんなにガリガリにしておいて!

おまえらなんかアイツの…!」

チサトの言葉を遮るように親父は肩を掴むと前に出る

「その子の話を聞いてやりたい。

どうだ、ゆっくりしていかないか。」


リョカがオレを見たまま黙っているとシンが大声を出した。


「は!嘘付きやがって!隠してやがったくせになんだ?

テメェだってどうせ蛇を売ろうとしてたんだろ?

これ以上口出しすんなら痛い目見てもらわないといけなくなるぜ!」



「心外だな、ただもてなそうと思ていただけだ。

…この危険な森を歩いたのだろう、

疲れていると思ってな…

何か助けになれると思ったのだが。」



「大きなお世話だ。

ひ弱な清陵の人間と違って頑丈なもんでね。

なあんにも困っちゃいねえよ、

てめぇらはこのガキを見なかった!

…いいな?」


シンが顔に青筋を浮かべながら吐き捨てるとリョカはそれをにやにやと眺めながら踵を返した。



「ふざけるな!」 

チサトがシンに飛び掛かかろうとしたが、再び肩を掴まれ静止させられる。

シンはそんなチサトに目もくれず、リョカを追い、オレを連れて行く。


「蛇をおいていけこの人でなしども!

蛇もなんかいいな!

ここにいていいんだよ!」


オレは下を向いたまま助けを求めるでもなく連れていかれる。


もう、すべてを諦めていた。









…何故、自らを蛇と名乗るのか。

それはずっと奴らからそう呼ばれてきたからというのもあるが

逃げ出さぬよう木の箱の中に

後ろ手足に縄を巻かれて入れられ

体が不自由になるさまがまるで蛇の様だからだ


そんな自分が滑稽に思えて

もう必死に人間であると主張することすら諦めた。


名もない…人間ですらないからこそ

こんな下卑た奴らに飼われているのだと

自分に言い聞かせるしかなかった。



息ができるようにと最小限に空けられた小さな穴から外にいる天邪鬼の酒盛りが見える。


…すべてが元通りになっただけだ。


のぞいていた首が疲れ、顔をもたげると

そこには闇が広がっている。


自分はこの闇の中にまた帰ったのだと、

自分をまた納得させた。



「早く森をでて、他の奴らと合流だ…」


リョカが火をながめながら呟く


「あの雌ガキもせっかくならさらっちまいます?

歳頃になったらこいつと交尾させてよ、

蛇目がまた生まれれば俺たちも安泰だ!」


「確かにな、ダメだったらダメで女なら他に使い道もある。」


無気力だったはずの胸に混沌とした思いが渦巻いた。


「……だが、ガキすぎる。

飯を食わすのもただじゃねぇからな」


「たしかに、高飛車でしたしねぇ、

会った時のこいつとおんなじ態度だ。

まあ、親の骨見せたらそれを後生大事そうにして大人しくなりやしたけど…。」


オレは骨の入った懐を抑えた。



いつか、誰かが


いや、オレの父と母が


助けに来てくれると

迎えにきてくれると信じていた。


街ですれちがう

子をあやす親とすれ違うたび


きっとそうだと奮い立たせていた時もあった。


身動きの取れぬ箱の中で、

まだこの世に生まれ出ていないかの様に。


なにも知らない赤子の様に純粋に。



だが、現実はそうではなかった。


親はこの男たちに金を返せなくなり、

あっさりとオレを引き渡した。




仕方がない。

肩身が狭かったのだろう。


戦が終わってしばらくしても統治が上手くいかず

人濤には多くの貧民が溢れかえっていた

その貧民を良く言えば導くため、悪く言えば操るために廻魂信宗は広まった。



多くのものが神に縋り付く中。


敵が必要だった。


なかなか幸せになれないもの達を納得させる為の敵が。


……それがオレだった。


ただそれだけだった。



貧民の子供を裏で売買しているこの商人達は

オレを見つけ親に金をかし…



…こいつらの筋書きどおり

貧しさと邪の目でお荷物だったオレは親に喜んで差し出された。



この時両親は知っていたのだろうか。


この後、こいつらの元で子供達がどうあつかわれるのか。


そしてその金は何処へ流れて行くのか…。


戦に使われる武器…

薬に変えられることも…


そしてまたそれらによって多くの犠牲者と自分達と同じ貧民を生み出すということも…


いま思えばセナを迎えにきた天女の言っていたとおりの事が

現世の真実に他ならなかった。





オレは胸の痛みを紛らわすために顔を上げた。


なにより固い棺桶に生きたままいれられているこの体勢は

時折動いていないと血が止まり身体中が痛くなる


すこし動いて顔をあげ、気を紛らわすため二人を眺めることにした。



その眼差しを察したのかリョカが酒瓶を片手に立ち上がりオレの入った箱を蹴飛ばした。


その衝撃でオレは顔面にぶつけ、鼻から熱い血がながれた。


「なんだ?どうした?」

酒の入ったリョカが愉快なモノを見るように明るい声を出した。

それにシンが首をふり、いやというと、


「あん時の生意気な顔が浮んじまいやして。」


「なんだそりゃ、

よろこんでねぇのか?

人間の女とやれるなんざ蛇には嬉しい事じゃねえのか。」


「蛇だからでしょう。

ほんっっとぉに馬鹿だからな。

崇高な人間様の考えを理解できねえんですよ。」



シンは箱の上に足を乗せて、

ぎしぎしと言わせた。




どうやらその下等生物に逃げられたのが相当きているのだろうと思った。



…もう、



だめかも知れないと思った。


こんな人生でも

死に恐怖心を抱く自分が情けなかった。



もし…死んだら…


と考えた時に

まざまざと思い知らされる。


死んで親に会いたいとも思わない。


おそらくあいつらはオレに詫びもしないだろう。


…そう、オレには何も無かった。



生きたい理由も無ければ


死んでも救われることもないという事実が何より恐ろしかった。






「…なんだ?あれは…」


オレはリョカの声に我に返ると、

静かに聞き耳をたてた。



草をわける音がかすかにきこえるだけで

他は何も聞こえなかった

鼻の痛みで耳鳴りもひどくなっていたせいもある。


シンがリョカの前でて松明を前に突き出すと

、その目が見開かれ口がわなわなとし始めた



「…うそだろ…?

まさか…」




そこに現れたのは熊だった。

のそりのそりとその巨体を揺らしながら近づいてきた。


リョカ達は驚きの声をあげる。



「お前たち人濤の人間がいかにたくましくとも。

このケダモノ相手に太刀打ちできるか?」


夜の森に男の声が響く。


「てめえ!さっきの嘘つき野郎?!

その口ぶり

知ってやがったな?」


「なんで……っ!

リョカ様!リョカ様!

まずいですぜ!


こいつ獣のくせに火を怖がらねぇんです!」



「無駄だ

その熊は人慣れしているからな

その爪にかかればただでは済むまい。

子を置いて逃げるがいい。」


「ばかいえ!

金を捨てて逃げるもんだ!

どうします?

リョカ様?!」


シンはオレをあわてて持ち上げ

その場でおろおろとしたが、

リョカは腕をふってピシャリと言った。


「勝手にしろ!

逃げるぞシン!どの道そのガキはながくねぇ!」


シンはオレを熊に投げつけてリョカを先に逃し走っていった。


箱の端に熊がのしかかると、安物の板はあっけなく壊れた。

しかし、オレは両腕両足とも縛られたまま動けずにいた。

なにより、先ほどの衝撃と恐怖に体がいう事を聞かなかった。



「……良い子だ、

…そのまま動くな。」



熊の荒い息遣いの中。


はっきりとその声はオレの耳に届いた。


透明に澄み切ったその声に、

なにか誇りのようなものを感じた。

それはオレを安心させ、冷静にさせた。



熊とオレの間に一本矢が放たれた


放物線など描かずに

まるで雷の様な速さと力強さ。


熊は矢を見るなりその体をのけぞらせ素早く向きを変え

夜の森の中へ逃げて行った。




…そのあと親父が何かをいった。


おそらく、

立てるか?と聞いたのだと思う。

大きな弓を携えたその姿を見て

オレはその場で気を失った。













もう見ることを諦めていた朝日が

オレの瞼の裏まで眩しくした。


オレは目を開き

床の間に敷かれた布団にねかされていることに気がつく


そしてその側で親父が座ってこちらの様子を見ていた。


オレは慌てて半身を起こす



「なぜ助けた?

アレが来ることもわかっていただろ?

…放っておけば良いものを…。」


「…怪我が増えているな。」


オレは鼻の下で冷えて固まった血をそでで拭った。


そんなオレを親父は真っ直ぐみつめた。



「……お前は

嘘ばかり言うのだな。」



オレは腕を下ろすと顔を下に向け言い返せないでいた。


「自分を物乞いといったり、

蛇といったり、


…今度はほっておけと…」


言葉が出なかった。


巻き込んでおいて、礼のひとつも言えない自分が情けなくもあった。


しかし親父はそんなオレの手を握ると

穏やかに言った。


「お前の手足の痣も、傷も、

助けてくれと、もう嘘をつくなと

泣いているぞ。」




親の顔は知らない。


物のように人の手から手へと引き渡された自分に名などなく、

目の色で罵詈雑言をあび、

生きるために残飯をあさり

泥水をすすった自分には、

もう救われることなど考えていなかった。


「今更………」




今になって何故か、考えもしなかったことが次々に浮かび上がり、くやしなみだがながれた。


何故、親は助けてくれなかったのか。

何故、人々に忌み嫌われなければいけなかったのか。

何故、自分は生きなければならなかったのか。

何故、何故、と

今になって、誤魔化してきた悲しみが吹き出し涙となって溢れ出てきた。




「…なんで…。」





「…お前を助けたことには理由はある。


初めて会った時お前は俺についてきただろう。


…まだ、なにもやっていないからな。」



親父そういうと、


しかしその優しい瞳を伏せる

その後はにかんだ様に不器用に笑った。


「…ははは!

とは言ったものの、

俺も大したものなど何ももっていないのだが。


…せめて


俺の名をお前にやろう。


今日この時からお前の名はウリュウだ。


ウリュウ、もう自分に嘘をつくんじゃないぞ。」




オレは驚いたが、

なぜか

すぐに頷いていた。



嬉しかった。


オレは蛇じゃないと


ずっと心は叫んでいたのだと気がついた。


オレは一人の人間だと。


…それだけでよかったのだ。









木の根元で俺は目を覚ました。



握る指の隙間から見える白く美しい父の亡骸を見つめ…


その視界の隅に

セナが俺の体に覆いかぶさるようにしているのが見えた。



雨で体温を奪われ冷えた頬に熱い涙が次々と溢れていく



そうか、そうだった。







俺がウリュウである証。

 

それは紛れもなく今まで生きて来た日々の、

一緒に生きてくれたチサト達やセナとの時間の中にあった。


何をやり遂げるでなくとも、

それは確かに存在していた。


この身に刻まれた醜い傷跡ですら、


四肢を奪われた蛇でなく

一人の人間が生きる為に足掻いた証なのだ。



それでよかった。


それ以外、何もいりはしなかったのだと。



俺は思い出した。





「セナ…


セナ…。


すまなかったな…


家に…


家に帰ろう……。」



酒のせいで乾いた喉から情けないほど小さな声が漏れ出た。



その声にセナは目覚めたのか



かすかに頷くと体を起こし





同じくして起き上がる俺に瞳を合わせ


優しく微笑んだ。






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星の姫 月虹 @kkymGK1257

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